キャベツ
翌朝リオが目覚めた時には、オリハルコンは普通のナイフに戻っていた。
村長はオリハルコンがリオの加護代わりだと言った。その時の「ナオミの時より更に面白いものがついている」という台詞を思い出す。それがスタニスラフのことなのだろう。どうしてオリハルコンについているのかは謎だけど・・。
それからセリーヌが『永遠の女神』の一説を暗誦した時、悪人がオリハルコンを使うと何かが起こるというようなことを村長が言っていた。悪人のゲスがオリハルコンを悪用したからあんな風に灰になってしまったのか?思い出すだけで背筋がゾクッとする。
その時、ベルトランドが朝食の支度ができたと呼びにきた。昨夜ゲスに殴られた頬が腫れあがって痣になっているのを見て、ベルトランドが辛そうな顔をする。リオはすっかり忘れていたので、慌てて鏡を見ながら治癒魔法をかけた。あっという間に傷が治り、ベルトランドが「大した腕だな」と感心してくれたのでリオは胸を張った。へへ。
朝食は朝からボリューム満点のビーフストロガノフだったが、お腹がペコペコだったリオはお代わりまでして平らげた。
ベルトランドは、リオをシモン公爵邸に帰すと申し出た。既に公爵邸へリオが保護されていることを伝える急使を送ったらしい。
(私が無事だと分かれば、レオン様も・・みんなも安心するだろう。良かった・・・)
執事のセルゲイは縛られて倉庫に閉じ込められているし、ポレモスがやって来ても獣人たちがリオを守ると約束してくれた。
ここの獣人たちは結束が固く、特にボリスとスタニスラフへの忠誠心は凄まじいものがある。全員がスタニスラフのついているリオの味方だとベルトランドは断言した。
昨夜スタニスラフの霊(?)が現れたことを聞き、その場にいなかった獣人たちも大興奮だったそうだ。「仲間もスタニスラフに会えないか?」と聞かれたけど、オリハルコンは既に普通のナイフに戻ってしまって、試しに「スタニスラフ、出てこれる?」と聞いても無反応だった。
ベルトランドは残念そうだったけど、仕方ないなと笑ってくれた。
「今度は観光でブーニン地方に遊びに来いよ。嫌な思い出ばかりかもしれないけど・・・。いいところもあるって知って欲しい。リオには本当に申し訳ないことをした。罪滅ぼしにもならないけど、この屋敷に何泊でもしていいし、色々なところを案内するからさ」
ベルトランドの言葉にリオは「是非!」と答えた。旅行なんて前世でも滅多にしたことがなかった。この世界では一回もない。落ち着いたらレオンと一緒に旅行できるかな、と能天気なことを考えていた。
その時、使用人がベルトランドに「客人が来た」と告げる。
「誰だ?」
「レオンハルト・シュミットと名乗っておられました」
リオは名前を聞いた瞬間、目の奥がツンとなり涙がぽろぽろと溢れ出た。そんなリオを見て、ベルトランドはすぐに客人を通すよう使用人に指示する。
その数秒後には、長い黒髪を緩く一つにまとめたレオンが足早に現れた。心配そうな表情を浮かべているが、金色の瞳は煌めいている。相変わらず腹が立つほどのイケメンだ。
しかしレオンが現れても、リオは零れる涙のせいで碌に顔を見ることもできない。ただ、夢中でわんわん泣きながらレオンに飛びついた。
「レオンさまっ!怖かった!ただただレオン様が恋しかった」と言って抱きつくと、レオンもリオをギュッと抱きしめて「私もだ」と言った。
(ああ、大好きなレオン様の声だ)
「無事でよかった。心配で気が狂いそうだった」
とレオンは深い溜息をついた。
リオが落ち着くと、レオンは「リオを助けてくれてありがとう」とベルトランドと握手をする。ベルトランドは「もう使者が公爵邸に着いたのか?随分早いな」と驚いている。
レオンは「世界一大切な女性だ。光より早く駆け付けたよ」と笑いながら、首の後ろを右手で擦った。
これは照れくさい時のレオンの癖だ。
(ああ、本当にレオン様だ・・・やっと会えた)
リオは嬉しくて安心して、また涙腺が崩壊してしまいそうになる。
レオンとリオはベルトランドに別れを告げると、二人で手をつないで屋敷を去った。
ただ、屋敷の外で転移する時にレオンは少し言いづらそうにリオを見る。
「一度安全なところに転移してもいいかい?公爵邸も危ない状況になってね」
「え?!お父さまとお母さまは?他の皆は無事ですか?」
「みんな、無事だ。安心していい。しかし、リュシアンたちと合流する場所は公爵邸ではないんだ。だから、私がリオを連れて転移する。私に任せて欲しい。いいね?」
そう言うレオンにリオは何の疑いもなく身を委ねた。
***
レオンが転移したのは、どこかの王城だった。巨大な灰色の要塞のような造りになっている。
(ここはどこ?こんなところでお父さま達と待ち合わせなのかしら?)
と考えていると、隣のレオンがまた首の後ろを手で擦っている。
(んんん・・・???)
という、とても小さな違和感だった。
レオンが首の後ろを擦るのは何か困っている時や照れている時だ。何故今その癖がでたのだろう?リオはレオンの横顔をじっと見つめた。
(うん、顔も仕草も声も完全にレオン様だ。・・・うん、念のためね。念のための確認)
数歩遅れてリオが立ち止まったので、レオンが不審そうに振り返った。
「リオ、どうした?」
「レオン様、夜中に私が怖い夢を見た時、レオン様は私に何と言ってくれましたっけ?」
レオンは軽く笑って
「キャベツだろ?」
と答える。
(!!!!!!!!!!)
リオは衝撃で眩暈がした。
(・・・・・こいつはレオン様じゃない。だって、ポレモスにバレた可能性があるからって、合言葉を変えたんだもの)
しかし、偽レオンにそれを悟られてはいけない。リオは安心した振りをして笑顔を見せた。
「良かった~。一瞬レオン様じゃなかったらどうしよう?って思っちゃった」
と無邪気を装う。
偽レオンも笑顔で再び前を向いて歩き始めた。
その瞬間にリオは脱兎のように逆方向に逃げ出した。
急いで角を曲がって、どこか隠れる場所がないか探す。
するとドアが半開きの部屋を見つけたので、リオは思い切ってそこに逃げ込んだ。
部屋の中には金髪碧眼の美青年が立っていて、リオは危うく彼と真正面から激突するところだった。




