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ブーニン地方

ベビーシッター研修に併せて、孤児院の他の子供たちも公爵邸にやってきた。セリーヌとリュシアンは嬉しそうに子供たちを歓迎する。リオはその中にアベルを見つけた。


子供たちは全員元気で健康そうだ。アベルはリオを見た瞬間、満面の笑顔を浮かべて抱きついてくる。


(うぅ、可愛い。可愛すぎる。体も随分大きくなったね)


リオが思わずギュッと抱きしめると、背後から他の子供たちの「ずり――――」という声が聞こえた。


『他の子たちも抱きしめてあげるよ、おいで!』と言おうとすると、レオンに半目で睨まれたので断念する。


アベルは照れたようにリオから離れると他の子供たちのところに戻っていった。その時、アベルの肩の辺りに白い靄のようなものが一瞬現れた、ような気がした。


(・・・あれ?・・・何だろう・・?)


リオはゴシゴシと目を擦るが、もう何も見えない。


(目のカスミかしら?そんな年じゃないんだけど・・)


と思いながらも、ベビーシッター研修にきた少女たちを歓迎して研修場所に案内する。


(実りある研修にしなくちゃ!)


リオは気合を入れた。



*****



公爵邸で二日間の研修を実施し、療法所で残りの三日間を無事に修了することができた。研修後、希望する各家庭に孤児院の少女たちがベビーシッターとして派遣されていった。


エミリーとアメリによると、ベビーシッターのおかげで家事も仕事もやり易くなったと受入家庭の全員が感謝しているとのことだ。ベビーシッターたちも満足して働いているようで一安心。仕事としてお給料を貰えることが自信を与えてくれるだろう。


ベビーシッター計画は順調だ。今後は保育所計画を本格的に進めていく予定だが、それはレオンとリュシアンが中心になって進めてくれる。


(安全規定とか設備とか料金とか、私では対応できない分野がほとんどだからね・・。私にできるのは、衛生面とか幼児教育プログラム作成のお手伝いくらいかな・・・)


レオンは長年教育に携わった経験があるので、リオはレオンの補佐としてサポートするつもりだ。


リオとレオンが公爵邸から療法所に帰ってきた時は大騒ぎだった。エミリー、アメリ、近隣住民の熱烈歓迎に仰天したが、同時にとても嬉しかった。自警団の面々も心配していたらしい。リオの顔を見ただけで号泣するいかつい男どもが続出した。みんなの協力のおかげでセルゲイとエレオノーラを撃退できた。リオとレオンは地域社会に受け入れられた喜びを感じていた。


再び、忙しくも平穏な診療の日々が始まったのだ。


・・・と、思いきや。


突然サンがリュシアンに呼び出され、コズイレフ帝国に行けという命を受けた。


イチ、サン、アニー、マルセルは「チーム療法所」と呼ばれ、全ての情報を共有するようにリュシアンから指示されている。従ってレオンは、リオとセリーヌの秘密やこれまでの事情を全て四人にも伝達した。


リュシアンは「あの四人なら大丈夫だ」と全幅の信頼を置いている。リオも同感だ。現に、リオの秘密を知った後も四人の態度は変わらない。ただ、サンはリオが住んでいた日本での生活に興味津々らしい。魔法がなくてどうやって生活ができるのか、二人きりの時はいつでも話を振ってくる。


おかげでサンは日本の生活についての知識がたくさん身についた。


(いや・・どこかで役に立つ知識ではないんだけどね・・汗)


少し話が逸れた。


そう、サンはリュシアンから突然帝国に行くよう命令された。しかも公式な訪問にはできないから、こっそり忍び込めと無茶ぶりされたらしい。


前日にセリーヌの預言があって『長い間失われていた運命が見つかったからすぐにアンドレのところに行くように』という内容だったそうだ。相変わらず解釈が難しい。


サンは「国境付近までは転移で行けるけど、国境を越えんのがすっげー大変なんだよ」などと愚痴りながらも、すぐに出発していった。さすが仕事が早い。でも、やはり到着までには何日もかかるし危険が多い。出発前に「気をつけて。無事に帰ってきてね」と言うと、ちょっと顔を背けて「ああ」とだけ答えた。


