第1話<無情な現実>
その日は、身も凍るようなとても寒い日だった。だというのにも関わらず、夏場の稽古と変わらない量の汗を流しながら最後まで老婆との手合わせをしていた少年が膝をつき、やがて力無く倒れる。
暖房設備の1つもない殺風景で、だだっ広い道場。そこで3人の少年少女が息も絶え絶えに床に倒れ伏している。その3人と相手した老婆は汗の一滴すら流さず、鋭い視線を床に倒れている3人に浴びせる。
「老人1人に3人がかりで一発も攻撃を当てられないようじゃ、夢人に勝つことはおろか、何も出来ずに殺されちまうよ」
「それは...ババアが強すぎるからだ...ろうが」
この場で倒れている3人の中で最後まで老婆に食らいついた少年がぜいぜいと息を吐く少年の言葉にその老婆は表情を崩さずに。
「それが全力だって言うなら益々笑えないね。アル、あんたは相変わらず感覚で戦う節がある。時々マシな動きはするけれど、基本的には単調さ。持久力と瞬発力があってもそれじゃあ、簡単にやられちまうよ」
「んなもん、知らねぇよ。考えながら戦うのなんざゴメンだね」
老婆の話にめんどくさそうな顔で体を左右に揺らすアルに老婆は小さくため息を吐く。
「それじゃあ、いつまで経っても強くなんてなれないよ、何も常に考えろなんて...」
「だからよ、知らねぇって言ってんだろうが。いちいち年寄りの小言に付き合ってる暇なんてねぇよ」
老婆の言葉を最後まで聞くことなくアルは立ち上がり、不機嫌そうな顔で木刀を投げ捨てて道場を後にする。
「相変わらずだね。まぁ、あれだけやってすぐに動けるって言うなら伸び代はまだまだあるか。...それで、雫。あんたはいつまで寝た振りなんてしてるんだい」
床に倒れ、まったく動く様子のない少女に向けて老婆が声をかけると、こちらもまた動くのが面倒そうに顔を床につけたまま喋りだす。
「すごく床が冷たくて気持ちいいんです。動きたくなんてありませんよ」
「あんた、また稽古の途中で飽きたね。途中からやる気がまったく感じられなかったよ」
「汗かくと気持ち悪いんですよ。それに、疲れるだけですし...」
「疲れなきゃ稽古にならないじゃないか」
「今日も1日頑張って生きてるんです。毎日、毎時間、毎分、毎秒が私にとって稽古ですよ」
老婆が夢現に対抗するために育てている3人の弟子の中で最も何を考えているのか分からない、不思議な雰囲気の少女、雫。
実力も才能も3人のなかで最も秀でているというのに、彼女の性格が盛大に足を引っ張ってしまっている。
稽古の時間でなくても動くのがめんどくさくなったとか言って頻繁に通路で倒れているところが目撃されており、怠け癖もここまで来るか、という感想を抱かずにはいられない。
「まぁ、あんたに直接何か言うことはないよ。やる気さえあれば、いつだって終人にしてやれるんだ。一回くらい本気を出したらどうだい?」
「嫌ですよ。どこの誰が見たかも知らない夢の後始末をさせられるなんて面倒じゃないですか」
「まぁ、あんた達はまだ若すぎるからね。今は無理に行けとは言わないよ」
そう、彼等はまだ子供だ。3人とも同じ孤児院で育った幼稚園児の頃からの付き合いらしい。
そんな少年少女が10歳の時、孤児院があった地区が夢に沈み、当時孤児院内に居た人間の内、彼等を含めた3人の少年と1人の少女を残して、全員が殺されている。
発見された遺体の身元は全て判明したが、どれも顔を念入りに潰されており、どの遺体も心臓が抜かれているという、不気味な状態で放置されていた。
そして―――現在もそこで発生した夢人は処理されていない。当時現場に向かった終人の一人でもあるこの老婆、リアも部隊を引き連れてその惨劇を引き起こした夢人と対峙したが、数名の犠牲者を出したが討伐する直前まで追い詰めた。しかし、背後から突如現れた新たな夢人によって奇襲を受け、逃してしまう。
