癒しの聖女
村長のところに転移できる羽根を貰ったことで、レオンの精神状態は大幅に改善した。常に左手の巾着袋に羽根を入れておくことで安全は確保されたと思う。
おかげで、これまで永久に外出禁止という勢いだったレオンが軟化した。
いつか全部片付いたらブーニン地方に旅行したいと言ったら、
「そうだな、落ち着いたら一緒に行けたらいいな」
と笑顔で応えてくれるようになった。
リオをずっと閉じ込めておきたいと言っていた頃に比べたら格段の変化である。
本当に良かった。実はレオンがヤンデレみたいになったらどうしようと不安だったんだ。
*****
というような話をリオはお茶を飲みながらルイーズにしていた。
「良かったわね。私もカールと旅行したことないのよ。秘密の関係だったから。だから、旅行に憧れる気持ちは分かるわ」
(あ、そうだった。いつも朗らかなルイーズを見ているとつい忘れてしまう)
「ごめんなさい」
というとルイーズは
「何で謝るの?」
と穏やかに笑う。
ルイーズは可憐さを増し、カールの溺愛ぶりも益々高まっている。アベルと三人でいる時の幸せそうな姿に胸が温かくなる。リオは自分たちにもいつか子供が・・・なんてつい妄想して、一人で赤くなった。
「リオは幼い時からずっと閉じ込められていたんでしょ?自由に出かけたいと思うのは当然よ。勿論、狙われているから用心が必要だけど。レオン様が分かって下さって良かったわね」
ルイーズは優しく微笑んでくれる。霊魂だったなんて信じられない。
「私が霊魂だったなんて信じられない?」
(何度も思うが、私はそんなに表情が読みやすいのだろうか?)
「うん、リオは表情を見ているだけで、大体何を考えているか分かるわよ」
ルイーズは楽しそうだ。
「・・・でも、私も自分が意識だけの存在だったなんて信じられないわ」
ルイーズは少し遠い目をした。
「アベルとカール様についていた時ってどんな感じなんですか?」
リオのちょっと不躾な質問にもルイーズは気を悪くせずに答えてくれる。
「・・・うーん。表現するのは難しいわね。とにかく心残りがあって・・この人たちから絶対に離れない、っていう強い想いは覚えているわ。それと、アベルとカールの感情の動きは感じられたし、二人に何が起こっているかも見えていた。なんというか、二人にしがみついている感じかな?いやだ、本当に霊魂みたいね」
「そうなんですね。私もレオン様を置いて行けないっていう気持ちが強いから、霊魂が残ってしまいそうです」
「そうね。レオン様の霊魂も間違いなくリオの周りをうろつくだろうなって想像できるわ。霊になっても、リオの周りに男性が近づかないように威嚇しそうよ」
ルイーズの言葉にリオもちょっと納得した。二人で顔を見合わせてクスッと笑ってしまう。
「だって、リオは色んなところで患者を治療しに行くのに、レオン様は『他の男の目にリオが晒されるのは嫌だ』なんて言ってたわよ」
リオはつい顔が赤くなる。
「そんなこと言ってたんですね。治療なのに・・・」
照れ隠しでぶつくさ言うリオをルイーズは優しく見守っていた。
*****
ジフテリア患者の治療や市民の診療について、リオの提案はほぼ全て受け入れられた。全部村長のおかげだ。感謝の気持ちしかない。村長の頼みは出来ることなら何でも応えるつもりだけど、万能なはずの神様の頼みごとが何なのか、肝心なところを聞きそびれてしまった。
リオは残りのジフテリア患者の治療を二日間で終わらせた。魔力の消耗が激しくて物凄く疲れたが、患者の喜ぶ姿を見ると頑張った甲斐があったと嬉しい。
その後は週二日の割合で、フォンテーヌ王国各地で診療行脚を行っている。その都度、村長が変装してついて来てくれる。変装しても神々しさが失われず、患者はリオの後ろに仁王立ちの村長に気を遣って、リオに対する以上に村長にへりくだっていた。
村長がいれば大丈夫だろう、とリュシアンは王宮に残って仕事をしている。ちゃんと宰相の仕事をしてくれる方が安心だ。
リュシアンとカールは、シュヴァルツ大公国を訪問する派遣団を計画しているらしい。本当の目的はリオが大公の治療を行うためだが、カモフラージュとして友好親善派遣団を結成すると聞いてリオは仰天した。ちょっと大公を診察できたらいいな、くらいの軽い気持ちだったのに話がドンドン大袈裟になってリオは途方に暮れた。
更にリオを茫然自失とさせたのは、リオが全国的に『癒しの聖女』と呼ばれるようになっていたことだ。
(癒しの聖女!?いやそれ、ダレ!?)
似顔絵なんかも出回っているらしく、診療の時に「サイン下さい」と似顔絵にサインをせがまれたこともある。いや、したけどね。サインっていうか名前書いただけだけど・・(呆)。
療法所でも馴染みの患者から色々な信じがたい噂を聞いた。
曰く、『癒しの聖女』は「神がかった美しさで、強力な魔法を駆使し、あっという間に患者を癒す幸福の女神」らしい。
(誰のこと?)
また、顔を見ただけで幸せになれるという。
(何だそれ?幸運のマスコットか?)
エミリーとアメリは興奮して
「リオ先生が『癒しの聖女』だってポワティエの街でも号外が出たんですよ!私たちは誇らしいというか・・・でも、手の届かないところに行っちゃったみたいで寂しいというか・・あまり馴れ馴れしくしたらいけないかな・・とか」
と言いながらも、ちょっとしょんぼりする。
リオは堪らなくなって二人をギュー――っと抱きしめた。
「二人は私にとって大切な友達よ!寂しいこと言わないで」
「リオ先生っ・・・!!!」
「大好きですっ!」
三人はグループハグをしながら、お互いの友情を確かめあった。
*****
そんなある日、リオが調剤室に入るとアベルが熱心に薬草の絵を描いていた。リオに気がついて顔を上げるが、すぐに顔を背ける。明らかに拗ねている態度だ。
(え!?私なにか怒らせちゃった?)
「ねえ、アベル。何かあった?私何かいけないことしちゃった?」
とリオは優しく尋ねた。
「リオ先生はこの療法所以外でも診療しているんでしょ?もうすぐここから出て行っちゃうの?」
振り返ったアベルはちょっと泣きそうだ。
「そんなことないよ。頼まれて他のところで診療しているだけで、私が帰ってくるのはいつもこの療法所だよ」
「でも、でも、僕が一人前の療法士になったら、レオン先生もリオ先生もいなくなっちゃうかもって聞いたよ」
ああ、そういえば何十年も同じ場所にいると、年を取らないことを不審がられるから移動する予定だったなと思い出す。
リオはそれを寂しいと思ってしまう。だって、この療法所とこの街は既にリオの中で大切な場所で故郷みたいなものだ。信頼できる友達も沢山できた。
(いつか、いつか、セイレーンも他の人たちも一緒に、自由で安全に生きられる世界になったらいいのに・・・やっぱり難しいのかな)
アベルに嘘はつきたくない。
「まだ先のことは分からないの。私たちはいつか離れてしまうかもしれないけど、それはまだまだ先の話よ。その前にアベルのことをしっかり鍛えないといけないからね」
そう言ってリオはアベルを抱きしめた。
アベルも不老不死だから、きっといつか同じ問題に直面するだろう。でも、まだそんな現実を知って欲しくない。
アベルは
「子ども扱いしないで!」
と言いながらも、ちょっと嬉しそうにリオの胸に顔を埋めた。




