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白い影

エディはリオが施したマッサージ魔法がとても気に入ったらしい。何十年も熟睡できたことがなかったのにマッサージの後は信じられないくらい深く眠れたという。


エディが遠慮がちに「また来てくれる?」と聞いたのでリオは「喜んで!」と前世の居酒屋のノリで返事をした。


それ以来、リオは療法所の診療の合間に公爵邸に来ては、エディにマッサージをしている。


敬称はいらないから「エディ」と呼んで欲しいと言われて、今ではお互いに「エディ」「リオ」と呼び合うほど仲良くなった。へへ。


エディは相変わらず自分はカールに会う資格がないと思っている。


でも、会いたい気持ちは間違いなくあると思うのでリオは思い切って言ってみた。


「これが生涯で最後のチャンスかもしれないよ。エディは会わない選択をして、将来後悔しない?」


エディは動揺しながらも


「私が会いたくても、カールは私に会いたくないでしょう。きっと不愉快な思いをさせてしまうわ」


と呟いた。


「嫌な顔をされたら謝って部屋から出ていったらいいんじゃない?もしかしたら嫌な顔をされないかもしれないわよ」

「カールに嫌な顔をされたら、一生立ち直れない気がする」


エディは頭を抱える。


(重症だな・・・)


「アンドレ兄さまはエディに嫌な顔をされても会いたいって言ったのよね。私はそれでいいと思うの。嫌がられるかもって遠慮するよりは自分はこうしたいって行動で示した方が後悔も少ないと思うわ。もちろん、断られた時に潔く受け止める勇気は必要だけど・・」


「・・・・ああああ。私はアンドレにひどいことをしてしまったわ」


「うーん、お兄さまはあれで強い心を持っているから大丈夫よ。きっと。絨毯のシミでも幸せだって言ったんでしょ?」


エディの顔は真っ赤で涙目になっている。


「私はこんなにお世話になっているリオのお兄さんにひどいことを言ってしまったわ。何とお詫びしたらいいか・・・」


泣きそうなエディを宥め、マッサージを施しどうにか熟睡させる。こんなやり取りが何回も繰り返された。最近はもう定番のやり取りで、エディの口調も深刻なものではなくなってきている。



ある日、リオがマッサージを施している時にエディが言った。


「あのね、勇気を出してカールに会ってみようと思うの」


「うん」


「カールもきっと私に言いたいことがあると思う。恨み言でも何でも私は受け止めなくちゃいけないよね」


「うん」


「セリーヌから、カールはもう昔のカールではなくて心が壊れてしまったと聞いたわ。どんなカールだったとしても、どんな反応だったとしても、受け入れる勇気が湧いてきたの。リオのおかげよ。リオと話しているだけで、心の中に溜まっていた澱のような黒いものが浄化されているような気持ちになったの。面倒くさい私に付き合ってくれて本当にありがとう」


エディはベッドから身を起こしてリオの両手を握った。


リオはエディを抱きしめて、背中をポンポンと優しく叩いた。初めは鼻をすすっているくらいだったが、エディは次第に大きな声で泣き始めた。幾筋もの涙が頬を伝っていく。


(ずっと独りで頑張ってきたんだよね。辛い思いもずっと独りで抱えてきたんだよね)


リオも、もらい泣きしそうになった。


泣き疲れたエディがウトウトしていたので、ベッドに寝かせて毛布を掛けた。もう熟睡している。寝顔が子供のように幼い。部屋を出るとまたレオンが待っていた。


レオンはリオを抱き上げると、耳元で「今度は私に君を独占させてくれ」とかすれた声で囁いた。



*****



カール訪問の日はあっという間にやってきた。


何故かリオは朝から異常に緊張している。当たり前だがカールとは初対面だ。「心が壊れて」と聞いてしまうと、どう振舞ったらいいか分からない。頼りはレオンだ。不安そうにレオンを見上げると「大丈夫だ」とニッと笑う。それだけで安心できるのだからレオンは偉大だ。


アベルはリオとレオンの手を強く握っている。彼もとても緊張しているようだ。孤児院の子供たちと一緒に公爵邸に来たことはあるが一人は初めてだし、療法所を休診にするのも珍しいことなので余計に不安に感じるのかもしれない。


アベルに「お父さんとひいおばあちゃんに会いに行く」と言っていいものか迷った。レオンも迷っていたが、最終的に「親戚かもしれない人が来るから、一緒に会いに行こう」と説明するにとどまった。


対面が上手くいかなかった場合、自分の父親と曾祖母だと知らない方が良いかもしれないし、母親が殺されたことは幼いアベルに知らせない方がいいと思ったからだ。


転移魔法で公爵邸に着くと、アニーとパスカルが待っていてくれた。見慣れた二人に会えて、アベルも安堵したのだろう。少し笑顔になった。


アニーがこっそりと


「エディ様とカール様はあまり上手くいかなくて・・ちょっと険悪な雰囲気です・・」


と耳打ちする。


リオとレオンは頷いて、二人でアベルの手をギュッと握った。


リオとレオンの間にアベルがいるので『ドラマに出てくる親子みたいだな』なんて考えていたら面会用の部屋に到着した。


扉を開けると顔面蒼白のエディと目が合う。エディは女装・・じゃなくて、普通のドレスを着用している。


エディの向かい側に無表情の男性が立っていた。腰まである長い黒髪を緩く束ねている。オレンジがかった赤い目。アベルにそっくりだ。きっとこの人がカール・シュナイダーだろう。セイレーンの血が入っているから当然かもしれないが、やっぱりイケメンだ。


リュシアンは疲れたように二人の間に立っていて、セリーヌはハンカチで目を擦っている。


全員の目が一斉にアベルに注がれた。アベルは怯えてリオの後ろに隠れようとする。


(どうしよう・・大人がこんなに殺気立ってたらアベルが怖がってしまう)


リオはアベルに向き直って優しく抱きしめた。その時にアベルの肩から不意に白い霞のような影が現れた。


その白い影を目で追うと真っ直ぐにカールに向かっていく。


驚いたことにカールからも白い霞が現れて、二つの影が一つになった。


その瞬間、強い光が激しく輝いた。


あまりの眩しさに目をつむる。


眼を開けた時には、目の前に真っ白な女性の影が立っていた。

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