その任務を最後にリアは終人を引退し、当時引き取り手の無かった3人を引き取っている。
それから5年。三賢者の1人から3人を弟子にとり、後継者として育て上げてくれと。わざわざ家に訪れてまで頼まれてしまい、断ることも出来ずにここまで来てしまった。
アルはもう十分に動ける。雫だってやる気さえ出せば終人として活躍することは間違いない。
だが。
「雫、あんたも屋敷に戻って休んでていいよ」
彼だけはまだ、どうしても終人として生きていける未来が見えないでいる。
「シュウは?」
「今日も追加で稽古をさせる。鈴にも私とシュウの分の夕飯は残しておくように言っておいておくれ」
「はーい」
リアに言伝てを頼まれ、立ち上がった雫は木刀をもとあった場所に戻した後、道場の入り口に向かう。
道場を後にする前に何かを思い出したように振り返り、雫は心配そうに今もなお倒れている少年をちらりと見て。
「シュウはいいんじゃないの。無理に終人にならなくても」
「賢者様からの頼みだ。それに...この子自身がそう望んでる」
「ふーん。でも、あんまりシュウのこと苛めないでね」
やはり、小さい頃からずっと同じ場所で過ごしてきたからか彼女ほどではないにせよ、雫はよくシュウのことを心配してくれている。
「大丈夫、この子が頑張り屋なのはあんたも知ってるだろう?」
「だからだよ」
「―――?」
最後に雫が言った言葉の意味が分からず、老婆がその真意を訪ねようとする前に雫は道場を後にする。
道場を去り、屋敷へ繋がる通路を通っている途中で見覚えのある金髪が見えて雫は屋敷へ戻るための歩みを止める。
「アル、なにしてるの?」
「何って。オメーらを待ってたんだよ。シュウの野郎はどうした?」
2人が戻ってくるのを待っていたアルは今日もまた一人足りないことに気づき、分かっている筈なのに理由を尋ねる。
「今日も居残りだって」
「最近無茶しすぎじゃねぇか、アイツ。稽古もガチで動けなくなるまでやって、それでもやんのかよ」
幼い頃からの付き合いだが、シュウは基本的におとなしく、喧嘩などは不馴れも良いところだ。
だからこそ彼には自分が居たし、彼にいちゃもんをつける輩を力で黙らせてきた。雫だってそうだ。
友達の少ないシュウに自分から歩みより、アルが近くに居てやれない時は彼の面倒をよく見て貰っていた。
「シュウがやりたがってるんだから、仕方ないよ」
「まぁ、そうだけどよ...。変わらねぇもんは変わらねぇ。どれだけ頑張っても――――――辛いだけだろーが」
「それでも諦められないの、アルも分かってるでしょ?」
雫の言うようにアルだって、今のシュウと立場が入れ替わっていたとして、諦めることは出来ない。それに――――――変われるなら変わってやりたいほどに、シュウの思いは強く、運命は残酷だ。
「...な。シュ....き..な」
誰かに呼ばれる声がして、何度も体を揺さぶられている。ぼんやりとした意識で目を覚まし、体が自由に動かないというのに立とうとしてバランスが崩れ、床にまたも崩れ落ちる。
「シュウ。あんた、もう限界だろ」
「ま...だ。やれ、ます」
龍とまではいかなくて良い、今はどうにか体を起こして壁にもたれかかりながら座ればいい。勿論、手に持った木刀は何があっても離してはいけない。
夢人と対峙するときに何があっても武器を手放してはいけない。それが無ければ今の自分には何も出来ないのだから。
木刀で体を支えながら這いずってでも壁際に向かい、数分かけて辿り着くとその少年は壁にもたれかかりながらリアの方へと視線を移した。
「改善点、お願いします」
「...はぁ」
頑なに道場を後にせず、息も絶え絶えに自分に足りないところを知ろうとする。そんな彼に何も言えず、こうして追加の稽古に付き合う自分の甘さを今日もまた思い知る。
