神話
リュシアンは、戦争と魔王復活を阻止するのに大公の健康改善が必須で、そのためにはリオが安全にシュヴァルツ大公を診療できる環境が重要だから、リオの護衛をしてポレモスが近づかないように見張っていて欲しいと村長に注文する気でいる。
何だかもう「風が吹いたら桶屋が儲かる」的な話と「神様は害虫除けか?」くらいの扱いに呆れるけれど、村長は何と返答するだろうか?
村長が話をしたいと言うのだから、近いうちに連絡があるだろう。その時に交渉してみるとリュシアンは平然と言った。リュシアンの肝の据わり方にリオはいつも感動を覚える。
*****
二人きりになった時、レオンはリオが居ない間に起こったことを詳しく説明してくれた。ベルトランドからの情報で戦争に向けて切迫している事態は理解できた。またリュシアンが焦っている理由も分かる。やはりシュヴァルツ大公の診察をしてみたい。それで何が変わるか分からないが可能性があるなら試してみたいとレオンにお願いしてみた。
レオンは深い溜息を吐いた。
「私はもういっそ君をどこかに閉じ込めておきたいとすら思うんだ」
「でも、私は閉じ込められるのは嫌です。もちろん、レオン様の傍からは絶対に離れません。今まで以上に気をつけます。でも、病人がいるなら診療したい。外にも出かけたい。旅行に行きたい。レオン様と一緒に色んなことを経験したい。今回自分がいかに非力か分かったので、剣術も習いたいし、体も鍛えたい。やりたいことが沢山あるんです」
レオンは頭を抱えてソファに座り込む。
「すまない。君が帰って来たばかりで、私も混乱している。また別の機会に話し合ってもいいかい?今は私も冷静に判断することができない」
くぐもった声でリオに訴えた。
「はい、勿論です。私も色々考える時間が必要ですから」
レオンが慌てて「何を考える?結婚を考え直すとか?私と別れるとか?」とリオの手を握る。
レオンは前世のリオ以上に重度の不安症だ。自分の誘拐が引き金なので、とにかく安心させなくてはならない。リオはレオンの頬を両手で挟んで目と目を合わせた。
金色に輝く瞳は相変わらず美しい。光の加減で少し緑がかった色にも映る。
「レオン様、私はレオン様だけを愛しています。その気持ちは変わりません。何があっても絶対にレオン様のところに戻ってきます。今回も戻って来たでしょう?私が帰る場所はレオン様だけです。だから何も心配することはないんです」
レオンの瞳から宝石のような涙がホロホロと零れ落ちる。リオはその涙をペロリと舐めた。そしてレオンにそっと口づけをする。
「レオン様、愛しています」
と言った瞬間に、骨も折れよとばかりに強く抱きしめられた。
レオンは片手をリオの頭の後ろに回して、優しく指に髪を絡めながら、唇にそっと口づけた。啄むようなキスから徐々に深く激しい口づけになり、最後は息も絶え絶えになる。
「リオ、絶対に何があっても、私のところに帰ってきてくれ。もう君がいないと生きていけない・・・」
切実なレオンの声を聞いて、リオは「絶対に」と約束した。
***
レオンが落ち着いてから、リオは村長とイーヴの話をした。
「絶対に絶対に他の誰にも秘密ですよ」と念を押すと、レオンは妙に嬉しそうで、あっという間に機嫌が回復した。
「私とリオしか知らない秘密だね♪」
と音符記号が付いているような話し方になる。
しかし、話が進むにつれてレオンの表情が真剣になった。
リオが話し終わるとレオンは
「エディが以前『村長には特別な方がいる』という話をしたのを覚えているかい?」
と質問した。
「はい。覚えています」
「その『特別な人』は誰も知らない。エディの母親で村長のお気に入りだったマレードさえ知らなかった、と言っていたね?」
「ええ、エディはそう言っていましたね」
「イーヴがその『特別な誰か』だ。間違いない」
リオはストンと納得した。
