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追跡子

ベッドに横たわっていた令嬢が突然カッと真っ赤な口を開き、『何か』がそこから飛び出してきた瞬間、レオンとサンは即座にリオに向かって駆け出していた。リュシアンもすぐにその後を追う。


しかし、患者から距離を取っていたのが仇となった。レオンはもう少しでリオに届きそうだったが突如現れた真っ黒なグリフォンにリオは攫われた。


レオンとサンはグリフォンを追いかけて、その場から転移して消えた。リオの追跡はあの二人に任せよう。


リュシアンはイチに目配せをしてセリーヌたちに連絡してもらう。イチは青褪めていたが、すぐに頷くと転移して消えた。


パスカルとマルセルも顔面蒼白で拳が小刻みに震えているが、冷静さを失うまいと必死に努力しているようだった。


リュシアンはゆらりとデュボア伯爵夫妻に近づいた。その表情は殺気立っていて、デュボア伯爵は事態の深刻さを悟ったのだろう。夫人と二人で床に平伏している。


「・・・・どういうことだ?罠だったのか?」


伯爵はひぃぃと小さな悲鳴を上げる。リュシアンが凄みのある笑みを浮かべて伯爵に近づこうとするとアニーに止められた。


「リュシアン様、大変申し訳ありません。でも、リオ様がいらっしゃったら同じことを仰ると思います。どうか、伯爵ご夫妻とお話になる時は距離を開けて下さい。感染の危険性があります」


(・・・確かにリオならそう言いそうだ)


リュシアンは渋々頷いた。一定の距離を取り尋問を始める。


「最大限の警備が条件だと言ったはずだが、まさか患者の体内に敵が潜んでいるとは思わなかった。どういうことだ?説明してもらおうか?」


リュシアンは出来るだけ怒りを鎮めながら冷静に質問した。


伯爵は泣きながら弁明する。


「…た、大変申し訳ありません。まさか娘の中に何かが潜んでいるとは全く知らなかったのです。公爵閣下のお嬢さまに害をなそうなどとは、全く、本当に全く考えておりませんでした。誠に・・誠に申し訳ありません」


必死に額を床に擦りつける伯爵を見て『こいつは何も知らなかったのだろう』と判断した。


「最近何か変わったことはなかったか?知らない不審者がうろついていたり、思いがけない人物が接触してきたりというような・・・」


伯爵夫妻はハッとしたように顔を見合わせた。


「・・・あ、あの、二週間程前なのですが、突然ジュリアン王太子殿下が拙宅をご訪問下さったことがありました」

「ジュリアンが・・・?」


意外すぎて戸惑う。ジュリアンはハイエナのように自分を狙っている令嬢の家を訪問するなんて迂闊なことはしそうにない。


(・・・・例のポレモスが化けたか。くそっ!)


「は、はい。ジュリアンさまはイヴェットをお気に召して下さったようで、食事をご一緒したり庭を一緒に散歩したり、楽しく過ごして頂きました」


「随分長居したんだな。どれくらい滞在したんだ?」


「・・・え、は、はい。恐らく・・。ただ、私はその日公務がありまして、いつお帰りになったかは分かりませんが・・。お前はお見送りしたんだろう?」


尋ねられた伯爵夫人は震えている。


「・・・いえ、実は私もお帰りになるのを見ていないのです・・・。娘が一人だったので殿下はどうしたのか聞いたら、もうお帰りになったと言うので・・・。ほ、本当に申し訳ありません・・・」


(・・・・間違いあるまい。ポレモスはジュリアンの振りをしてイヴェットに近づき、そこでジフテリア菌に化けて彼女の体の中に潜んでいたんだ)


病気、特に感染症になれば絶対にリオが出てくるという自信があったのだろう。畜生!


