専属同士
そんな訳で、俺はめでたく桃姫様の専属職人となった訳だが、師匠の打った小太刀がそう簡単に刃毀れする訳もなく、初日は桃姫様からいろいろと事情聴取された。
生い立ちから鍛冶師になった経緯、そしてなぜ鍛冶師なのに実戦で剣を扱えるのか。
そんな話を、今は伊東の爺さんの屋敷の縁側に腰かけながら話している。
なぜ爺さんの屋敷かというと、この屋敷を鍛冶場に改装するらしく、俺の使い勝手がいいように監督しろなんて言ってきやがった。ただ、これも俺の仕事だと言われちまうとどうしようもないし、専属の職人としては寝泊まり出来る職場があるのは有難い。
それで、大まかな指示を大工たちに伝えたあと、ここに訪れた桃姫様に捕まってこうしている訳だ。
「そうですか……では御父上と御母上は……申し訳ありません。私共が及ばないばかりに賊の増長を許してしまい……」
親父とお袋は賊に殺された。俺は生き残ったが師匠に拾われ、鍛冶職人として生きてきた。けど、そこに桃姫様の責任なんてないだろう?
目に涙を溜めて謝罪してくる桃姫様に、逆にこっちが申し訳なくなってくる。
「賊が俺達を襲ったのは十年以上も前の話ですよ。そもそもこの辺りは当時まだ北条の領地だったじゃないですか? 桃姫様には何の責任もないですよ?」
まあ、ここらが当時は北条の領地だと言っても、実際親父達が賊に襲われた場所は分からない。師匠も教えてくれないし、俺も聞かなかった。聞いたところでどうなるモンでもないしな。
「ふふ、弥五郎は優しいのですね。では、剣術の心得があるのは何故なのです?」
う~ん。これもなあ。好き好んでやってた訳じゃねえんだよなあ。
「心得って程のものじゃありません。刀鍛冶たるもの、自分で斬る腕がなくて名刀が打てるかって師匠が。それで無理矢理叩き込まれました……」
あの修行の日々を思い出して、俺は遠い目になる。いつかあの師匠をブッ倒してやりたいが、勝てる未来が全く見えない。
「お師匠殿は、名の知れた剣士なのですか?」
「さあ? ただの偏屈な鍛冶職人だと思いますよ?」
「ただの鍛冶職人に稽古を付けられたあなたがあれほどの?」
あれほどがどれほどなのか知らないが、俺の言ってる事は全部事実なんだよなあ。でもそんな事より。
「おなつさんはさっきからずっと何をやってんです?」
そう、縁側に座る俺達の後ろで、ずっと控えて話を聞いてるんだよな。
「あら、私の事は置物か何かだと思って続けて続けて?」
「そんな凝視してくる置物がどこにあるんだよ!」
なんかこう、監視されてるみたいで物凄く気になる。
「私、今日から姫様専属の侍女になったの。専属同士、仲良くしてね?」
おなつさんはそう言ってニッコリ笑う。
「そうなのですよ。おなつはよく気が付くし器量も良いでしょう? 城内でも人気なんですよ。私の専属になってくれて、とても嬉しいのです」
桃姫様、そんな笑顔で……
ああ……俺は今ほど島を追い出してくれた師匠に感謝した事はねえ!
まあ、おなつさんも美人って言えば美人だ。桃姫様とは違った魅力があるにはあるが……なんでだろうな? こう、ときめかないんだよな。
――!!
その時不意に、おなつさんの気配が消えた。いや、目の前にいるんだ。いるんだけど、気配を感じられない。まるでそこにいるおなつさんが、精巧な肖像画みたいなんだ。
この女、何者だ?
