奇襲
リオは感染症の恐ろしさを繰り返し護衛のみんなに説明した。
お粗末ではあるがマスクを手作りし全員に装着してもらう。そして転移した先では絶対に患者に近づいてはいけない、何にも触れてはいけないと指示を出す。リオは全身を覆う膜が作れるので大丈夫だと思うが護衛が感染したら大変だ。
おかしなマスクをしたイケメン軍団を率いてリオとアニーは転移の間で仁王立ちになった。お揃いの療法所の制服にマスク姿の二人は前世の医療従事者を彷彿とさせる。
「いざ、出陣!」
勇ましくリオが声を張り上げる。セリーヌに「その意気よ!頑張って!」と見送られてリオたち一行は伯爵邸へ転移した。
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事前にリュシアンが手配していた通り、リオたちは転移の間から直接イヴェット・デュボアの寝室に転移することができた。
転移した先で真っ先に目に入ったのは大きな天蓋付きのベッドである。
ベッドの中心にイヴェットらしき女性が横たわり激しく咳こんでいる。聞いているだけで辛くなる。一週間前の患者と同じ咳だ。ジフテリアで間違いないだろう。
ベッドの脇に立っているのがデュボア伯爵夫妻だろう。二人がお礼を言いながら近づいてきたので、リオは申し訳ないと思いながらも
「止まって下さい」
ときっぱり言った。
伯爵夫妻はビクっとして立ち止まる。
「大変申し訳ありません。これはジフテリアという感染症です。お二人も感染している可能性があります。どうか私たちには近づかないようにして下さい」
伯爵は何か抗弁しようとしたが、リュシアンに
「国家療法士の言うことだ。聞けないのか?」
と睨まれると黙って数歩引き下がった。夫人も一緒に下がる。
リオは先週と同様、自分の体表面に膜を張る魔法を使う。淡く体が光った。よし、大丈夫だ。
そして両手に殺菌魔法をしながら一人で患者に近づく。
レオンたちには下がって待っていて欲しいとお願いした。患者に近づくと感染の危険があるので、できるだけ一人で対応したい。
イヴェットの甲高い咳は止まらない。
リオはまず喉の膜を取り除こうと患者に近づいた。イヴェットの顔を覗き込んで「口を開けて下さい」と声をかける。
・・・・・・その瞬間、何が起こったのか理解できなかった。
イヴェットが、大きく、大きく、大きく、口を開けた。不自然なほど大きい口だ。
カッと開いた口の奥から何かが飛び出してきて、リオはそれを避けることができない。
イヴェットの口腔内から飛び出してきた『何か』は形を変え巨大な鳥になった。鉤爪でリオを鷲掴みにすると、ガラス窓を突き破り空に向かって羽ばたいた。
ガラスの破片が散らばり皮膚に傷をつける。ショックのせいか痛みは感じなかった。
レオンが目を見開いて必死に追いかけてくるのが見えたが、それも一瞬で大きな鳥はリオを掴んだまま大空を飛んでいく。
あっという間に地表が遠くに離れていく。怖い・・。高所恐怖症ではないが、ここから落とされたら確実に死ぬだろう。
やっぱり罠だったと自嘲気味に考える。自分は本当に甘いと泣きたくなった。リュシアンとレオンは過保護過ぎると思っていたけど、彼らの方が現実的に物事を見ていたのだ。
(私はどこに連れて行かれるんだろう。殺されるのかな・・・)
恐怖がリオの背筋を這いあがってくる。
せめてもの救いはオリハルコンがブーツの中にあることだ。村長はオリハルコンが加護代わりだと言っていた。それを信じたいが、恐怖を消すことはできなかった。
冷たい風に晒されて体がガタガタ震える。寒い。攫われた時にいつもの鬘も取れてしまったからショートヘアの頭が酷寒の風に晒されている。傷の痛みも感じるようになってきた。せめて傷くらいは治しておこうと自分に治癒魔法をかけた。治癒魔法が使えたので、転移魔法も試してみたがそれは使えない。転移魔法は封じられているのだろう。
寒さに歯の根が合わない。このままだと風邪を引く。全身に感染症防止の膜を張ったみたいに風よけみたいな温かいもので覆えないかな、と試しに魔法を使ってみる。ホワッと体が光った瞬間、冷たい風が完全に遮断された。全身が温かくなり、ようやく息がつける。それにしても村長から貰った魔法はすごい。風邪の予防も治療の一環と考えていいってことなのかな?
鳥は長い間飛んでいた。白い雲が下に見える。地表はほとんど見えない。どこまで行くんだろう?魔法のおかげで先ほどのような冷たい風の辛さはないが、体が痛くなってきた。
(レオン様、みんなも心配しているだろうな・・・)
レオンの心中を思うと切なくなる。レオンの心を壊しちゃいけない。絶対に生きて帰ってみせる。監禁時代と同じだ。頭を使え、知恵を絞れ、と自分に言い聞かせる。
まずは自分を攫ったのが何者か確認せねば、と恐る恐る上を見上げると、それは鷲の上半身と獅子の下半身を持つ伝説上の生物、しかも漆黒のグリフォンだった。