**


サンがコズイレフ帝国に旅立ってから数日後、休診日なのでリオとセリーヌはゆっくりランチをして、その後のティータイムを楽しんでいる。


「そういえば、お母さまの記憶力は素晴らしいですね。本を丸々暗記するなんて私にはできません。イチとサンの記憶力と再現能力も凄まじいですし」


先日『永遠の女神』の一説を暗誦してくれた時のことを思い出して言うと、セリーヌはちょっと困った顔をした。


「いえ、私はそんなに記憶力が良い方じゃないの。でもね、突然流れ込んで来た女子高生の記憶だけは何があっても忘れないの。何て言うのかしら?写真みたいに記憶に定着しているというか・・・。この間も、頭の中にある本を見ながら朗読している感じだったわ。女子高生が読んだものは全て記憶に残っているから何でも再現できるのよ。でも、この世界で読んだものはそんなことできない。それに女子高生の記憶は十八歳のある時点で止まっているのにそれが何故なのか分からないの。事故や病気の記憶もないわ。不思議ね」


(確かにそれは不思議だ・・・)


リオが首を傾げていると、セリーヌが笑顔で日本の食べ物の話がしたいという。視覚的な日本の食べ物の記憶や知識はあるが、味は全く想像できないのだそうだ。


セリーヌから「雪見だいふく」はどんな味がするのかと尋ねられ、前世でファンだった日本人として熱く「雪見だいふく」について語った。しかし味の表現は難しい。食感とか、味とか、ホントありきたりのことしか言えない。


(すまない、雪見だいふく。自分にこれほど表現力がないとは・・・くぅぅ、情けない。今度勉強してもう一度・・・)


リオは肩を落とすが、セリーヌは嬉しそうだ。リオが手をブンブン振り回して一生懸命説明する姿が堪らなく可愛かったらしい。最近セリーヌとレオンの言うことが似てきた気がしてならない。


表現力の欠如を反省しつつお茶を飲んでいると


「そういえばオリハルコンはいつもどこに置いているの?」


と唐突にセリーヌに尋ねられた。


リオが目をパチクリさせたのでセリーヌは慌てて説明する。


「あの、ほら・・『永遠の女神』の中でナオミが村長からナイフを貰った話が出てきたじゃない?あれね、リオが持っているオリハルコンのことなのよ。『永遠の女神』では黒幕は魔術師でね、クーデタも魔術師が背後で操っていたの。最後にナオミは魔術師と対決するんだけど、その時にオリハルコンが助けてくれるの。魔術師はオリハルコンのナイフで左肩に重症を負うのよね」


(えっ!そうだったんだ!ナオミさんが村長から貰ったナイフが、何故かフォンテーヌの国宝になってて、それを私が貰えたってこと?)


「リオはあのナイフを握った時、温かく感じたんでしょ?レオンがそう言ってたわ」


リオは頷いた。


「はい、オリハルコンを握った途端にエネルギーが湧いてきたというか、このナイフは私の味方だって思ったんです」


セリーヌは嬉しそうに微笑む。


「そうなのね。良かったわ。ところで、どうしてオリハルコンがフォンテーヌの国宝になったのか経緯は知っている?」


リオは首を振った。でも、興味はある。好奇心溢れるリオの眼を見てセリーヌは苦笑しながら話し始めた。


「あのオリハルコンは、元々ブーニン侯爵から献上されたものなの」


リオがビクッとしたのでセリーヌは申し訳なさそうにリオの背中を擦った。


「ごめんなさい。ミハイルではなくて、ミハイルの祖父のスタニスラフ・ブーニン侯爵がフォンテーヌ王家に献上したものなの。まぁ、献上と言えば言葉は良いけれど・・。無理矢理献上させられたというか・・・。ミハイルと違ってスタニスラフは克己心に溢れた立派な侯爵だったわ。我慢強くて、常に領民のことを一番に考える素晴らしい領主だったの」


