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醜悪

 ロング姉が飛び掛かる犬魔物の鼻に拳を叩き込む、そいつは地に叩きつけられるとゴキリと骨が砕ける音が鈍く響いた。姉の攻撃後のスキをついた残りの2頭は、片方は姉の脇を抜け、もう一方は姉を飛び越え此方に迫ってくる。剣を突き出し飛び越えてきた魔物の喉に剣を突き立てることに成功し仕留めるが、脇を抜けてきた魔物がこちらに駆けてくる。

「チッ」

 ロング姉は舌打ちして旋回し、歌の一節のような呟きで魔法を唱えた。

 途端に魔物は地に伏し地面に貼り付けにされる。が、俺がそれを魔法だと把握してしまった。途端にそれは砕かれ魔物は再び大地を蹴った。だがこちらには剣を引き抜くだけの時間が生まれた。眼前に魔物を抑え、剣を突き立てるタイミングを計る。

 魔物は勢いを保ったまま俺の手前3メートルほどでギュッと体を縮めて、反動で大地を蹴り大きく跳んだ。

 俺は頭上を越えていく魔物を目で追い、後ろを取られまいと振り返るが、魔物は旋回して襲ってくるわけでもなくそのまま走り抜けた。まるで俺達の脇を通るリスクを冒しても最短距離で駆け抜けるための様だった。

 嫌な予感がする。こういう時は大抵より強い何かから魔物が逃げ出しているというのがセオリーだ。

「やばいのが来てるね・・・」

 姉がぼそりと吐き捨てた。珍しく苦笑した表情に焦りが見え隠れする。

「逃げる?」

「あの犬でも逃げられないなら魔法でも使わないと無理だね。ただ・・・いや、なんでもない」

 俺がいると魔法は使えないという言葉を姉が飲み込んだ。

「ワイド、一人で逃げな」

 俺は剣を構えたまま姉の次の言葉を待った。

「あたしは拘束系と浮遊系、身体強化しか魔法を使えない。だけど魔法なしで相手するよりはマシだ。一応スキルも有る」

 要するに邪魔だと言われた。自覚はあるので無言で頷くと踵を返しそのまま走りだした。


 追ってくる!嘲笑うかのように木々をなぎ倒して巨大な何かが俺を追ってきている。

 実際に ぼぎょぎょっぎょぎょっぎょ などという声のようなものが幾つも聞こえてくる。俺と魔物の対角線上で待ち伏せていただろう姉は、今迂回して俺に迫る魔物を追いかけているだろう。なんだかんだで子分を助ける姉御肌の人なんだあの人は。

 木の根に足を取られそうになりながらも、枝に体をぶつけ皮を裂いても、足は止めずに冷たい空気に肺を詰まらせながら必死に逃げた。ただ奇妙な声の輪唱が近くに響くようになり、大地が揺れるのを体が感じた。駄目だと分かっていても振り返ってしまった。

 巨大な乳白色の蜘蛛の魔物だった。ただ目が付いているはずの場所には、人間顔が埋められていて、それぞれの顔がぼぎょぎょっぎょぎょっぎょと鳴き声をずらして輪唱している。俺は恐怖してしまった。走らなければいけないと、足を止めれば食い殺されると分かっているのに、足がガクガクと震えだし、無様にも転倒してしまう。振り返ってみると魔物のもう数十歩の場所まで迫っていた。

「目を閉じろ!」

 ロング姉の声が響いた。俺は大した判断も出来ずに言われるままに目を閉じた。おそらく魔法で拘束するつもりだろう。姉が俺に魔法だと認識させないための指示だった。

 瞼を固く閉ざしていた。ものすごく長い時間がたったように感じた。だが、すぐ傍でドシャリという物音がしてそっと目を開いた。

「クッソ・・・が・・・拘束した足を・・・自分で引き・・・ちぎりやがった・・・」

 姉の右脇腹がほとんどなくなっていた。巨大なあの足で引き裂かれたのだろう

 魔物の足は左側の2本を残して全て大地に突き刺されたままだった。

 魔物の複眼は泣き叫ぶ人間の顔となり びゅぎゃっぎゃっぎゃ!!と泣き叫びながらも2本の左足で体を這わせこちらに向かってくる。

 自分はなんて無力なのだろうか、抉られた姉の体からは、血が流れ出しその衣服を朱く染め、大地にしみこませた。俺は何を思い違いしていたんだ。魔法を無効化するのがチート能力なんじゃないかだ?俺のこれは姉の頚木でしかなかった。魔法を消し去った俺がこの姉を殺すのだ。神様にカッコいい所を見せるどころか、俺は自分を命を賭して守ってくれた家族の命を奪う、情けなく、哀れで、卑怯な、勘違いしたクソ野郎だ!

「なんて顔を・・・している・・・情けない弟だ・・」

 何も言えずに唯々姉を見ていた。溢れる涙が邪魔だった。

「・・行け・・・あの足・・あいつ・・・から・・逃げ・・れる・・・」

 姉が息を吸うたびに肺が腹部を押し血が溢れる。

 俺は姉の肩を抱え、引きずるようにその場から逃げようとする。

 姉は何か言いたげな表情を見せたが、その唇は動くことがなかった。


「どうして魔法を使わないの?」

 ロング姉の声ではなかった。俺が引きずる姉は、もう目も開いていないし呼吸もしていない。

 蜘蛛の複眼に埋まる顔の声でもなかった。奴らは怒りに奇声を上げるだけだった。

 俺はおかしくなってしまったのかもしれない。あまりの後悔に、不甲斐なさに、声を出すだけでも泣き叫んでしまいそうだった。それでも俺はその声にぼそぼそと答えていた。

「魔法は使えないんだ、嘘が下手だから」

「そんな嘘がつけるのに、なぜ魔法を使わないの?」

「嘘?」

「そう。だって嘘なんかつかなくても、エアリルは貴方の娘なんだもの。嘘で現象を起こさなくても、願いで現象を引き起こすよ」

 その言葉に俺は顔を上げた。さっきは何も居なかった眼前に女の子が立っている。髪と瞳の色は違えど、神様に何処か似た子だった。

「神様?」

 神様にこんな姿を見せたくはなかった、だから違って欲しいと心から思った。こんなに醜い自分を見せたくない。それでも神様なら俺のことを救ってくれる気がした。そんな自分を俺は心底醜悪だと思った。

 少女は俺の問にかぶりを振る。

「・・・ルルリラ?」

 少女はそっと目を閉じるとこれも小さく首を振って否定した。

「違うよ。ママじゃないよ」

 それは思ってもいない答えだった。

「エアリルなのか」

「うん。そうだよパパ」

 少女は優しい眼差しでコクリと頷いた。


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