表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/56

伊東の試験

 おなつさんとの腕試しから数日。伊東の爺さんから借り受けている屋敷の改装は順調に進み、鍛冶仕事が出来るようになっていた。


「う~ん……」


 折角だから何か作ってみたい。新しい作業場を見て職人の性がウズウズするぜ。

 と言っても、まだ出来たばっかりの仕事場だし、材料もそれほどある訳じゃない。刀を打つような上質な鉄ともなると尚更だ。


「うん、アレにしよう」


 俺は早速作業に取り掛かる。まずは砂型だ。

 そう、砂型を作るって事は今回はカンカン鉄を打つ訳じゃない。所謂鋳造ってやつだな。溶かした金属を型に流して、それを冷やして仕上げ。大量生産に向いてるやり方だ。

 やっぱさ、どうせなら美味い白湯が飲みたいだろ。俺もまだ給金もらってないし、この間の報奨金は材料の地金買うのに使っちまったんだ。だから贅沢はできねえんだよな。


「ぬおっ!? 暑いな」


 鋳型に溶けた鉄を流し込み、冷えるのを待っていたところに伊東の爺さんがやってきた。屋敷の中に籠る熱気に顔を顰めている。

 俺は上半身をはだけて塩を舐めていたところだ。


「何を作っておるのじゃ?」

「美味い白湯が飲める鉄瓶だ」

「ほう? それは楽しみじゃの」


 え?

 いや、この鉄瓶は俺が飲むための白湯を沸かす用であって、アンタに献上する用じゃねえぞ?


「まあ、屋敷も仕事場も世話になってるからな。白湯くらいならいつでもご馳走するよ」

「白湯だけか?」

「白湯だけだ」

「ぬう……しみったれとるのう?」


 やかましい。そんなに言うなら給金上げろ。


「ところで、少し付き合え」


 ここは流石に暑いのか、爺さんは俺を裏庭に連れ出した。何か俺って、いつも誰かしら爺さんに纏わりつかれてるよな。

 東屋に着くと、碁盤が準備されていた。爺さん、やる気か。

 そういや、三島の織部の爺さん、元気かなぁ?


 ――パチリ


「先日、おなつとやり合ったそうじゃな」


 爺さんが黒石を置きながらボソリと言う。


「ああ。まぐれで勝たせてもらったよ」


 ――パチッ


 白石を置いて手短に答えた。


「まぐれとな?」


 ――パチリ


「まぐれだな。あの人強いよな」


 ――パチッ


 それからは無言で、お互いに石を打ち合う音だけが響いた。


「ちっ、負けたか」

「ふぉふぉふぉ。年季が違うわい」


 勝負は爺さんの勝ち。まあ、俺も三島で織部の爺さんと打っただけだしな。勝てっこねえよ。


「おなつはあれでも忍びの達者でな。まぐれで勝てるような相手ではないのじゃ」

「……」


 碁石を片付けながら爺さんが口を開く。


「儂は姫様が赤子の頃から守役をしておっての。じゃが、寄る年波には勝てんわい。姫様の盗賊討伐に付いていけんようになってしもうた」

「……」


 爺さんはこの東屋から、桃姫様がいる二の丸の方を見る。


「姫様は過保護を嫌う。あからさまな護衛は嫌がるでの。そこでおなつを雇ったのじゃ。じゃが、陰から守るのも限度があろう?」

「……」


 俺は無言で頷く。あの夜、おなつさんが言ってたのと同じだな。


「どうか、姫様のお側で守ってやってくれぬか? お主なら、姫様も受け入れてくれると思うのじゃ」

「……拾い子で、身分もない、ただの職人の俺が桃姫様のお側に付いたんじゃ、いろいろ荒れると思うんだがなぁ」


 桃姫様のお側でお守りするのは願ったり叶ったりだ。なにせ俺の初恋の人だからな。でも、お城の身分の高い人達がそれじゃあ納得しないだろう。


「……お主、見かけによらず色々と考えておるんじゃな?」

「……失礼な人だな。ちゃんと考えてるよ」

「ふぉっふぉっふぉ。まあ、お主の言う事も一理あるわい。少し、手を打ってみようかの」


 そう言って、爺さんは立ち上がり、去って行こうとする。


「姫様と、おなつを頼んだぞ? 腕を磨いておくのじゃ」


 途中で立ち止まり、そう言い残して去っていった。もっと碁の腕を磨けってか。

 ……ってか、おなつさんも?


△▼△


 弥五郎さんの腕試しの翌朝、私はすぐに伊東様の所へ報告に上がったの。


「お主が闇夜の奇襲で完封されたじゃと!? 一太刀も浴びせられずにか!」


 いつもは冷静で飄々としている伊東様が、珍しく大きな声を張り上げたわ。それだけ私を高く買ってくれてるんだろうけど、前もって言ったわよ? 私じゃ勝てないって。


「それどころか、一太刀でやられちゃいました! あははは……」

「ぬう……それほどじゃったか」


 うふふ。まだ生々しく残っている左胸に当てられた切っ先の感触。

 まさに一刀必殺よね。

 

「伊東様。彼を逃がしてはなりません。彼の為にも。姫様の為にも」


 そして私の為にも。弥五郎さんが生き別れた弟の可能性は消えた訳じゃない。ううん、弟じゃなくたって、似たような境遇の彼には幸せになって欲しいもの。


「ふむ。では、近々一局打ってみるとしようかの」


 伊東様が一局打つ。それは相手の打ち手を見て、その人を見定めるという事なのよね。

 鍛冶師としての腕は合格。

 腕っぷしも合格。

 あとはその人となりだけ。

 頑張ってね! 弥五郎さん!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 二つも合格もらいましたね!あと一つ…もっと自分に自信を持ってほしいですね!弥五郎さん♪ファイトーー(^^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