俺の視線が厳しくなる。それでもおなつさんはにこやかな笑みを絶やすことなく、小首を傾げてこっちを見ている。思わず腰の太刀に手が伸びそうになるが、敵意が無いのは分かる。俺は思いとどまった。
「姫様、後程弥五郎さんとお話がしたいので、少しばかりお暇を頂いてもよろしいですか?」
「あら、弥五郎は私の専属職人ですからね?」
「うふふ、分かってますよ。専属同士、ちょっとお仕事のお話です」
△▼△
お仕事の話という事で姫様からお許しをもらった私は、伊東様のお屋敷、今は弥五郎さんの鍛冶場兼住居に向かったの。
弥五郎さんは大事にしている太刀の手入れをしていたわ。確か『瓶割』って言ってたわね。見事な刃文ね。
私は屋敷の天井裏から気配を消して近付いていったの。
「おなつさんだろ? 降りて来いよ」
やっぱバレてたか。流石ね。昼間、姫様といる時にわざと気配を消してみせたけど、それに気付くのは凄いのよ?
――目に見えているのに気配がない。その事に気付く事がね。
手入れの手を止めて弥五郎さんが私を待っている。殿方を待たせるのは失礼かしらね。私は音を立てずにスッと弥五郎さんの背後に舞い降りた。
「さすが弥五郎さん、バレてましたか! てへ」
「てへ、じゃねえよ。あんた何者だ? 何の為に俺に近付く?」
えっと何から話そうかな? 話したい事も、聞きたい事もあるんだ。
「まずは、もうお察しだと思うけど、私はくのいち。陰から姫様を守るよう伊東様に雇われているの」
忍びが己の素性を明かす。これはあなたを信頼しているって事だからね? そこを察してくれるかな?
ここで弥五郎さんは太刀を鞘に納め、私に向き直った。
「ほら、姫様ってあのご気性でしょ? 私みたいに予め危険を排除するようなお役目を果たす人間が必要なのよ」
「……まあ、それは分かるな」
「で、弥五郎さん、あなたもそう」
「は? 俺? 何で?」
結構朴念仁よね、この子。
「あなたは姫様の信頼を得た。専属で雇うくらいだもの。それに剣術の腕。あなたが常に姫様の護衛として付いてくれれば、私としても心強いんだけどなぁ」
「まあ、護衛として役に立つとは思えないけど……そういう事ならやらせてもらうよ」
あら、結構あっさりね。この子、姫様にぞっこんだもんね。でも自己評価が低い!
「それからもう一つ、聞きたい事があったの」
「ん?」
「あなた、幼い頃に賊に襲われたって言ってたわよね? あっ、ごめんなさい! でもどうしても聞きたい事があって!」
ふう、急に不機嫌な顔になるんだもの。ごめんね? でもどうしても聞かなきゃいけない。
「弥五郎さんが襲われた時、他に誰かいなかった?」
「う~ん……悪ぃ、よく覚えてねえんだ。親父とお袋が惨殺されるのはハッキリと脳裏に焼き付いてるんだけどな。その他の事は……いや、親父は俺を、お袋は他の誰かを守ろうとしていたような……」
そっか、記憶が曖昧なのも無理ないよね。まだ幼かっただろうし……
「ねえ、弥五郎さんにお姉ちゃんとかいなかった?」
「姉ちゃん? う~ん、ごめん、賊に襲われる前の記憶は全然ねえんだ。親父とお袋の顔も覚えてねえ」
「そっか……ごめんね。嫌な事思い出させて」
うん、弥五郎さんには悪い事をしちゃった。私はちゃんと頭を床に擦りつけて謝罪した。
「おいおい! ちょっとやめてくれよ! ってか、なんでそんな事聞くんだ?」
土下座の私を慌てて止める弥五郎さん。えへへ。この子、ホントに優しい子だなぁ。
「私、弟と生き別れたって言ったでしょ? 私も両親を賊に殺されたの。その時私はそのまま連れ去られて、売られちゃった」
「なっ……」
「弟がまだ生きていたのは覚えてたから、もしかしたら弥五郎さんがそうかもって思ってね。でも覚えてないんじゃしょうがないよね! あははは!」
うん。しょうがないね。弥五郎さんが弟かも知れないし、違うかも知れない。もう確かめる手段はないもの。
「そっか。ごめんな。覚えてなくてさ。でも、俺がこうして生きてんだ。その弟もきっと生きてるよ! それに俺がそうかもしれねえ」
あはは。弥五郎さん、やっぱり優しい。この子が弟だったらよかったのにな。
さて、それでは一番重要な要件を伝えましょうか。