「前回より5秒多く打ち込めたけど、相変わらず動きが鈍い。隙多いし、何より―――躊躇いが多い。回りはよく見えてるんだ。隙に乗じて動いても直前で攻撃の手を緩める悪癖が抜けてないね」
今、目の前の少年に足りない部分を告げると友に良かった点も伝える。足りない部分はもちろんだが、長所を知ることも自分を知るという行為に繋がり、自信がつきやすくなるからだ。
おそらく、彼には自信をつける。なんて言葉は存在しないだろうが。いつかは気付けるように、そんな淡い期待も込めて。
「あんたは頑張ってるよ。アルも雫も私も、あんたが甘い特訓をしてないこと知ってるんだ」
「...でも。足りないものは足りない。このままじゃ―――何も出来ないままです」
悔しそうに唇を噛み、今日も誰よりも先にスタミナ切れを起こして、挙げ句の果てに気絶してしまった自分が許せなくなる。
足りないなら、足りないなりにたくさん努力しようとしてる。でも、自分が一歩進めてもアルや雫は二歩、三歩、もっと先へ進んでいく。
スタート地点も、進む速度も圧倒的に二人には劣っている。それだけじゃない。そんなことで済むならどれだけ優しいか。2人にあって自分には無いものがある。
「今日も、駄目だったのかい」
「はい。どれだけイメージしても、2人の真似をしても。何も起こってはくれませんでした」
人の見た夢が現実を蝕み、夢に沈んだ場所のことを夢想域と呼び、そこで産み落とされる怪物が夢人であり、それに唯一対抗できるのが終人と呼ばれる者達だ。
彼等は決まって、一般人では持ち得ない特殊な力を持っている。それがあるからこそ、彼等は終人と呼ばれ、夢人なんていう化け物を殺すことが出来るのだ。
毒を持って毒を制すという言葉があるように、人の夢が産み出した怪物などを消滅させるにはそれと同質、同等以上の力が必要がある。
ようは同じ力をぶつけあって相殺させるか、それを越える力で跡形もなく吹き飛ばすかだ。
「まだ夢を見てないんだろう?だったら、夢想は起きないし、あんたがアルのように体を別の生物に変化させたりすることは出来ないよ」
夢現と呼ばれる人類を滅ぼすためだけに生まれた災害に対抗するべく、三賢者はこの世界の法則を利用した『夢想』と呼ばれる力を選ばれた人々に与えた。
『夢現』が人に害を為す悪であれば、『夢想』は人への祝福、夢現とは対を為す善だ。
それは同じように、見た夢を現実にするという行為だが夢想と呼ばれる力が発言する時に見る夢は自身の体に変化があったり、見知らぬ刀を握る自分が居たりと、その夢を見た当人に肉体的、外見的変化が生じている。
そして、目が覚めるとその夢で見たように自身の体を他の生物に変えられたり、夢で見た刀を意識して手を見るとそこに刀が握られていたりと、夢で見たものを現実で同じように再現できるということだ。
「そして、その夢を見た者はその夢を決して忘れることはない。あんたが忘れてしまっているという可能性は万に一つもない、ここまではいつも話してるね?」
「はい」
「そして、その夢を見る為には賢者様に認められた後に烙印が受け渡される。アル達にもしたように私の弟子になった時にあんたにも烙印は渡されてる筈だ。それがどこにあるか、分かるかい?」
烙印とは終人を証明する為の証であると同時に、夢想を可能にする為の後付けの器官でもある。それが無くては夢の再現、夢想は行えず夢人に対抗するための力を使うことは出来ない。
「それも、まだ分かりません」
雫は烙印がある場所を教えたがらないが、アルであれば背中に烙印が浮き彫りになっている。烙印で蓄えられているエネルギーを元に体を変化させているように、まず烙印が無ければ話にすらならない。
「...本当に、神様なんてものが居たらどうしてあんたにばかり厳しくするんだろうね」
「......」
