巾着袋
リオが無事に帰還し、ありふれた日常生活が戻ってきたように見えるが、実は違う。戦争や魔王復活の脅威は間違いなく近づいている。
それに、あのエラが簡単に若返りを諦めるはずがない。リオはまだ狙われている。誘拐されても逃げ出せるよう準備が必要だと能天気なリオもさすがに自覚した。
レオンとリュシアンは警備を強化したが、リオは診療を諦めたくないし、普通の生活を送りたいと望んでいる。しかし、レオンの過保護は強まる一方だ。勿論レオンの気持ちも分かるし、彼を傷つけたくない。話し合いをしつつ、一人でも身を守れるような知恵をつけたいと思う。レオンは黙ってリオの主張を聞き終えた後、哀しそうにリオを抱きしめた。
レオンは村長から貰ったものは全て身につけておいた方がいいと言う。
「直感だが・・オリハルコンのように加護になるかもしれない」
オリハルコンだけでなくイーヴの羽根入り容器もお守り代わりに持ち歩くよう助言された。正直、羽根が助けになるとは思えないが、せっかくのイーヴのプレゼントだ。常に持ち歩くのは吝かではない。
リオはポレモスが使っていた魔法を思い出した。エレオノーラを持ち歩いている彼は異空間を倉庫のように使えるのだと思う。そういう魔法は前世のラノベで読んだことがある。それにリオは常々医療道具や薬などを持ち歩きたいと思っていた。
そして、最近気がついたのは、頭の中で『これは治療に必要だ』と理屈をつければ、大体どんな魔法をイメージしても叶うということだ。
『医療道具を持ち運ぶことは治療にとって重要だ』
頭の中でドラ〇もんの四次元ポケットをイメージする。そして小さな巾着袋を掌に載せた。
『この袋に何でも入れられたら、診療の役に立つのです!』
脳内でそう言い聞かせると巾着袋が淡く光った。確かな手ごたえを感じて巾着袋を開いてみる。袋の中身を覗くと驚くべきことに異空間が広がっていた。底が見えない。試しに保湿用の軟膏を入れてみる。シュッという音がしてあっていう間に消えた。
取り出すときに『軟膏』をイメージして手をかざすと掌の中に軟膏が飛び込んできた。
(スゲ――――!やっぱりチート能力最強だ。村長ありがとう!)
これは便利だ。消毒薬から様々な薬、包帯、鉗子・・・、ものすごい量の医療道具があっという間に吸い込まれて、しかも巾着袋はぺったんこだ。
掌の上の巾着袋を眺めながら、リオはさらに考えた。
(捕まった時に巾着袋を取り上げられたら元も子もないよね?ドラ〇もんみたいに直接お腹とかに付けられないかな。お腹は肌を露出する訳にはいかないから・・手の甲とか?)
『手の甲に装着可能にできたら治療に便利です!』・・・なんてね、と莫迦なこと考えていたら、巾着袋が左手の甲に同化して消えた。
(え?!なに?どこ行ったの?)
リオはパニックになったが、試しに左手の甲を触って『軟膏』と念じると左手から軟膏が出てきた。そして、軟膏を左手の甲に当てるとそれが消える。
(何だこのチート?!マジか!)
試しにオリハルコンを左手に当ててみるとそのまま消えた。『オリハルコン』をイメージして左手の甲を触るとオリハルコンが出てきた。
(スゲ――――――!神様、有難いですが、私はこの世界でどんどん人間離れしていきます・・・)
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レオンにそのことを伝えると
「私がそこに入ることは出来ないかな?」
と恐ろしいことを言いだした。
あまりに熱心に言われるので仕方なく試してみる。驚いたことにレオンが左手の甲に触れ、リオが『レオン様を入れて』と念じるとレオンが消えた。
(うぉぉぉぉ―――!マジ!?)
雄叫びをあげたくなるのを押さえて『レオン様を出して』と念じるとレオンが現れた。レオンによると内部はものすごく広くて快適らしい。ただ、時間が止まっている感じがしたと言う。
意味が分からなくてリオが首を傾げていると、レオンはもう一度試したいという。今度は入ってから十分後に召喚するように指示された。
十分後に出てきたレオンの顔は輝いていた。
「いや、一秒も経たずに戻された感じがしたよ。思った通りだ」
「え?どういうことですか?レオン様」
「だから、君の巾着袋・・・というか左手の中では時間が経過しないんだ」
(ええええ!?)
「エレオノーラが同じように閉じ込められていたと言っていたね?」
「は、はい」
エレオノーラのことはリュシアンやカールが探しているらしい。
「ポレモスがエレオノーラを同じように異次元空間に入れているのだとしたら、食事や排泄をどうしているんだろう?と思っていたんだ」
もし内部で時間が止まっているのであればエレオノーラは当面無事だと考えていいのかもしれない。お腹が空いたりすることもないんだよね。
「内部では時間が経過しないのであれば安心だ。今度、リオが出かける時は私がその中に入っているから」
レオンはとても嬉しそうに宣言した。
(マジか!?)
しかし、満面の笑みを浮かべるレオンに抗弁できるはずもない。
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他にも色々と試してみた。リオが『レオン様を入れて』と念じなければ、レオンがリオの左手の甲に触っても何も起こらない。徐々に使い方が分かってきた。
熱い食べ物や冷たい飲み物を何時間入れていても、取り出すときは熱いまま、冷たいまま出てくることも判明した。しかも、こぼれずに出てくるから密封容器に入れておく必要もない。すごいチートだ!ピクニックにも簡単に行ける!と思ったけど、レオンに言うのは憚られる。いつか行けたらいいなと思いつつ、イーヴの羽根だけでなく医療道具、薬を山ほど追加した。それでも、まだまだ余裕だ。レオンによると何百人も収容できる果てしない空間が広がっているらしい。
誘拐に備えて、追跡子の付いた予備の制服も入れた。ただ、中に入ったままだと追跡子は機能しない。なので、誘拐されたらそれを取り出す必要がある。敵にバレるといけないのでもっと小さくて目立たない追跡子を用意するとレオンはメモに書き込んだ。
「武器も入れておいたらどうでしょう?」
リオの質問にレオンは難しい顔をした。
「武器はそれを使いこなせるようになってからだな」
ということでリオは筋トレを再開し、レオンから剣術を習うことになった。自分でもある程度は身を守れるようになりたい。レオンは渋々だったがリオの毎日は充実している。
自分はレオンの望まないことをしているのかもしれないとリオは思う。でも、ただ守られているだけでは嫌なのだ。愛する人たちを守るためにも頑張りたい。レオンは諦めたように「As you wish」と笑った。




