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魔術師

一日一話と言いながら今日二本目です。読んで下さってありがとうございます。

リオが昼寝から目覚めるとすでに外は暗かった。ドアの向こう側からカチャカチャとカトラリーの音がする。


アベルは既に起きて、レオンと一緒に居間で夕食を食べているところらしい。


喉が渇いたので、枕元の水差しからグラスに水を注ぐと水が少し床にこぼれてしまった。慌てて床を拭き取ると小さなアリが這っている。


(ああ、アリはこの世界にもいるんだね。・・当たり前か)


一息に水を飲んでから、伸びをして起き上がる。寝室のドアを開けてリオが顔を見せると


「リオ、少しは休めたかい?」


とレオンが優しく微笑んだ。


(ああ・・なんて素敵な笑顔・・好き)


「はい」と返事をして、テーブルについて一緒に食事をする。


アベルは今日の冒険譚を一生懸命話してくれた。


怖かったろうに、よく頑張ったねと言ったら「怖くなんかなかった」だって。


レオンの「男だもんな」という言葉に、力いっぱい頷くアベル。誇らしげな笑顔が愛おしい。


偽パスカルは転移の間にアベルを連れて行って、どこかに転移するつもりだったらしい。しかし、シモン公爵家の転移の間は出入りの両方でセキュリティが厳戒態勢なのだ。一説には王宮より厳しいと言われている。


既にパスカルを怪しいと思っていたアベルは、すぐにレオンから教えてもらったカモフラージュの魔法を使って自分の身を隠した。


偽パスカルはアベルの姿が消えて慌てたそうだ。そこに縄を解いた本物のパスカルが現れて乱闘になったという。偽パスカルは遥か昔、ナオミが左肩に傷をつけた魔術師に間違いないだろう。何故セキュリティが王宮より堅牢と言われる公爵邸に忍び込めたのか、アベル誘拐の目的は何なのか、気になることが山ほどある。


レオンは明日も取り調べに協力するという。リュシアンとレオンは偽パスカルの取調べに参加したが、奴は何もしゃべらず完全黙秘だったそうだ。


「公爵邸に忍び込めるほどの手練れがあまりに呆気なく捕縛されたのが気になってね」


とレオンは眉間に皺を寄せながら、独り言のように呟いた。


**


食事の後、アベルはまた眠くなったらしい。レオンがベッドにアベルを寝かしつけた後、寝室を暗くしてドアを閉めた。リオとレオンは居間でソファに座って静かにお茶を飲む。


レオンは思案気に口を開いた。


「君が困っている人を放っておけないのは分かっている。無茶をしないでくれと何度私が言っても無駄なんだろう。ただ、君に何かがあったら心が壊れる人間がここにいるということは覚えておいて欲しい。私だけじゃない、リュシアンもセリーヌも君に何かあったら心に深い傷を負うんだ」


静かな口調にリオの心が罪悪感できしんだ。叱られるより響く。


「ごめんなさい・・・。でも、後悔はできないの。救える命があるのなら救いたいと思ってしまうから・・・。レオン様にはいつも負担ばかり掛けて、本当に申し訳ないと思っています。心配ばかりかけてごめんなさい」


とリオは頭を下げる。


レオンはリオを抱き上げて自分の膝に乗せた。


「私はリオに謝って欲しい訳じゃないんだ。怒っているわけでもない。私が君を必要としていることを分かって欲しいんだ。君じゃないとダメなんだ。だから、気をつけて欲しい。私は君がやりたいことは基本的に応援しているし負担でも何でもない。君を助けられて嬉しいよ。ただ、危ないことだけはしないで欲しい。いいね」