シュウに終人になる気がないならそれでいい。けれど、シュウは同じ孤児院で育った家族の仇を取るために力が必要で、少しでも夢現による被害者を減らしたいという立派な目的もある。
その願いを叶えるための努力をしても、その努力は身を結ばない。成長を実感しても、常に先へ進んでいく2人の背中しか見えない。
シュウが2人に嫉妬することはないにせよ、少なからず劣等感を抱かずにはいられないだろう。
「このまま烙印も見つからなくて夢も見れなかったら僕はどうなりますか」
「まず、烙印がある人間との差は夢想だけじゃない。身体的にも烙印がある人間の方が優れてるし、自力で夢人を殺すことは出来ないだろうね。組織の提供する武器があれば夢人を殺すことは可能になりはするが、そんなのが通じるのは雑魚だけ。未開拓の夢想域に出現する夢人やちょっと強い夢人が出れば武器の方が先にイカれちまう」
希望的観測は告げない。それでシュウが納得するとも思わないし、事実を伝えなければ将来このまま烙印すら出現しないままシュウが終人になった時に被害を被ることになる。そうなってしまったらリアは自分のことを一生許すことは出来ないだろう。
「賢者様にあんたらを育てろなんて言われたけどね、私はあんた達を本当は終人になんてしたくないし、あんた達が死んだら私は耐えられないし、鈴だって諒一だって泣いちまう。わざわざ死ぬことが分かってる大事な家族を送り出す程、私は非情になれないよ」
「それは...僕を、終人にするつもりがないってことですか」
このまま、夢想はおろか烙印すら持たざる状態で2人と同じように稽古や鍛練を積んでも、終人に相応しくなければどれだけ当人が強く望んでたとしてもリアはそれを受け入れることはしない。
そして、現在その対象に当てはまっているのがシュウなのだと、そう言いたいのだろう。
「出来るならしてやりたいさ。けどね、終人なんてのは力がなきゃ務まらない。残酷なようだけどね、力は終人において絶対だ。生き残るためにも―――守るためにもね」
「......そう、ですね」
自分に力がないのは嫌になるほど分かってる。だから今までも血の滲むような努力をしてきたし、これからもしていくだろう。
けれど、お前も分かってる筈だ。この世界は生易しいものではないし、お前を中心として回っているものでもない。
神様は何も答えてくれない。一方的に押し付けて、あとは頑張れと手のひらを振っている。家族が奪われたのも、今の自分に何もないのも、神様のせいだ。どうして僕ばかり―――。
「シュウ、今日は休みなさい」
「―――え、待ってください。まだ、僕は...」
突然のことだった。今日も追加の稽古をつけてくれるだろうと思っていたリアはシュウの顔を見て何かを思ったのか、シュウの側から足早に離れていく。
「心が揺らいでいるだろう。終人は力もそうだけど、心を強く持つことも重要なんだ。今日まで毎日のように夜遅くまで稽古をしてたんだ、体もそうだけど心も疲弊している」
「――――――」
どこで、気付かれていたのだろう。体は誰の目から見てもボロボロだが、心なんていう自分以外の誰にも気付かれないような場所まで見れるとはどうしても思えない。
さっきまで心は激しく揺らいでいた。だが、それを言葉にすることは勿論のこと、表情にも態度にも出てない筈だというのに。
「たまには皆と食事をしてきな。今日は何と言おうとあんたの補習に付き合ってやるつもりはないよ」
追い縋って頼み込もうという選択がシュウの中で思い浮かぶ前にその一縷の望みすら完璧に断って、もうこれ以上話すことはないとばかりにリアは道場を後にする。
一人残されたシュウは手に握っていた木刀を強く握り締めて、体育座りのまま瞳を閉じて悔しさと焦りで涙を流しながら踞る。
「......ハァ」
