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親子

話がひと段落ついて皆でお茶を飲みながら談笑していると、セリーヌが「アベルのことをどうする?」とカールとルイーズに尋ねた。


その場が静かになり、カールは苦渋の表情を浮かべる。


「正直、自分にアベルに父親だと言う資格があるとは思えない。アベルを独りぼっちにして放置してきたのは私だ。アベルに会うとエラに気づかれて危険だというのは言い訳にすぎない。私はルイーズの面影を見るのが辛かったんだ。ルイーズを失ったことを実感するのが怖くて、生まれてから今まで一度もアベルに会ったことがなかった」


ルイーズは優しくカールの背中を撫でる。


「リュシアンとセリーヌがアベルを見守ってくれていたし、育った孤児院も良いところなのよ」


ルイーズはアベルのことを良く知っている。


「リュシアンとセリーヌには感謝してもしきれない。彼らがアベルを守ってくれた。私は父親だと名乗らず、アベルの生活を変えない方が良いのではないかとすら思うんだ」


ルイーズは少し拗ねたように


「あら、私はアベルに私がママよって言いたいわ」


と言うと、カールは慌てたように


「勿論、君はアベルに母親だと名乗って欲しい」


と断言した。


セリーヌはそんな会話を黙って聞いていたが、突然大きな声で


「じゃあ、多数決を取りましょう。この中でカールがアベルに父親の名乗りをあげた方が良いと思う人!」


と叫んだ。


多くの手が勢い良く挙がる。


「手を挙げてないのはカールだけね。カール、どう思う?それにね、あなたに父親の資格があるかどうかなんてどうでもいいのよ。問題はね、アベルには父親が誰かを知る権利があるということ。あなたはアベルの権利を奪ってしまうの?」


カールは困惑の表情を浮かべていたが、セリーヌの言葉に陥落した。両手で顔を覆うと嗚咽が聞こえてきた。全員が見ないふりをしている。ルイーズが優しくカールを抱きしめた。


「じゃあ、アベルを呼んでくるわね」


しばらく経ってセリーヌが宣言した。


カールは小さく頷く。目がまだ赤い。



***



アベルはマルセルに手を引かれながらおずおずと広間に入ってきた。


カールとルイーズが近づいてアベルに話しかけている。


アベルの顔が驚愕で固まり、リオとレオンの方に走って来た。


「・・・あ、ああの、あの人たちが僕のお父さんとお母さんだって言うんだ」


レオンは優しくアベルの頭を撫でて、それが本当だと告げる。


アベルは少し泣きそうになって


「じゃあ、僕はもう療法所で働けないの?」


とレオンに縋った。


レオンは優しく微笑んで


「君は療法所の大事な一員だ。君が来られなくなったら困るな。アベルのお父さんとお母さんに療法所の仕事を続けられるように頼んでみるよ」


とアベルの両手を握った。


アベルは眩しいほどの笑顔でカールとルイーズのところに戻っていく。不安そうにアベルの様子を窺っていた二人もほっと安堵しているのが伝わってきた。


アベルが二人の手を引いてリオたちに近づいてくる。


カールが照れくさそうにアベルの手を握り、ルイーズは涙ぐんでいる。


「レオン先生、僕は療法所での仕事を続けたいんだ。いいよね?お父さん?」


「お父さん」と呼ばれて、カールの目はまたウルウルしている。


「レオン、アベルは療法所の仕事を気に入っているらしい。どうか続けさせてやってもらえないか?」


カールが口添えをした。


レオンは笑顔で「もちろん」と言う。アベルが「やった!」とガッツポーズをして、カールと顔を見合わせて嬉しそうに笑った。


アベルは両親ができて素直に嬉しいと思っているようだった。三人で一緒にいる姿を見ると、幸せに包まれた家族に見える。これから徐々に絆が育まれていくといいなと見守っていると、不意にアベルがリオの方を振り向いた。