そう言いながら優しくリオの頬にキスをする。リオも負けじとレオンの首に手を回して彼の頬に口づけながら「レオン様も同じですよ」と言った。


そして、レオンの顔に頬ずりする。肌もスベスベで気持ちいい。毛穴とかないのかな。


レオンは目をパチクリさせている。可愛い。尊い。


「レオン様も絶対に無茶や危ないことはしないで下さいね。私もレオン様がいないと生きていけません」


リオは自分の頬がカァーッと熱くなるのが分かった。


レオンは我慢できなくなったようにリオを強く抱きしめて、首筋にキスの雨を降らせる。


「君は私を煽るのが本当に上手い」


煽るのが上手いのはそっちですよ!と言いたかったのに、熱いキスで口を塞がれて何も言えなくなってしまった。



*****



翌朝リオが目を覚ますとソファでレオンと一緒に寝ていた。アベルが起きてきたらまずい、と慌ててレオンを起こす。寝室はまだ暗くて静かなのでアベルはまだ眠っているだろう。


二人で音を立てないように素早く身支度を整えた。カール、ルイーズ、アベルの今後も話し合わないといけない。今日も忙しくなりそうだ。



朝食後、全員で話し合うために昨日と同じ広間に集合した。


昨日とは違い、居心地の良さそうなソファが並び、テーブルには所せましと美味しそうな軽食やお菓子が並べられている。侍女たちは皆にお茶を淹れ終わると一礼して広間から出て行った。


今日の参加者は、リオ、レオン、アベル、リュシアン、セリーヌ、カール、ルイーズ、エディ、アニー、パスカル、マルセル、イチとサンも居る。「チーム療法所」勢ぞろいだ。


大人の話し合いにアベルを参加させるのはどうかと思ったが、昨日のことがあってアベルはリオたちから離れたがらなかった。


アベルはマルセルの隣ではしゃぎながらお菓子を頬張っている。アベルは療法所で一緒に調剤室に居ることが多いのでマルセルに懐いている。彼は面倒見が良いので、二人でいると年の離れた兄弟のようだ。マルセルはアベルが好きそうな本を持参していた。大人の話は退屈だ。アベルは早速マルセルから貰った本を開いて読み始めている。


カールとルイーズは切なそうにアベルを見つめているが、何と話しかけて良いのか分からない様子だ。エディは遠慮がちに隅っこに座っている。カールが彼女に向って微笑むと、顔を真っ赤にして小さく手を振り笑顔を返している。昨日は険悪だったと聞いたが、カールの気持ちも落ち着いたみたいだし、家族として和解できる日はそう遠くない気がする。


そんなほのぼのとした状況の中、リュシアンは驚くほど機嫌が悪かった。何があったのだろう?リュシアンの背後から暗黒のオーラが湧き上がっているようだ。


「偽パスカルに逃げられた」


リュシアンが苛々とした口調で告げる。


その場にいた全員が「え!?」と絶句した。


(どうして!?)



***



(この堅牢な公爵邸の地下牢から逃げ出した?どうやって?)


皆の呆気に取られた顔を見てリュシアンは憤懣やるかたないといった表情で言い募る。


「分からん。奴は地下牢に入れた。この屋敷の地下牢は特別に堅固に出来ている。常に二人の見張りをつけていたが、彼らが見ている目の前で突然消えたそうだ。二人とも同じ証言をしている。当然だが、この屋敷で転移魔法が使えるのは転移の間だけ。しかも、許可がないと転移はできない。見張りは嘘をつくような男たちではない。椅子に縛りつけて、手錠も付けていた。見張りが慌てて牢を開けて中に入ったら、捕縛していた縄も手錠もそのまま残されていたそうだ。一体あいつは何者なんだ!?」


「あれが例の魔術師だ。左肩に傷があった。『永遠の女神』でナオミと最後に対決した魔術師だろう。寿命の長さを考えるとセイレーンかもしれない。常識では考えられない魔法を使う可能性はある」


というレオンの言葉に頷く面々も居れば、混乱する顔ぶれもいる。情報共有のために現在分かっていることをレオンが理路整然と説明した。


カールは深いため息をついて俯いた。突然の情報量の多さに処理が追いついていないのだろう。


「リオ、君は稀有な女性だ。過酷な運命を自分で切り開き、今は神の力を許されている。昨日も言ったが、我々は一生かかっても返せない恩がある。何があっても君の味方でいることを誓おう」


