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アントン

リオが逃げ込んだ部屋には金髪碧眼の美青年が立っていて、リオは危うく彼にぶつかるところだった。


咄嗟に「助けて!追われているの」と叫ぶと、男は頷いてドアを閉めるとガチャンと鍵をかけた。


そして暖炉の脇の壁に何かの呪文を呟く。すると、単なる壁だったところに突然扉が現れた。男はリオを素早く扉の中に押し込むと「声を出しちゃいけないよ」と囁いた。


男が再び呪文をかけると完全な壁に戻った。外からは全く分からない。リオは壁の内側に居るのだが小窓があり部屋の中の様子は見えるようになっている。


(なんでこんな空間があるんだろう・・?)


男はその後、何を思ったか窓を大きく開け放った。リオが飛び込んできてからここまで僅か十数秒である。


ドンドンドンドン!ガチャガチャガチャ!


部屋のドアを激しく叩く音がして、直後に誰かがドアノブを開けようとしている。


「おい!ここを開けろ!」


という声に応じて、男はドアを開けると


「これはこれはポレモス殿。お久しぶりです。お会いするのは何年ぶりでしょうか?」


と軽く会釈をした。銀髪で赤い目のポレモスが探るように部屋に入ってくる。


「アントン殿下、今ここにセイレーンの娘が入ってきたでしょう?彼女は皇帝陛下が拘束した娘です。つい油断していました。逃げ出してしまいましてね。探しているんです。隠し立てするといくら殿下でも陛下の逆鱗に触れますよ」


ポレモスの口調は静かだが、苛立ちは表情に現れていて目元がピクピクと痙攣している。


(アントン殿下!王族・・・いや、どこかで聞いた名前だ。それにスラヴィア語。ここはコズイレフ帝国なのかもしれない。・・・皇族。アンドレ兄さまの手紙で名前が出ていた・・・アントン皇子、えっと、悪いことは書いていなかったはず・・・)


脅しをかけるポレモスに、アントンは屈託なく返事をする。


「ああ、ついさっき入ってきたけど、窓から出て行ったよ」

「殿下・・・。何故捕まえて下さらなかったのですか?」


責めるような言い方をするポレモスにもアントンは全く物怖じしない。


「知らなかったんだよ。悪かった。でも、可愛い女の子が助けて下さいって来たら、やっぱり助けちゃうよね。男としてはさ」


「確かにそうですが・・・。念のため部屋を捜索させて頂いても宜しいでしょうか?殿下を疑っている訳ではありませんが、娘は愛らしい容姿をしていましたからね。男に取り入るのも上手いでしょう」


何だ、その言い方!と腹が立つけど我慢する。


ポレモスはその部屋だけでなく、続きになっている隣室、机の下からクローゼット、戸棚の扉までありとあらゆる場所を確認していった。


隣室に居た侍女の顔まで掴んでチェックしている。侍女がゴキブリでも見るような目つきでポレモスを睨んだので、さすがにポレモスも気まずそうに手を放した。


机の引き出しまで開けて見ている。どうやったら、そこに隠れられると思うんだ?


結構な時間をかけて探しまわった後、ポレモスはため息をついて


「どちらの方向に行きました?」


とアントンに質問する。


彼が「覚えてない」と首を振ると「ちっ」と舌打ちして窓を乗り越えて外に出て行った。


ポレモスが出て行った後、アントンはしばらくその後ろ姿を見送っていた。さすがにもう戻って来ないだろうと思う頃、アントンは窓とカーテンを閉めてリオを壁から解放した。


「あ、あの、ありがとうございます」


オドオドしながら礼を言うと、アントンは笑顔でリオの手を取り、指に軽くキスをした。


「君、可愛いね。名前は何ていうの?」

「え、ええと、リオと言います」

「俺はアントン。一応この国の第三皇子なんだ」

「・・・・あの、ここはどこの国ですか?スラヴィア語だから・・・」

「え、知らないで連れてこられたの?そうだよ、コズイレフ帝国だよ」


(やっぱり・・・。ああ、フォンテーヌから遠ざかってしまった。しかも、敵国だ)


