疑問
「愚かなセイレーンの起こした事件は、ネットニュースで単なる交通事故として報道されていた。目撃者は少なく、朝早かったためか曖昧な証言が多かった。魔法が使われたことに気づかれず、我が干渉する必要はなかったのは運が良かったというべきであろう」
と村長は長い話を締めくくった。
リオはあまりのことに体が硬直して動けなかった。
(私の体は複製・・・クローンだったんだ・・・。意識は平石理央だけど、クローン・・・そして私は殺された・・んだよね。誰でも良かった。事故じゃなくて通り魔に遭ったようなもの、なのかな?)
胸がつぶれそうだ。
混乱して頭も痛かった。
息も苦しい。
縋るようにレオンを見ると、彼が駆け寄ってリオを強く抱きしめた。レオンの腕の中でようやく息ができる。その場にいた全員は凍りついたように動かない。
色々な謎は解けた。情報量が多すぎて処理が追いつかないけれど、リオはフィオナの意識を捜す必要がないことは理解できた。フィオナの意識自体が元々存在しなかったのだから。
レオンも少し体が震えている。それでもレオンは顔を上げて果敢に村長に質問した。
「それで貴方がフィオナをコズイレフ帝国の皇帝に引き渡したのですね?」
「そうだ」
「フィオナが酷い目に遭うことを知っていながら?研究の知見を得るために?」
「そうだ」
「村長、あなた方が行っている実験とは何ですか?研究の目的は?」
「人間が知る必要はない」
と村長は取り付く島もない。レオンは内心の憤懣が隠せなくなってきている。
「ポレモスとは何者ですか?セイレーンですか?何故村長をそんなに憎む?」
「人間が知る必要はない。ただ、ポレモスは人々の欲につけこむ。欲深い人間に注視せよ。エラはルイーズがリオの能力で甦ったことも知っている。彼女の毒は魔王復活に利するだろう」
「ポレモスは魔王を復活させようとしているのか?」
「我は絶対にそれを阻む」
村長の表情が硬くなる。神の怒りにその場の空気がピリついた。空中に静電気が舞っているみたいだ。
「何故我々が道の駅にいると知っていた?」
レオンの目つきは鋭くなり、言葉遣いも段々乱暴になってくる。神様相手だからもう少しソフトに話そう、とレオンの目を見て訴えると、ハッとして少し落ち着いたようだった。強張った顔に無理矢理笑みを浮かべてリオの頭を撫でる。
「我がエラ・シュナイダーを見張っている時にポレモスが現れた。ポレモスは、リオがオリハルコンを持っているとエラに報告していた。我はオリハルコンの気配を辿ってお前たちを見つけたのだ」
村長は何でもないことのように答える。
「村長はポレモスを追っているのに、何故その時に奴を捕まえなかったのですか?それに、ポレモスは何故どこにでも忍び込めるのですか?どこまで情報を握られているのでしょう?」
レオンに敬語が戻ってきて、ちょっとホッとする。
村長は悔しそうに溜息をついた。感情らしきものを見せるのは珍しい。
「ポレモスは、この世界に存在するものなら何にでも化けることができる。人間だけでない。動物、虫、真菌、細菌にも化けることができる。アリやハエに化けることが多い。シモン公爵邸に侵入した時は、逃げた振りをしてアリか何かに化け、情報収集を続けていたのだろう。お前はアリの出入りを止めることができるか?恐らく全ての情報は漏洩したと想定すべきだ」
レオンは絶句した。リオは部屋の中にアリがいたことを思い出す。
(え!?あれってもしかしてポレモスだった可能性があるの?)
「村長は神様だから、この世界のことはどうにでもなるんじゃないですか?」
というリオの質問に「愚かな質問をする娘だ」という表情をありありと浮かべながら村長は答える。
「我の役割はこの世界と他の世界との整合性を保ち、それぞれの条件を維持すること。文明の衰退に影響するような変化には注意を払うが、個人レベルで何が起こっているかなどは我の関与するところではない。ポレモスの目的は実験の破壊だ。従って、ポレモスが関与するところは我も注視するが、細菌に化けて排水溝に流れてしまえば、我でも取り逃がす。今回もエラの屋敷で取り逃がした」
村長にしては珍しく苛立ちが言葉に滲んでいる。
「エデルガルトの情報からエラの近辺を追っていたが、ポレモスはなかなか尻尾を出さぬ。ポレモスはエラ・シュナイダーとコズイレフ帝国皇帝を利用している。使役されていると見せかけて、実際に操っているのはポレモスだ。獣人や魔人族も使い、愚かにも魔王復活を目論んでいる。それだけでなくポレモスはリオを殺すつもりだ」
無造作に出た村長の爆弾発言に全員が凍りついた。
「魔王復活の上に、リオを・・殺す?まじか・・・?」
サンが真っ蒼な顔で独り言のように呟く。パスカルとマルセルは絶句している。
レオンだけが立ち直って、なおも質問を続ける。
「何故だ?ポレモスがリオを殺す理由はあるのか?」
「知らん」
村長の言葉にレオンが激高する。
「知らないってそんな!」
村長はレオンとリオの顔を交互に眺めていたが
「・・・生贄・・・だけではなさそうだがな・・・」
と呟いた。
全員血の気が失せる。
(生贄?!生贄?!大事なことだから二回言いました。生贄?!私が生贄にされるの?!)