「そうですね。村長がイーヴさんを見る表情はとても優しかったんです。あんな表情もできるんだって驚きましたから」
「ポレモス目線で考えてみよう」
レオンは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「ポレモスは村長を憎んでいて村長を破滅させたい。最も効果的なのは村長の一番大切な人を狙うこと。村長にとってはそれが一番の恐怖だ。私にとってのリオと同じ。今回改めて思い知らされた」
レオンの眉間に皺が寄った。
「村長がイーヴをずっと隠してきたのはそれが理由だと思う。四万年間、誰にも会わせずにずっと守って来たんだ」
(・・・・なるほど。そう繋がるのか)
「今回リオがイーヴに遭遇したのは偶然もあると思う。でも、村長自身がイーヴを呼んで、リオの話をイーヴも聞いた方が良いと言ったんだろう?」
リオは頷いた。
「と言うことはつまり、ポレモスの陰謀にはイーヴも関わる可能性があるんだ。だから今回は村長が積極的に動いているんじゃないだろうか?」
・・・・確かに。エディによると、村長は基本的に無関心、不干渉、無反応。そう考えると、今回はやっぱり普段より積極的に関与しているのかもしれない。
ポレモスが実験の邪魔をするかもしれないから注意するとは言っていたけれど、それよりもっと熱が入っている気がする。
それから、レオンは本棚の奥の方からボロボロに擦り切れた古い本を取り出した。
「これは創世記の古い神話を集めた本なんだ。ここに書かれている神話は、教会から異端扱いされてね。今では出版禁止になっているし、この創世記の神話は人々にほとんど知られていない」
レオンにその本を渡されて、リオは慎重に古びた表紙を捲ってみる。最初の神話は『太陽神ヘリオス』とその妻の『月の女神イーヴ』の物語だった。
リオは驚いてレオンを見上げる。
レオンは頷いて「案外その本は信憑性があるのかもしれないね」と言った。
「その神話の中には、太陽神ヘリオスに敵対し、世界に災いをばら撒く神が出て来るんだ。その名前が戦の神ポレモスなんだよ」
リオはレオンの言葉に愕然とする。
「それは・・・もう偶然とは言えないですよね?」
「ああ。戦神ポレモスは、一度『全能の神』として世界を支配する神に選ばれるんだ。しかし、悪魔ナカシュがポレモスを唆し、ポレモスは大きな罪を犯してしまう。そのため、太陽神ヘリオスが代わりに『全能の神』として君臨することになったんだ」
「誰が全能の神を選ぶんですか?」
「アイオンと言う『時・永遠・永久の神』がいてね。彼が世界の『全能の神』を選ぶ責任を担っている。時の神アイオンは世界をヘリオスに任せて旅立つが、いつか戻ってきてヘリオスが慈悲をもって人々を導いているかどうかを見定めることになっている」
(そうか。現場監督みたいに現場を任されたのがヘリオスで、アイオンっていうのがトップの最高責任者みたいな感じなのかしら?)
「神話の中で、罪を犯したのはポレモスだから『全能の神』になれなかったのは自業自得なんだが、ポレモスは自分が『全能の神』になれなかったのは、全て太陽神ヘリオスのせいだと逆恨みしてね。」
(・・・なんだその逆恨み)
リオはついあのゲスを思い出してしまう。あのゲスも『全部お前のせいだ』と最後までリオを責めた。理不尽な逆恨みをする奴はどこにでもいる。
「逆恨みしたポレモスは復讐としてヘリオスの妻イーヴを殺すんだ。ヘリオスは妻を亡くし、絶望的な哀しみを乗り越え、慈悲を持って、神として人々の幸せのために尽くした、と書かれている」
それを聞いてリオの肩がビクッと揺れた。もし、それが現実にあったことだとして・・・ヘリオスはポレモスに殺されたイーヴの意識を自分のクローンに入れて、ずっと守ってきたことになる。そして、もしポレモスがそれを知ったら・・・?
「ポレモスはもう一度イーヴを殺そうとするだろうな」
とレオンが真剣な顔で頷いた。




