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おなつの実力、弥五郎の実力

「さて、弥五郎さん。これから私と手合わせしてくれるかな?」

「ああ、桃姫様のお付きとしての腕を確かめるってんだろ? だが断る!」

「なぜ!?」


 おなつさん……気持ちは分かるよ? 桃姫様の護衛ともなれば、それなりの腕は必要だろうさ。

 でも! 今! 夜だし!

 それに! あんたくのいちって言ってたよな? 俺みたいな素人が勝てる訳ねえだろ!


「あんた修行してきた身だろ? それにこういう闇夜はお手のもんだろうが? 俺に勝ち目はねえよ」

「う~ん、私の見立てではそれでもようやく四分六分くらいかなぁ?」

「は?」

「まあまあ、物は試しって言うじゃない! 外にいこ? ね?」


 なんだかなあ。この人、妙に断りにくいし親しみがある。まさかホントに姉ちゃんってんじゃねえだろうな。ともあれ、俺はおなつさんに手を引かれ、裏手の庭へと出た。桃姫様の小太刀の試し切りしたトコだな。

 今宵は新月。月明かりと呼べるものはなく、庭に石灯籠はあるけど火は灯していない。空は晴れているから星明りはある。だが、夜目を鍛えている忍びと俺とじゃ、明らかに俺が不利。


「はい、これでいいよね? その太刀と近い感じのやつ見繕ってきたんだ!」


 そう言っておなつさんは木刀を差し出してきた。おなつさんは短刀程の長さの木刀を両手に持つ。逆手持ちか。


「本気でいくね? じゃないと負けちゃうから」


 そう言っておなつさんは、やや距離を取ってから左手を前に構える。

 いや、ちょっ!

 本気って、俺死ぬ!


 そんな俺の心の叫びも虚しく、おなつさんが短く息を吐く。


「――っ!?」


 速い!

 正面にいたおなつさんが消えた。


「はっ!?」


 左だ。左から殺気が飛んでくる。いつの間に移動したのか全く見えなかったが、殺気を感じ取ったおかげでなんとか左からの一撃を回避する。


「くっ!?」


 今度は後ろ! そして上からだ!


 ――カンッ


 真後ろ上から降ってくる斬撃を、木刀を頭上に構えて何とか受け止める事に成功した。

 受け止められた瞬間、さらに後ろに飛び去ったのは感覚として分かったが、ちっくしょう、また見えねえ!

 俺は防戦一方。かなり追い詰められていた。よく『後の先』とか言うだろ? あれは実力差がねえとかなり難しい。だから俺は常に先手を取る戦いをしてきた。そうしねえと師匠(おっさん)には勝てねえからな。まあ、先手を取っても勝てねえんだけどさ。

 だから、常に受けに回らせられるこの展開は非常にマズい!

 だから俺は弱いって言ってんのによ!


 ――カサッ


 だがその時千載一遇の好機が舞い降りた。今まで完全に無音で攻めていたおなつさんが、足下で枯れ枝か何かを踏んだ音がした。場所さえ分かれば!


△▼△


 私は今猛烈に焦っているの!

 もう、何なのこの子!

 物音一つ立てず、死角へ死角へと回って攻撃しているのに、全部受けるか躱してくるのよ。この子は多分、私を全然見えていない。それは断言できる。でも! それでも完全に対処してくるのよ!

 ほらまた!

 今のは完全にとった間合い。背後から後頭部目掛けて回し蹴り。着物の裾がはだけて色々と見えちゃいけないトコまで見えちゃってるかもだけど、今は暗いし何より彼には私の姿は見えていないはず。

 

 ……でも、避けられた。

 

 純粋な剣術なら私に勝ち目はない。でも、闇夜の奇襲戦法なら、忍びの私ならば互角に持っていけると思っていた。

 でも甘かった。仕掛けた全ての攻撃を、私が発する殺気だけを頼りに避けてるんでしょうね。

 この子、格が違う!

 

 私の焦りは、重大な過失を招いてしまった。足下の枯れ枝を踏んでしまい、物音を立ててしまったのね。


 ――カサッ


 やっぱり……

 その時、私と彼の視線が合っちゃった。

 それでも、彼の懐に入り込めば私の勝ち目はある。私は腰を低くし、彼に向かって突進しようして……出来なかった。


 いつ振り抜いたか全く見えなかった。試し斬りの時、全然本気じゃなかったのね。あれが本気なら少しはいい勝負って思ってたけど、これは正面切っての勝負じゃ全然相手にならなかった訳か。降参!


 だって、彼の木刀の切っ先が、私の左胸の先端に触れているんだもの。心の臓を狙ってくるなんて……彼は敵を殺す事に容赦がないのね。


△▼△


「降参よ。参りました」


 おなつさんが両手に持った木刀を捨て、両手を上げた。でも、あの物音さえしなければ、消耗戦になり俺が負けてたかもしれねえ。俺はおなつさんが降参した後も、構えを解く事が出来なかった。それほど紙一重だったんだ。


「あのう……そろそろ木刀降ろしてもらっていいかな? さすがにソコは……お姉さんちょっと困っちゃう」

「はっ!?」


 からかいと羞恥が入り混じったようなおなつさんの声色に、俺は慌てて木刀を戻した。ふう、焦ったぜ。なんせ場所が場所だったからな。


「弥五郎さん、ありがと。やっぱり私の見込んだ、いえ、それ以上だったわ。こんな夜にごめんね? 後で埋め合わせするから! それじゃ、おやすみ!」


 なんだか、嵐みたいな人だな。

 なんか疲れたぜ。師匠(おっさん)以外じゃあんなに強い人は初めてだったからな。疲れた。寝よ。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] おなつさんと弥五郎の視点が全然違っていてもっと読み進めたくなります。好きな場面です。弥五郎が自分の強さに無自覚なのがまた魅力的です。
[一言] おなつさんが枯れ枝を踏んでくれて、結果よかったですε-(´∀`; )弥五郎に手強いとう思われたということはおなつさんもさすがですね!
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