レオンは村長につかみかからんばかりに取り乱している。
村長は呆れたようにレオンを見つめた。
「慌てるな。魔王復活にはセイレーンの血が必要だから、リオを生贄にするのかと思ったまでだ。しかし、もっと容易く手に入るセイレーンはいる。敢えてリオにする理由は我も知らん」
(慌てるなって言われても慌てるよ。何だそれ!?)
レオンがもっと情報をくれと懇願すると村長はうんざりしたように嘆息した。
「知らん。我ももう少し気配を消しておければ良かったのだがな。ポレモスは我の気配に気づくとすぐに逃げた。ただ、ポレモスは逃げる前に、リオがいると計画の邪魔になるから絶対に殺せとエラに命令していた。奴の目的は実験の破壊だ。ポレモスがリオを殺したいのであれば、我はリオを生かした方が良いだろうと判断したまでだ」
リオはあまりのことに眩暈がした。他の面々も血の気の失せた面持ちで凍りついている。
「リオがポレモスに殺されなければいいだけの話だ。だから気をつけろと言いにきた」
村長の言葉に反射的に
「あ、ありがとうございます」
とリオが頭を下げると、村長は唇の端を少しだけ動かした。
(もしかして、微笑んだつもりなのかしら?)
「お前はルイーズを救った。我も力を与えた甲斐があったというものだ。お前の善意は感染する。悪意が感染するように善意も感染すると分かっただけでも検証の価値はあった」
(感染って・・・。褒められているのかしら?複雑だなぁ)
リオは何と返事をすればいいものか分からず言葉に詰まった。そんなリオにお構いなく、レオンは相変わらず少し喧嘩腰だ。
「村長もリオに死んで欲しくないのでしょう?何かリオを守るような加護を頂けませんか?」
村長は平然と答える。
「既に持っているだろう?」
『あ、もしかして・・・』と、リオはオリハルコンを取り出した。
村長にオリハルコンを見せると、村長は今度こそはっきりと微笑みを浮かべた。
「ナオミに渡した時より更に面白いものがついているからな」
『どういう意味?』と村長に尋ねても、もう返事はこない。何を言っても沈黙しか返ってこないので、リオたちは色々と諦めた。
**
外はもう真っ暗になっている。
(結局道の駅はあまり見られなかったなぁ、ちょっと残念)
村長はリオの気持ちを見透かしたように話しだした。
「今日は邪魔をしてすまなかった。お前は過酷な運命に翻弄されながらも他人への思いやりを忘れず、自分のことは後回しにして他人のために尽くす。また、それが周囲の人間にも良い影響を及ぼす。それだけ利他的になれる人間がいることは文明存続の観点からも意義深い知見だ。驕らず周囲の人間にも神にも感謝することを忘れない。稀有な性質を有している」
レオンが「当然だ」と強く頷く。
(・・・いや・・ちょっと恥ずかしいです。文明存続って何?って感じだけど)
「今月、王都で我の生誕祭が行われる。我も参加するつもりだ。民の気持ちを汲まねばな。我が居る場ではポレモスは悪さをしない。お前も安全に参加することができるだろう」
「本当ですか?」
(神の生誕祭って要はクリスマスみたいなものでしょ?私も安全に参加できるってこと!?うわ、超嬉しい。超行きたい。超楽しみ!)
「行きたいです!」とレオンを見ながら手を合わせると、レオンは諦めたように苦笑した。
「村長がその場にいて下さるなら安全でしょう。村長、リオのためにありがとうございます」
と深く頭を下げる。
その後、村長は指一つでリオたち全員を公爵邸に送ってくれた。