「・・・ああ、あの、公爵閣下。娘の治療はもう・・・無理・・・ということですよね?」


呑気に聞いてくる伯爵に益々腹が立った。娘はまだ苦しそうにベッドに横たわっている。


「リオがいなければ、治せる者はこの世界にいないだろう」


リュシアンの言葉に伯爵夫人が泣き伏した。するとアニーがリュシアンの後ろから声を掛ける。


「あの・・リオ様のお言葉です。とにかく感染症で一番重要なのは『隔離』だと。感染者の隔離を徹底するようにとのことです。健康な人間であれば、時間がかかっても自分の体を守る免疫力で病を克服することが出来るそうです。ただ、持病のある患者、乳幼児、高齢者など免疫力の少ない患者は死に至る可能性があるので、絶対に感染させないようにとのことでした」


「それでは、イヴェットもこのまま治る可能性はありますか?」


夫人の必死の言葉にアニーは頷く。


「時間はかかるかもしれませんがお若いですし、回復する可能性は十分にあるとリオ様は仰っていました。まず、隔離すること。食器なども別にして、必要最低限の人数しか接触しないようにして下さい。患者には水分を欠かさないこと。喉に膜が出来て嚥下しにくいので、食べ物はスープなどが良いと仰っていました。肉や野菜を煮込んですりつぶして濾せば滑らかで飲み込みやすいスープになるとのことです。そして、休養を取ること。それを続ければいずれ良くなるだろうと仰っていました」


伯爵と夫人は「ありがとうございます」と泣きながらアニーにお礼を言った。


「それからこの屋敷の人間全員に手洗い・うがい・殺菌消毒を徹底させて下さい」


と付け加えるアニー。すっかり看護師らしくなったアニーに感心しながらも、リュシアンは伯爵夫妻を睨みつけた。


「今のを聞いたな。この領内でこの病気が広がったら、デュボア伯爵家は取りつぶす。絶対にこの屋敷から外に感染を広げるな。いいな!」


二人は「は、はい。必ず!」と再び平伏した。



その後、疲れ果てた顔をしたレオンとサンが戻って来た。


二人とも顔が土気色をしている。


「見失った」というレオンの言葉を聞いて、とりあえず公爵邸に戻ることに決めた。


リオを何としても取り戻す!



*****



公爵邸に戻るとアニーから全員服を着替えるように指示が出た。服は煮沸消毒するらしい。手と顔を石鹸であらい、更に消毒薬で手を殺菌するように指示される。


全員大人しくアニーの指示に従った。リオが攫われたこの緊急時に、と思うが、リオなら絶対に徹底させただろうし、我々の中から病人が出たらリオの奪還計画にも支障が出る。


広間に集まった皆は絶望的な顔をしていた。


セリーヌも苦しそうな表情をしていたが、


「リオが着ていた制服、というかドレスに追跡子をつけておいたから」


と地図を見せながら言う。


「誕生日プレゼントに追跡子が付いているなんて感じ悪いかなと思って、本人には言わなかったんだけど・・・」


レオンの顔色が変わった。


「すぐに追跡してくれ!どこだ!?」


とセリーヌに詰め寄る。


「探索範囲を広げないと引っかかって来ないのよ。デュボア領の近くではないわ」

「グリフォンは北の方向に向かった。コズイレフ帝国の方だ」

「了解。北ね」


レオンの言葉にセリーヌが探索魔法を駆使して地図を見ながら指で追う。


しばらく経って、セリーヌの指が止まったのはブーニン地方だった。


セリーヌの指は山脈の麓を指している。


「ミハイルが幽閉されているのもブーニン地方じゃなかった?」


というセリーヌの言葉にレオンが「くそっ」と呟き、転移の間に走っていった。その後をサンが追う。


リュシアンは他の面々と今後の対策を検討する。


その時、カールが「私はエラに会いに行こうと思う」と言い出した。


「エラは確実にリオの居場所を知っているはずだ。あれが一枚噛んでいない訳がない」


それは間違いない。エラは絶対にリオの居場所を知っている。しかし、カールがエラに会いに行くのは危険が大きすぎる。


「カール、気持ちは有難い。しかし、君が人質になると我々の動きが封じられてしまう。エラは絶対にリオの居場所を教えないだろうし、我々のためにも君にはここに居て欲しい」