その様子を隙間から覗き、リアは少しの罪悪感を覚えながら溜め息をつく。
「どうしたんですか、溜め息なんて。母さんらしくもない」
思案しているリアに話し掛けてきた男性は眼鏡にスーツ姿、いかにもサラリーマンに見えてしまうが、その背中に背負っている長刀でそのイメージが一気に崩れ落ち、次に気付いた首筋に浮かぶ紋様でイメージから確固たるものに変わる。
「諒一。あんた、眼鏡なんてかけてたかい」
「最近目が悪くなったんですよ。任務から帰ってきたら報告書やら何やらで目が疲れることこの上ない」
眼鏡をかけていて一瞬気付かなかったが、首筋に浮かぶ烙印でそれが3ヶ月ぶりに帰ってきた息子だと知る。
「僕も一瞬母さんなのかと疑ってしまいまたよ。母さんが溜め息をつきながら悩んでる姿なんて現役時代では一度も見なかったのに」
「年を取ると悩み事も増えるんだよ。特に最近は体が思うように動かなくなってきてね、筋トレでも始めようか絶賛悩み中だよ」
「それ、本当ですか?引退してから5年も経つのに一切衰えなんて見せてないじゃないですか」
「隠してんのさ。弱いとこを見せんのは恥ずかしいからね」
「そんな母さんが隠しきれなかった溜め息の原因は――――――シュウのことですね?」
原因なんて、まるでシュウが悪いように聞こえてしまうが彼がそんな気は一切なく、むしろリアよりも真剣に悩んでいることが道場から聞こえるすすり泣く声の方を向いてる表情から察することが出来る。
「だっておかしいじゃないか。体力をつける為のランニングから筋肉をつける為の筋トレ、そのどれもが現役の終人と引けを取らないくらいシュウはしてきてる」
道場でのトレーニングや稽古はもちろん、シュウが隠れて体を鍛えているのも知っている。常人であっても、あの練習量を毎日のようにやっていれば肉体的にもかなりの変化が起きてる筈だ。
それこそ筋骨隆々で世の中でボディービルダーと言われている人間のようになっていておかしくない。
「トレーニングの仕方で筋肉の付き方は変わってくるだろう。それでも、一切変化がないらしい。成長して体が大きくなったりはしても、それ以上の変化がアルから見て感じ取れない、とさ。珍しくあの子が自信を無くしてたよ」
「何年もシュウと一緒に居るあの子が変わっていないと言うんだ。その言葉に間違いは無いでしょう。だとしたら、シュウは努力をしてもそれが一切身に付いていないことになる」
シュウが手を抜いてる訳でも、口先だけで何もしていない訳でもない。彼は常に自分に出来ることを全力でやっているのだろう。
―――だとしたら。
「努力をしても何も変われない。どう向き合っているんでしょうね、シュウ君は」
トレーニングを毎日続け、模擬訓練などで前回出来なかった動きが出来た時、人は成長を実感し同時に嬉しくもなる。
そういった経験があっても、努力して、努力して、誰も見ていないところでも勤勉に励んでも昨日と自分と変わらない。その日の体力や気分で多少タイムが早くなったりしても、次の日には逆戻り。
そんなことが自身の身に起きたとしたら、その時自分はどう思うのだろうか。憶測だけではそれを完全に知ることは不可能だ。
つまり―――。
「私らではシュウの気持ちを知ることは出来ない。それがどうしても辛くてね、らしくもない姿を見せちまった」
「そう...ですね。だから今はそっとしておきましょう。僕達が何を言ってもあの子を救ってあげることは出来ない。非情かもしれませんが、あの子だけしか向き合えない悩みなのですから」
その通りだろう。リアの言葉もこの男、諒一の言葉も幼なじみであるアルや雫でも今のシュウの傷に触れても、それを治してやることは出来ない。下手をすれば傷口を更に抉って、もっと辛い思いをさせてしまう。
その結果、シュウの為に唯一出来ることが無干渉であることに―――リアは怒りを抑えきれなかった。