とカールがリオに向かって跪く。ルイーズも一緒に跪いたので、慌ててどうか普通にして欲しいとお願いした。


「あ、あの、カール様もルイーズ様も・・私はそんな、あの、療法士として当然のことをしただけなので、ホントにどうかお気になさらないで下さい・・・」


としどろもどろに言う。


カールとルイーズは顔を見合わせると笑ってソファの元の位置に戻った。


ルイーズが明るくリオに話しかける。


「リオ様、どうかルイーズとお呼び下さい。リオ様は治療のことになると流暢で患者への説明も明瞭なのに、普通の会話だと恥ずかしがりになってしまうのですね。とても可愛らしいです」


リオも照れながら「どうか私も呼び捨てでお願いします」と返事をした。


「でも、どうして私の患者への話し方をご存知なんですか?」

「アベルを治療した時のリオは落ち着いていて、とっても頼りになる経験豊富な療法士という雰囲気だったわよ」


ルイーズはクスクス笑う。


(そっか、霊魂としてアベルの身の回りで起こっていることはちゃんと認識できていたのね)


リオは治療の説明と暗記すればいいだけの儀礼的な言葉は得意だが、普通の会話が難しい。監禁生活中はレオンしか話す人がいなかったからと自分に言い訳するが、前世もコミュ障だったことを思い出した。はぁ・・(ため息)。



そんな中、リュシアンはレオンと二人でコソコソ話していたが、


「アベル、やはりここでは大人の話になってしまう。別な部屋で少し待っていてもらえないか?蔵書庫には多くの図鑑もあるぞ」


とアベルにお願いする。アベルは一瞬不安そうな顔をしたが、マルセルが「俺と一緒に行かないか?ものすごい薬草図鑑があるんだ」と言うと嬉しそうに頷いた。


これでマルセルが偽物だったら怖いので、公爵家の使用人を数人引き連れてアベルとマルセルは出て行った。


リュシアンはカールとルイーズに向かって


「すまない。アベルには後で両親だと名乗りでるといい。ただ正直に全て話していいかとなると迷う部分もある。ルイーズが一度殺されて、アベルも狙われていることを話してしまって良いのかどうか・・・」


カールもルイーズも重々しく頷いた。


「リュシアン、アベルもエラに狙われていると思うか?」

「間違いない。カールもあの女の粘着質は知っているだろう?」

「ああ・・・そうだな」


カールはうんざりした顔で同意する。顔に縦じまの影が入っているようだ。


「偽パスカルもエラが送り込んだのだと思う。だから、お前もしばらくシュヴァルツには戻らない方が良い」


カールはある程度覚悟していたのか


「分かっている。二人をシュヴァルツに連れ帰ったらエラに何をされるか分からない。ルイーズとアベルの傍を離れるつもりはないし、私にとって二人の安全が最優先だ。もう爵位を返上してフォンテーヌに引っ越してもいいと思っているくらいだ」


と答えた。


レオンは


「カールがここに居ることはエラにもバレている。エラは分かっていて罠を仕掛けたんだ。カールの身代わりになっている公爵家の影は大丈夫か?」


とリュシアンに訊ねた。


リュシアンは少し不安げに答える。


「影には自分の身が危なくなったらすぐに脱出するよう指示を出している。カールの身代わりになった者だけでなく、警護している影たちもいる。全員手練れだ。おそらく大丈夫だと思うが・・・。それにしても、あの偽パスカルはどうやってこの屋敷に忍び込んで、どうやって逃げ出したのか・・?」


「あの魔術師は本当に何者なのかしら?」


不意にルイーズがポツリと呟いた。


「五年前に私を誘拐したのはカールに化けた同じ魔術師だったと思います。あれほど本人と寸分違わぬ姿に化けられる人間が他にいるとは考えられません。ただ、実際に私を殺したのは魔術師ではありませんでした。あの時、魔術師は私を殺すよう獣人に命令したのです」