カールは悔しそうに「くっ・・・何もできない自分がもどかしい」と拳を握りしめた。ルイーズも心配そうな面持ちでカールに寄り添う。


リュシアンは王宮に行くことにした。ジュリアンがデュボア伯爵邸に行ったはずはないが、一応確認した方が良い。それにコズイレフ帝国が関与している場合、外交上のやり取りになる。トリスタンには報告した方がいい。生誕祭の時に大体の事情を説明しておいて良かった。村長にも会ったらしいから、事の重大性は理解してもらえるだろう。


リュシアンが王宮に行くことを説明していると、転移の間の方向から乱れた足音が聞こえてきた。広間の扉が大きな音を立てて開き、殺気立ったレオンとサンが入ってくる。


レオンの片手には泥だらけで破れたリオのドレスが握られていた。ドレスで黒ずんでいる部分は血の染みのように見える。レオンの目は虚ろで深い穴のようだった。


「・・・ミハイルが幽閉されているはずの屋敷にこれが残されていたっ・・・!屋敷は血の海だ。監視の騎士たちも全員殺されていた。ミハイルもリオも・・誰も居なかった!どこに?どこに行ったんだ!」


絶望的なレオンの声に全員が凍りついて動けなくなった。セリーヌが嗚咽しながら破れたドレスに縋りつく。


「リオ・・・リオ・・・」と言いながら泣き伏すセリーヌを見ていると、堪らない無力感に苛まれる。


レオンとサンはがっくりと肩を落として蹲った。


誰も声を出せなかった。静寂が広間を包む。


その沈黙を破ったのはエディだった。


「私はコズイレフ帝国に戻るわ」


決然としてエディは言った。


「リオは絶対に最後まで諦めない。私は彼女が生きて帰ってくることを信じているわ。帝国がこの犯罪に関与しているのは確実。私はアンドレのところに戻って帝国の動きを探ることにします!」


「・・・それは、いい考えかもしれない」


リュシアンにも少し気力が戻ってきた。諦めるな。まだ希望が消えたわけじゃない。


「アンドレに協力してやって欲しい。特に村長と連絡が取りたい。村長もポレモスの思惑通りにいかせたくないはずだ。万が一村長と連絡が取れた時、エディが居た方がいいだろう。ただ、決して危ない橋は渡らないで欲しい」


エディは真っ直ぐリュシアンを見て頷いた。


そうだ、希望を失ってはいけない、出来ることはある、とリュシアンは自分に言い聞かせる。


「王宮に行ってくる」とセリーヌに声をかけると、泣いていたセリーヌがようやく立ち上がった。


「・・・い、いってらっしゃい。気をつけて・・・」


ほろほろと涙を流すセリーヌを抱きしめてじっくりと慰めてやりたいが、今はリオの緊急事態だ。一度ギュッと抱きしめるだけで我慢する。


だが、一番心配なのはレオンだ。


先ほどから真っ黒な殺気がレオンから立ち上っている。


「レオン・・・」


と声を掛けるのも緊張するくらいだった。


レオンは俯いたまま抑揚のない声で言った。


「・・・私はもう一度ミハイルが幽閉されていた屋敷に戻ってみる。リオがあそこに居たのは確実だ。何か手掛かりが残っているかもしれない」

「そうだな。調べてみる価値はある」

「ああ」


虚ろな表情のままレオンが頷いた。


「レオン、気をつけろよ。サンも一緒に行ってくれ」


と言うとサンはすぐに立ち上がった。


レオンは無言でサンと一緒に再び転移の間へ走っていった。その後ろ姿に危ういものを感じたが自分にはどうしようもできない。リオ、どうか無事に帰って来てくれ、とリュシアンは祈った。


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