ルイーズ
(え・・・私が彼女を救う?!どうやって?!)
リオはパニックに陥った。
ルイーズの台詞を繰り返すと、レオンがリオの肩を抱いて
「ルイーズ、リオは医師で治癒士ですが、死人を生き返らせることはできません」
と説明する。
するとルイーズはとても悲しそうに俯いた。白い影なのに涙が頬を伝うのが見える。
(私も・・・私だって助けられるものなら助けたいよ・・・)
リオは自分の無力さが情けなくて唇を噛む。
(死者を蘇らせるなんてセイレーンの禁忌じゃあるまいし・・)
そう思った瞬間に何かが閃いた。
(えーっと・・・。セイレーンが死者を蘇らせる方法って何だったっけ?確か・・・意識を死体に入れると蘇るってレオン様が言ってたよね?)
この白い影はルイーズの意識ではないかと思う。ルイーズとしての意識と記憶がしっかり残っているようだ。いわゆる成仏できない霊じゃないけど、心残りが強すぎた意識がずっとアベルとカールについていたのだ。
でも、体がない。ルイーズの体の一部でも残っていたらiPS細胞魔法を使って体を作れる。セリーヌの「血の一滴からでも・・・」の台詞が脳内をグルグル回っていた。
膝をついてまだ泣いているカールにおずおずと
「・・・・まさかと思いますけど、ルイーズ様の体の一部なんて残っていないですよね?乾いててもいいので血・・とか?」
と聞いてみる。
リオの質問を聞いて、カールは一瞬呆けたようになった。しばらく考えた後、ゴソゴソしながら自分の首元からネックレスを取り出した。ロケットが付いている。それを開けると柔らかい紙に包まれた何かが出てきた。カールがそれを開くと、そこには見覚えのある物体が鎮座していた。
「アベルを取り上げた時のへその緒だ」
(へその緒!いけるかもしれない!)
リオは頷いて、慎重にそれを手に取った。
乾燥した血が付着している。何とか大丈夫な気がする。
ただ、魔力が足りるかどうか自信がない。手首一つ再生するのにほとんどの魔力を消耗したことを思い出す。
レオンが心配そうに首を振る。
「リオ、どうか無茶はしないでくれ」
レオンの懇願にリオはきっぱりと答えた。
「レオン様、私は可能性があるなら試したいです。何もせずに諦めたくありません。ただ、魔力が足りないので・・」
レオンはとても悲しそうだ。
(ごめんなさい・・・)
しかし、レオンは諦めたように「分かった」と言ってリオの肩に手を置いた。
ゆったりとした温かい魔力が溢れるようにリオの体に注がれるのを感じる。
リオはへその緒、つまり臍帯に向かって、思いっきり魔力を注ぎ込んだ。強い光が発生し、臍帯は徐々に膨らみ始める。そして、光の中からぶにゅぶにゅとした肉の塊が発生した。
レオンが「うっ」と呻く。思っていたよりずっと魔力の消耗が激しい。『最後まで持たないかもしれない』と思っていたら、ものすごい勢いで大量の魔力が流れ込んできて体が軽くなった。リュシアン、セリーヌとアニーが背中から魔力を注ぎ込んでくれている。
三人ともリオを見ながら笑顔で「頑張れ」と口だけ動かした。
(うん、頑張る!ありがとう!)