ルイーズの顔色が悪くなり、カールが彼女の肩を強く抱いた。


「獣人たちは命令に逆らえない魔法を魔術師にかけられていたようでした。でも、獣人たちは操られていても妊婦を殺すことを拒否しました。それは彼らの深い倫理観に逆らう行為だったようです。魔術師に俺たちには無理だ、自分でやれ、と言っていたのを覚えています。その時に魔術師が『我が直接手を出すと奴に気づかれるかもしれない。管理者は世界に属さない存在が歴史を変えることに敏感だから』というようなことを言ったのです。それでも獣人たちは嫌がって、結局その場にいた別な人間に私は殺されました」


「管理者・・・・」


エディが真っ蒼になって呟く。


「管理者とは村長のことだと思います。村長自身が自分のことを管理者と呼んでいたこともあります」


「じゃあ、間違いないな。村長はずっとその魔術師を追っていて、魔術師は村長から逃げ回っている。そして、魔術師は獣人や他の悪者を操って・・・なんか色々悪だくみをしているんだ」


リュシアンの言葉は明快なようでよく分からない。


「魔術師は世界に属さないってどういうことかしら?」


セリーヌが頬に手を当てて考え込む。


「他の世界から来たんじゃないか?ナオミのように」


リュシアンの言葉にセリーヌが少し不満気に文句を言う。


「じゃあ、村長はナオミのことも多少は気づいていたのかしら?ナオミは何度も危機に遭遇したのに、村長が直接助けてくれたことなんてなかったわよ」


「『危機に遭う』と『歴史を変える』は違うんじゃないかな?それに今までの話を聞くと、たとえナオミが殺されたとしても、歴史が変わらない限り村長は介入しなかったんじゃないか?」


冷静なレオンの言葉にエディは頷いた。


「その通りです。歴史が変わり、その世界のルールに影響が出る場合を除いては、基本的に無反応だったと思います。もし、ナオミが殺されて歴史が変わった結果、ルールに影響が出る場合は助けたかもしれませんが、そうでなければいくら気に入っていたナオミでも不干渉だったと思います」


なるほど、やっぱり神様の考え方は人間とは別次元だ。


「ルイーズを殺すことが歴史を変えるかどうかは分からないけど、念のため自分は殺害には関わらないようにしようと魔術師は考えたんじゃないでしょうか?」


とエディは言った。


「じゃあ、魔術師は直接自分の手を汚すことはないということですか?」


リオの疑問にエディは自信無さげに首を傾げる。


「うーん、多分・・としか言えないけど・・・。でも、パスカルさんは昨日殺されずに縄で縛られるだけだったし・・」


リュシアンも同意する。


「エラに雇われたなら、アベルをすぐに殺していてもおかしくないんだ。エラはルイーズとアベルを見つけ次第殺せと命じていると思う。だけど、昨日チャンスはあったのにアベルを殺さなかった」


リュシアンの言葉にルイーズの顔色が悪くなった。カールがルイーズを抱きしめ


「リュシアン、ルイーズは繊細なんだ。言葉に気をつけてくれ」


と怒る。リュシアンはすまんすまんと言いながらレオンの方を見た。


レオンは


「合言葉を作らないか?」


と提案した。


人に化けるのが上手い魔術師だから本物かどうか判別できるように、この場にいる者だけしか知らない合言葉を作ったらどうかと言うのだ。なるほど。


その場にいた全員が賛同したが、問題はどんな合言葉にするかだ。


レオンは事も無げに昨日カールがした質問でいいんじゃないかと言う。


相手が怪しいと思ったら


『夜怖い夢を見て起きた時にどんな言葉をかけたか?』


という質問をして


『キャベツ』


と返事がきたら本物だと分かると。シンプルでいいかも。忘れなさそうだし。


カールが真っ赤になって抗議しているが、レオンとリュシアンがまあまあと宥めて、結局この案で決まってしまった。ルイーズも赤くなっているが、カールほど嫌がってはいない。クスクス笑っている。


リュシアンが「他に何か疑問はあるか?」と聞いたのでリオは手を挙げて質問した。


「獣人と魔人ってどんな人たちなんですか?」


リオは簡単な知識しかないので、詳しい情報に興味があった。


リュシアンはあっさりと


「説明が長くなる。後でレオンに聞いてくれ」


とリオの質問を無視した。


(そりゃそうかもしれないけど・・ひどい)


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