「僕はレオン先生とリオ先生の子供になると思ってたんだけど、僕のお父さんとお母さんは別にいたんだね。だから、大きくなったら僕はリオ先生をお嫁さんにするよ!」


と宣言するアベルに、レオンの顔面が硬直した。


「・・・リオ先生はもう私のお嫁さんなんだ。残念だったな」


というレオンの顔は笑っているのに目が全然笑っていない。


カールとルイーズは思わず噴き出してしまう。セリーヌとリュシアンも失笑している。


サンは「あんたもう人誑すの止めなよ」と言ってきたけど、リオには意味が良く分からなかった。


皆にニヤニヤされながら、この日は解散となった。



***



今夜はアベルがカールとルイーズの部屋に泊まるそうなので、リオとレオンは部屋で二人きりでくつろいでいた。


リオは相変わらずレオンの膝の上が定位置だ。


「当然だが、君はモテるな。私はいつ君に捨てられるか心配でならないよ」


とレオンはリオの短い髪の毛に指を絡ませる。


『子供の言うことを真に受けて』と笑い飛ばすことはできなかった。人間、どんな小さなことでも不安になることはあるのだ。


リオはレオンの前髪を持ち上げて、端整な顔貌を見つめる。相変わらず腹が立つくらいの美形だ。


リオはそっとレオンの唇に自分の唇を押しつけて、腕をレオンの首に巻きつける。


「私にはレオン様しかいないって言いましたよね?」


と耳元で囁くと電撃が走ったようにレオンの体がブルっと震えた。


「リオ・・」と熱い吐息で囁きながらリオを抱きしめる。


そのまま密着していると、ふと思い出したようにレオンが「もうすぐリオの誕生日だね」と言い出した。


(そういえば・・もうすぐ十二月だった)


「初めてお会いしてからもう十三年も経つんですね」


と嘆息する。


「私からするとまだたった十三年だけどね。これから何百年と君と過ごすのが楽しみだ。・・・あ、今はフィオナの意識のことは考えないでくれ」


レオンは、何か言おうとしたリオの唇に指をあてた。


(・・・うん、ちょっとフィオナのことが頭をよぎりました)


誕生日に何か欲しいものはないか聞かれたので「欲しいものはないけど、出かけたいところがある」と言うと難色を示された。


(最大警戒期間中だからなぁ・・・仕方ないか)


と諦めかけたリオに


「どこに行きたい?」


とレオンは甘いゾクゾクするような声で囁く。


「あの・・・道の駅に行ってみたいんです。私が思いつきで書いた宿題が実現したって聞いた時はびっくりしたんですけど、どんな風になったのかな?って」


レオンはじっと考え込んだ。


「そうだな。リュシアンと相談してみよう」

「ホントですか?ありがとうございます!」


リオは嬉しくて手を叩いた。


「うん」と優しく頷いた後、「そういえば」とレオンが話題を変える。


「君はルイーズをiPS細胞魔法で蘇らせる時に『ルイーズのDNA』と小声でずっと呟いていたね」


と言われて少し恥ずかしくなった。


アベルの血も混じっていると思ったので、アベルのDNAから蛋白質が合成されないようにルイーズのDNAに集中していたことを伝えた。レオンには当然DNAの知識も教えてある。


レオンは思案気に話を続けた。


「基本はルイーズのDNAだけど、彼女の中にアベルの血は混じっているということかい?」


と尋ねられて、そうだと思うと答えた。


レオンは悪戯っぽく笑う。


「ぬか喜びさせたくないからまだ言わないけど、アベルの血にはセイレーンの血が混じっている。ルイーズも不老不死になった可能性があるな」


(あ!?それは思いつかなかった。でも、カールもアベルも不老不死だから、ルイーズも一緒に生きていける可能性があったら幸せなことだよね?)


「でも、エラがそれを知ったら今まで以上に嫉妬して怒り狂うだろう・・・。ルイーズが甦って若いまま不老不死まで手に入れたと知ったら・・・」


レオンは独り言のように呟いて、ぶるっと震えた。リオもちょっと寒気がして鳥肌が立つ。


エラはこれまで以上にルイーズやアベルを害そうとするだろう。彼らがずっと無事でいられるよう祈るばかりだ。三人は安全が確保されるまで公爵邸に滞在する予定である。


「それから、エラがリオの能力を知ったら、リオの能力を使って若返ろうとするかもな」

「え!?私は若返らせることなんてできませんけど」

「新しい若い体を作って、自分の意識を移動させろとか言いかねないぞ」


(うわぁ、怖!)


リオは、ルイーズが亡くなった時の体を再現したので若返らせた訳ではない。若返らせることはできないと思うとレオンに伝える。


「なるほど・・。でも、エラはそれを知らない。いずれにしてもルイーズのことがエラの耳に入らないといいんだが、偽パスカルはどこまで情報を掴んだんだろう・・」


レオンが深いため息を吐いた。


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