リオは魔力をますます集中させた。肉の塊がどんどん大きくなり人間らしさを形成していく。
気がつくとカールとエディもリオの肩に手を当て、魔力を注ぎ込んでくれていた。
DNAを意識する。血の中にはルイーズのDNAが入っている。ルイーズのDNAから蛋白質が合成されるようにと祈る気持ちで魔力を注ぎ続ける。
強い光の中で肉の塊は徐々に人の形になってきた。『お願い、ルイーズ様のDNA』と心の中で唱え続ける。
(アベルのDNAが入ったらまずい。多分アベルの血も交じっていると思うから・・・)
それからどれくらい時間が経過しただろうか。精も根も尽き果てた頃、強い光が少しずつ弱まり始め、裸の女性が床に横たわっていた。
カールが「ルイーズ!」と駆け寄り素早く自分のジャケットを脱いで上からかける。
リオの意識は朦朧としていたが、ルイーズの体に齟齬がないかどうか気になって必死で目を見開いた。
全てを静かに見ていた白い影のルイーズが床に横たわる女性の体に近づく。そして、再び白い霞になるとアッと言う間に、口からルイーズの体の中に入っていった。
カールが「ルイーズ!ルイーズ!」と泣きながら呼びかける中、ルイーズがゆっくりを目を開けた。
ルイーズの瞳には涙が溢れていた。
「カール・・・」とカールの顔に手を伸ばし、その頬を撫でる。
カールは感涙に咽んで言葉にならない。意味の分からない歓喜の悲鳴を上げて嗚咽した。
ルイーズが起き上がろうとしたので、カールが抱き上げて
「彼女に服を頼む」
と言うとセリーヌとアニーが別室に案内する。
レオンも宝物を扱うようにリオを抱き上げてソファに寝かせた。クタクタに疲れていたので有難い。でも、今回は意識を消失しなかったのは、みんなが大量の魔力を注ぎ込んでくれたおかげだ。
リュシアンは壁に寄りかかって物思いにふけっていたけど、リオの視線に気がつくとサムズアップしながら笑顔を見せてくれた。
気配を感じて顔をあげるとエディがボロボロと泣きながらリオの傍に跪いていた。リオの手を両手で握りしめ自分の額に押しつける。
「リオ、貴女は私たちの恩人よ。ルイーズを救ってくれてありがとう。カールの心を救ってくれてありがとう。何とお礼を言って良いか分からない。村長が貴女のことを『可能性』と言っていた意味が分かったわ。貴女は本当に神の力を持っているのね。村長は貴女なら私たちを救えると知っていたのよ」
「・・・え、いえ、全然そんなことないです。神の力なんてものじゃないですけど患者を助けられるなら、有難く使わせてもらいます。今回は私一人じゃなくて、みんなの協力あってこそというか・・」
言い終わらないうちに物凄い力でエディに抱きしめられた。
「私、リオのためなら何だってする!何でも言ってね!」
『あ、じゃあ、アンドレ兄さまに少し優しくしてあげて・・』と言おうとしたら、ドアが開いて、セリーヌ、アニー、カールとルイーズが入ってきた。
カールとルイーズもソファの傍らに跪いて、エディ同様に泣きながらお礼を繰り返す。リオはどう答えたらいいのか分からない。
終わらない感謝の言葉にレオンがしびれを切らしたのか
「ルイーズ、少し話を聞いてもいいか?」
と質問する。
ルイーズは「もちろんです」と頷いた。
「辛いことを思い出させるようで申し訳ない。君が誘拐された時の状況を少し話してもらえないだろうか?私は異常に心配症でね。今日のこの対面もどこかに罠があるんじゃないかと不安で仕方がないんだ」
カールが眉をひそめて「今、そんな話をしなくても」と抵抗するが、ルイーズはそれを制して「大丈夫よ」と微笑んだ。ルイーズは薄茶色の髪に碧い瞳、端整というよりは儚げで可憐な顔立ちの女性だ。
「あの日、カールが私の部屋に来たの。公務だと思っていたから私は驚いたわ」
「あの日は確かに公務だった・・。私は君の部屋には行っていない」
ルイーズは頷いた。
「そうなの。でも、あれは間違いなくカールだった。私は貴方に変装した影を何度も見たことがあるわ。他の人は騙せても、私は絶対に騙されなかった。でも、あの時は違ったの。見た目や声だけでなく、小さなホクロや古傷も、仕草や癖まで、完全にカールだったの」
カールが絶句している。
「顔を合わせた瞬間、ほんの一瞬だけ違和感を覚えたの。『あれ?』って。でも次の瞬間、全く違和感がなくなって『あ、気のせいだったな』って思ったのよ」
その時、アニーが大きな悲鳴をあげた。全身がガクガクと震えている。
「・・・あ、ああ、あのパスカルが・・・私、今朝リオ様たちを出迎えに転移の間に行ったんです。その時にパスカルに会って、全く同じように感じましたっ。一瞬違和感があったけど、良くみたら・・・本当にパスカルだったからっ・・・!」
アニーの言葉を聞いて全員がその場に凍りついた。
(アベル!!!)