「どうしたの?そんな顔しないで。俺が匿ってあげるから心配しなくて大丈夫だよ」


アントン皇子は何を考えているのだろう?リオは明らかに不審者だ。こんなに軽く『匿う』なんて言えるだろうか。リオの警戒度が高まった。


「ポレモスに追われてたんでしょ?俺あいつ好きじゃないんだよね」

「えっと・・・好きじゃない?」


アントンは心からウンザリという表情を浮かべる。


「ああ、父上はアイツを気に入って、この一画をポレモス専用の研究棟にしたんだ。でも、父上もアイツも超がつく人間不信じゃん?ここは秘密の場所で普通の使用人は入れないんだ。俺は一番格下だけど、一応皇子でさ、だから俺がポレモスの補佐役に任命されたわけ。でも仕事は研究棟の掃除とか雑用ばかり。研究棟なんて名ばかりで、ポレモスはここで何もしてない。っつーか、ここに居ない。いっつも留守でさー、ま、俺とエレナはアイツがいない方が楽しいからいいんだけどねっ!」


とアントンはリオにウインクをした。リオは毒気を抜かれた。


「は、はあ、そうですか・・・」


「それにさ・・・」


アントンの表情が翳った。


「ポレモスは父上を煽って戦争をさせようとしている。皇宮内の雰囲気がどんどん悪くなってるんだ。ホント大迷惑な話だ」

「・・・ここってもしかして、コズイレフ帝国の皇宮ですか?」

「そうだよ。それも知らなかったの?」


(・・・もしかして、もしかすると、ここから直接村長のところへ転移できるかもしれない?)


リオは興奮してパニックになりそうな頭を必死で落ち着かせた。


「ああああの、ご存知ないかもしれませんが、皇帝の居室からセイレーンの村へ転移出来る場所がありまして・・・・。あの、その、その場所を教えて頂けないでしょうか?」


「ああ、村に行きたいんだね。君もセイレーンだよね?いいよ。俺が村への物資を集める係だから、鍵は預かってるし、やり方も分かってる。父上は今軍事演習かなんかで国境付近に行っているからちょうどいい」


(マジで?!そんな偶然アリ?!・・・レオン様なら罠かも、というだろうけど・・・でも、アンドレ兄さまの手紙にアントン第三皇子は野心がなくて信頼できると書いてあった・・・と思う。都合が良すぎる気はするけど、この幸運は逃せない。信じるしかない!)


アントンは隣の部屋に居た侍女のエレナを呼び出した。


侍女のエレナは若くてきびきびと行動する可愛らしい女性だった。アントンからも信頼されているのが良く分かる。挨拶もそこそこに、手早くリオに侍女用のボンネットとエプロンを付け、リオに空箱を持たせた。


「私と並んでアントン殿下の後に付いて歩いて下さい。侍女の振りをした方が目立ちません。できるだけ私と動きを合わせるようにして下さいね。あと、目の色を変えて頂けますか?」


ニッコリ笑顔でテキパキと言われる。


(これは・・・確実に仕事ができる女性だ。とにかく指示に従うに限る)


リオは黙ってコクコクと頷くと、目の色を茶色に変える魔法をかけた。


**


「じゃ、いい?いくよ。堂々としていてね」


リオはエレナと並んでアントンの後ろに付いていく。アントンも何かの空箱を抱えている。


石造りの皇宮は荘厳で堅牢な印象を与える。装飾が少なく無機質でもある廊下を歩いていると、途中何人もの使用人たちとすれ違った。しかし、誰からも不審な目は向けられなかった。


