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おなつ

 伊東の爺さんの屋敷で晩飯をご馳走になった俺は、翌朝、桃姫様の小太刀を爺さんから渡された。


「本当に良いのじゃな?」

「はい。褒美も頂いてますし、伊豆にいられないんであれば他の場所に流れていくまでです」


 俺の決意を固いと見たか、爺さんは諦めて小太刀を手渡してきた。それを受け取った俺は、さっそく土間に降りて作業を始めようとした。


「朝飯を食ってからでもよかろう?」


 そう爺さんが言ってくるけど、きっと桃姫様は小太刀が仕上がるのを楽しみに待っている。それを考えると、飯なんて後でもかまわねえ。


「その辺に置いといてもらえます? 適当に食いますから」

「うむ」


 そんな俺の言葉に頷くと、爺さんはどこかへ出て行った。

 さて、始めるか。

 改めて鞘から抜いて刀身を検める。ん。刃毀れは小さいし、反りも伸びてねえな。さすが師匠(おっさん)が打った小太刀だ。これなら研ぎだけで大丈夫だろ。

 

 とは言っても、師匠(おっさん)()()を研ぐのはちょっとしたコツがいる。何しろ固くて丈夫が信条だからな。普通の砥石を使う前に、前原特製砥石ってのが必要だ。俺の数少ない荷物の中からその砥石を取り出す。

 砥石にも色々あって、目の粗いものから細かいものまで様々だ。俺が持っているのは三種類で、そのうちの一つが珍しい。その砥石を見て、はたと思い当たった。

 なるほど、これはそこらの鍛冶師や研ぎ師じゃ手に入らねえかもしれないな。一級の腕がある鍛冶師や研ぎ師なら似たようなモンは持ってるかもしれねえけど、これがないと師匠(おっさん)の刀の刃毀れは治せねえんだ。なにせ刃が斬れすぎて、普通の砥石じゃ砥石の方が負けちまう。


 それでこの特別な砥石なんだが、どうやって作ったのかは知らねえし、もともとこういうモンなのかも知れねえが、表面に鉄粉が埋め込まれてるんだ。かなり目が粗くて、物凄く固い砥石と考えてもらえばいい。俺はその砥石に、小太刀の刃を直角に当て、慎重に刃を滑らせる。

 こうやらねえと、師匠(おっさん)の刀の刃毀れは治せない。極力刃の原型を崩さないように、刃毀れした箇所を()()()いく。慎重に、慎重に。

 それが済めば、あとは普通の研ぎと同じだ。刃を寝かせて目の粗い砥石から細かい砥石へと順を追って研いでいく。他の人は知らねえ。これが教わったやり方だ。


「ふう……」


 終わった。改めて刃を見る。うん、我ながらいい出来だぜ。これなら桃姫様も喜んでくれるんじゃねえかな。


「終わったの?」


 おわ! ビックリした!

 振り返るとそこには、昨日着物を持ってきてくれたお姉さんがいた。


「えっと、いつからそこに?」

「伊東様に言われてね、朝ごはん持ってきたんだけど、物凄く集中してて声を掛け辛くて」


 見れば、そのお姉さんの傍らに握り飯と湯飲みがあった。というか、朝からずっとそこに? 


「お腹空いたでしょ? もう夕刻近いけど、どうする? 夕ご飯まで待つ?」


 え? 

 夕刻って。


「朝からずっとそこにいたんです?」

「あはは~、何だか弥五郎さんの仕事振りに見とれちゃって。気付いたらこんな時間。あ、見とれてたのは仕事振りにだよ?」


 お姉さんは急に頬を染めて両手でブンブン手を振り、何かを否定する。


「済みません、全然気づかなくて」


 俺は手水鉢で手を洗い、お姉さんの横に座って握り飯に齧り付いた。うん、美味い!

 美味そうに握り飯を頬張る俺を、お姉さんは優しい瞳で見ていた。何だか照れ臭いな。


「あ、あたしはなつっていうの。おなつって呼んでね?」


 おなつと名乗ったこのお姉さん、随分俺に親し気に接してくると思ったら、生きていれば俺と同い年くらいの弟がいたらしい。幼い頃生き別れたみたいで、消息は分からないそうだ。ふうん、弟か。


「ま、弟も小さかったし、お姉ちゃんがいた事なんて覚えてないだろうけどね! 弥五郎さんを見てたらなんだか弟を思い出しちゃって」


 それなりに重い話だと思うんだけど、屈託のない笑顔でおなつさんは語る。


「ご馳走様でした。美味かったです!」

「うん、良かった。お仕事はもうおしまい?」

「いや、後は試し斬りですね。どこかにそういうの出来るトコ、ありません?」

「ああ、それなら――」


 俺はおなつさんに案内されて、伊東の爺さんの屋敷の裏手にある庭へとやってきた。そこには青竹に藁を巻き付けて作った人形が数体立っていた。へえ、あの爺さんも未だに鍛錬してるのかな?


「これ、使っても?」

「うん、いいんじゃない?」


 おなつさん、なんで疑問形なんだよ? ま、いいか。どうせコレをやらないと仕事は終わらねえんだし。

 俺は人形の一体に近付き、鞘に入った小太刀を腰だめに構えた。


「フッ!」


 短く息を吐き、一気に鞘から抜き去りそのまま逆袈裟に斬り上げた。手応えがない。しかし、俺はそのまま小太刀を鞘に納めた。


 ――チャキン


 鍔鳴りと共に藁人形が斜めにずり落ちる。うむ! 上々の仕上がり!

 師匠(おっさん)の刀はとにかくよく斬れる。斬った手応えのなさこそが、師匠(おっさん)の刀の良し悪しの評価になるんだよな。


「ほわぁ、見事な()()だね!」

「へえ、おなつさん、分かるんです?」

「あっ……いや、ほら、お城に奉公に来てるから! えへへ」


 なぜか一瞬しまった! って表情になったけど、まあいいや。俺程度のヤツを見事とか言ってるくらいだから、やっぱ素人なんだろうな。


「おなつさん、桃姫様の小太刀、仕上がりました。伊東様にお渡ししたいんですけど」

「あっ、じゃあお屋敷に戻ってて? あたし伊東様を呼んでくるよ!」


 おなつさん、あっという間に駆けていってしまった。

 さて、俺も戻って一休みすっか! 今日は久々にいい仕事して気持ちがいいぜ!


△▼△


 ……弥五郎さんか。面白い子ね。

 誰もやりたがらない姫の小太刀を修復したのも凄いけど、あの抜刀の速さ、そして剣速。尋常な腕じゃないわね。それにちょっと可愛いし、もう暫くお城にいてくれないかしら?

 でもあの子、姫にぞっこんみたいなのよね。うふふふっ、面白くなりそう!


 ――あっ! いけない! 伊東様を呼んでくるんだったわ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] おなつさんの登場場面が好きです。弥五郎の無自覚さがおなつさんの正体を暗示してますね。夢中になると没頭する姿や、我にかえって無邪気になる姿が少年らしくてほほえましいです。
[一言] 休憩も入れず長時間集中する弥五郎もですが、その仕事ぶりをずーっと見入ってしまうおなつさんもすごいですね!研ぐ様子が細かく書かれていて想像しやすかったです。姫様の反応にドキドキ(≧∀≦)ワクワ…
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