カール
リオはアベルを腕に抱いたまま、その女性の影に向き合う。不思議と恐怖は無かった。
他の人たちは強い光は感じたようだが、白い影の女性は見えていない。
「あの光は何だったんだ?」と騒めく声が聞こえる。
「レオン様」
リオは隣のレオンに声を掛ける。
「リオ、何があった?何を見ているんだ?」
リオは真っ直ぐに白い女性を見つめている。
「レオン様には見えていないのですね?」
「私には何も見えない。リオ、大丈夫か?何が見えるんだ?」
レオンが焦ったように尋ねる。
セリーヌとリュシアンがリオに駆け寄った。
「リオ、どうした?」
リュシアンの額には汗が滲んでいる。ただならぬ雰囲気を感じたのだろう、アベルは震えていた。
パスカルがリオに近づいて「リオ、アベルはあたしが預かるわ」と言ったので、パスカルに任せることにした。アベルは素直にパスカルに手を引かれて部屋から出ていく。
リオはもう一度白い女性に向き合うと
「あなたはどなたですか?」
と尋ねた。
白い女性はカールを見ながら、かすかな声で
「ルイーズ」
と答える。
カールは相変わらず無表情でリオたちを眺めている。まるで他人事で無関心な態度に少し腹立たしさを覚えた。
セリーヌがリオの肩を揺すって
「リオ?リオ?誰に話しかけているの?」
と泣きそうになっている。
アニーも「リオ様、大丈夫ですか?」とリオの手を握りしめた。
リオは何と説明していいか分からないが、正直に話すことにした。
「さっきアベルから白い霞のようなものが出てきました。同時にカール様からも白い霞が出てきたんです。その霞が一つになった時に、強い光が発生しました。その後、真っ白な影のような女性が現れて、今でもすぐそこに立っています」
「白い影のような女性?」
エディが怯えたように囁く。
「はい。私が『どなたですか?』と訊ねたら『ルイーズ』とお答えになりました」
すると、それまで無表情だったカールの顔が急に憤怒に歪んだ。
「っ・・・何を!?お前がルイーズの名前を語るな!何だこの女は・・・このっ!」と叫ぶ。
レオンとリュシアンが防波堤のようにリオの前に立った。
「リオはいい加減なことを言う子ではない。彼女の話を聞いてくれ」
というリュシアンにカールは掴みかかる。
「リュシアン!お前も見損なったぞ!こんな・・・悪質な嘘をつくような女を養女にしたのか?!」
(うぅ、辛い・・・。本当のことなのに・・・)
どうしていいか分からず途方にくれていると、セリーヌが後ろから抱きしめてくれた。アニーもリオの手をギュッと握り「大丈夫です」と口パクで伝えてくれる。
「疑うなら、質問して御覧なさい。あなたとルイーズしか知らない質問をして答えられるか試してみたらいいでしょう?もし、その白い影の女性がルイーズだったら答えられるんじゃない?」
セリーヌの援護射撃にカールの顔が絶望に歪んだ。
「セリーヌ、君まで・・・訳の分からないインチキ女に騙されているんだ」
というカールの言葉に、レオンの顔が怒りで真っ赤になる。カールに殴りかかろうとするレオンをリュシアンが必死に止めた。
「リオ、ルイーズに『初めてカールに会った時のことを教えて』と聞いてみて」
エディだ。リオはエディの目を見て頷いた。彼女の目を見れば分かる。リオを信じている目だ。カール以外は自分の味方だと思うと勇気が出た。
「ルイーズ様、カール様とどのように初めてお会いになったんですか?」
と白い影の女性に向かって尋ねた。
白い影の女性は少し身じろぎをして
「カールが私を初めて見つけた時、私はカールが自分を見ていることを知らなかったの」
と答えた。
それをそのまま皆に向かって繰り返す。
怒りで真っ赤だったカールの顔が、血の気が抜けたように真っ白になった。
ルイーズは続ける。
「私はセリーヌに会いに来ていたのよ。私とセリーヌがお茶を飲んでいるところをカールが悪戯心で覗いたの。後で一目惚れしたんだって告白してくれたわ」
それを聞いたカールは
「何故っ・・・それをっ!?誰にも言ったことがないのに!」
と混乱している。
エディが落ち着かせるようにカールの背中をさする。カールは大きくよろめいて、エディに身を預けた。混乱して自分が誰に寄り掛かっているのかも分かっていないようだ。
「他の質問を尋ねてみたら?」
というエディの言葉に、カールは考え込んだ。
「君が夜中に怖い夢を見た時に、僕はいつも君に何と言っていた?」
ルイーズの返事は
「キャベツ」
だった。
『どういう意味?』と思ったけど、そのまま伝える。
みるみるカールの双眸から涙が溢れだした。
「Mon petit chou! 君はそこにいるんだね!」
(『シュー』Chouってフランス語でキャベツのことだよね。日本語のシュークリームは元々フランス語のChou à la crème「クリーム入りキャベツ」から来ていた。シュークリームの形がキャベツに似てるから。でも、Mon petit chouは恋人に呼びかけるペットネーム。『私の愛しい人』だ!)
カールは狂ったように歩き回ってルイーズを捜している。
「ルイーズ、どこだ!?」と叫び続ける。
リオにも掴みかかろうとするので、レオンとリュシアンがカールを押さえつけた。
「カール、落ち着け。ルイーズの話を聞こう。そんな取り乱した姿だとルイーズに嫌われるぞ。あと、侮辱したことをリオに謝れ」
リュシアンの言葉を聞いて、カールに多少の理性が戻ったようだ。直立不動でリオの前に立つと直角にお辞儀をした。
「さ・・先ほどは大変失礼なことを言った。ほん・・本当に申し訳ない。わ、私はカール・シュナイダーという。お、お会いできて光栄だ」
泣きながら震える声で挨拶するカールに、リオも慌てて淑女の礼を取りお辞儀をした。
「ど、どうか、わ、私にもルイーズが見えるようにしてくれないか?・・どうか・・・会わせてほしい。こ、ここにいるんだろう?」
と言いながらカールは膝から崩れ落ちて床に泣き伏した。
その場の全員が同情するようにカールを見るが彼にかける言葉は見つからない。
「リオ、ルイーズに『何故今現れたのか?何故リオにだけ見えるのか?』聞いてもらえるかい?」
とレオンがリオに頼む。リオがルイーズに質問すると弱々しい声で答えが返ってきた。
「私はずっとずっとカールとアベルのことが心配でした。だから、ずっと二人についていたのです。どうしても心残りで離れられなかった。心が壊れてしまったカールを放っておけなかった。愛しいアベルから離れられなかった。私は二つに分かれて愛する二人の傍にいたのです」
リオはルイーズの言葉を繰り返す。
「ある時、長い間アベルを苛んでいた病気からアベルを救って下さったお医者さまがいました。私はこの方なら私も救って下さるのではないかと思ったのです」
ルイーズの言葉を繰り返してリオはハッと我に返った。
(は・・・・?私が・・・救う?・・・霊魂を?)
明日からまた一日一話更新予定です。都合により更新時間が変わるかもしれません。読んで下さってありがとうございます!