たまに


「殿下、また村に貢物ですか?」

「そうなんだよ~」


などという会話もあり、リオはドキッとさせられたが、アントンがあまりに堂々としているせいか誰も怪しまない。


人がいない時にアントンが色々と話しかけてくる。生来人懐こくて話し好きなのだろう。


「リオちゃん、なんでポレモスに追われてるの?」

「えっと・・あの・・・よく分からなくて・・・」

「ああ、そうだよね~、アイツ何考えてるか分かんないよな~」

「はい」

「俺もさぁ、セイレーンの村の村長に自分のことをチクったら、母上を殺すってアイツに脅されてるんだよね~」

「えっ!?お母さまを人質に?酷いですね」

「だろっ?村長は神様だからポレモスが皇宮で働いていることなんて、とっくに知ってるんじゃない?って言ったんだよ。そしたら『灯台下暗しともいう。だが、万が一に備えて、我は皇宮には近づかないようにしている』だってさ!第三皇子を補佐役にして立派な研究棟まで作ったのになんだよソレ!?」


ポレモスのモノマネが上手すぎてリオは思わず噴き出した。リオの笑顔を見て、アントンは調子に乗って話し続ける。


「俺はポレモスの補佐役に任命されたから二人だけで打ち合わせすることもあるだろうって思うじゃん?一度もないけどさ。父上はポレモスも信用してないから、密かに盗み聞きできるように秘密の間を俺の執務室に作ったわけ。今日それが初めて役に立ったよ。俺は感動したね!」

「私はそこに隠れて助かったんですね。皇帝陛下には感謝しないと」

「そうだよな~、ハハハ!」


アントンの快活な笑い声が誰もいない階段に響く。


「セイレーンの村への転移の間は極秘なんだよね。父上は疑い深いから使用人を近づけさせないんだ。でも、まさか皇帝自らが物資を運び入れたりするわけないじゃん?だから、皇子がその仕事をするんだよね。でも、第一皇子も第二皇子もそんな使用人みたいな仕事は出来ないって言ってさぁ。結局俺がずっと独りでやっているんだよ。まぁ、結構俺も楽しんでるんだけど。でも、村長が気難しいじゃん?色々気を遣うのよ。転移させる時は必ず事前に連絡しなくちゃいけないしさぁ。今日も事前連絡なしでリオちゃんを送ることになるから、絶対怒られると思うんだよね~。だから、村長に会ったらさぁ、事情をリオちゃんから説明しておいてくれない?緊急事態だったから仕方がなかったって・・・・・」


永遠に終わりそうもないアントンの話を聞きながらリオは純粋に感動した。この人はすごい。初対面なのにこんなにコミュニケーションが取れるなんて、羨ましい。


多くの階段を上り続けると、巨大で壮麗な扉に辿り着いた。アントンが扉の鍵を開けて中に入る。ここが皇帝の居室か。確かに豪華絢爛という感じだ。


エレナは廊下で見張りをしてくれている。特殊訓練を受けているので騎士並みに強いらしい。さすが、できる女は違う。


すぐに暖炉のところに向かったアントンは、素早く呪文らしきものを唱えながら手をかざす。しばらく間が空いてゴゴゴゴと暖炉が動き出し、小さな扉が現れた。


リオとアントンがその扉をくぐると内部には広々とした空間が広がっている。


家具も何もないコンクリートの打ちっぱなしの空間に見えるけど、よく見るとコンクリートではなくて、大理石のような高級感のある石で作られている。


床の真ん中に大きな円が描かれている。これは魔法陣だ。


アントンは、リオを魔法陣の真ん中に立たせて何か呪文を唱えた。


「じゃあ、またね~」という屈託のない声を聞きながら、リオは一気にグルグル回る渦のような力に巻き込まれていた。


**


気がつくとリオは村長の部屋に居た。


村長が目を丸くして咎めるようにリオを見ている。


そして、村長に寄り添うようにして立っている人がいた。


村長に瓜二つの男性だった。


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