(あのゲス元侯爵とは雲泥の差だな)


「そもそもブーニン侯爵家はコズイレフ帝国の貴族だったって知っていた?」


「え?!そうだったんですか?祖先が帝国と繋がりがあると聞いたような。名前自体が帝国っぽいなとは思っていたんですけど」


「うーん、どこから説明したらいいのかしら?ブーニンという地名は帝国とフォンテーヌの国境の小さな地域を指すの。・・・えーっと、日本の高校生は世界史の授業でヨーロッパにある『アルザス地方』について習うのよね?少なくとも私の中の女子高生は学校の授業で習っていたわ。何世紀にも渡って戦争で取り合いになって、ドイツとフランスに代わる代わる統治されてきた地域よ」


「あ、聞いたことあります。例えば、学校で今日までフランス語で授業していたのに、ドイツに占領されたんで、明日から突然全員がドイツ語で授業をしなくちゃいけなくなったり・・・戦争のせいで振り回された地域ですよね」


セリーヌはコクコクと頷いた。


「そう、そうなのよ!ブーニン地方は全くそれと同じだったの。しかも、ブーニン地方は領民の半分以上を獣人が占めていたのよ」


(獣人か。会ったことないけど、会ってみたい。人間と同じように治療できるのかしら?)


「ピョートルが皇帝になる前にフォンテーヌと帝国の間で戦争があってね。その時にブーニン地方を帝国側に奪われたの」


(取ったり取られたりが繰り返される地域か・・・。住民は辛いよな)


「帝国では特に獣人に対する差別がひどくてね。ブーニン地方は帝国の貴族もあまり領主になりたがらない地域だったの。領民たちも反抗的というか・・・でも、そんな状況だと領主というものに対して良い印象を持てないのも当然よね」


(当然だよ!)


「でも、ブーニン地方を帝国の領地として安定させるためにも領主は必要でしょ。それで、当時の皇帝の庶子で、誰にも注目されてなかった皇子をブーニン地方の領主として送ることにしたの。小さい領地なのに経営が難しく、領民の多くは獣人という、当時の貴族から見たら、はっきり言って貧乏くじよね。でも、ボリスというその皇子は嫌な顔一つせず領地に向かったらしいわ。領主になるにあたって『ブーニン侯爵』という爵位を貰ったそうよ。腐っても皇帝の血筋だからね」


(へぇ、そんな歴史があったんだ!)


「ボリスは立派な領主だった。領民に帝国の標準語であるスラヴィア語を強要することすらなかったわ。できるだけ税率を下げ、需要の大きそうな特産品の生産を奨励することで、領内を豊かにしようとしたの。ボリスや家族たちは清貧という言葉がピッタリの生活をしていたらしいわ。領民たちと一緒に汗水流して働き、ボリスの家族も彼の方針に賛同して、辛苦を共にしたの」


(うぅ、いい話だ・・・。あのゲスの先祖とは思えない・・・)


「領内がようやく落ち着いて、庶民の生活も少しずつ豊かになっていったわ。領民はボリスとその家族を心から慕っていた。領内の獣人も全員ブーニン侯爵家への忠誠を誓った。獣人は忠誠心が強く一度誓った忠誠を翻すことは滅多にないわ。未来永劫ブーニン侯爵家へ仕えると誓言したそうよ」


(そうなんだ。良かったね・・・。あれ?でも、今はフォンテーヌ領にあるということは・・その後また戦争があったということだよね?)


「そんな時にフォンテーヌがブーニン地方を帝国から取り返すための軍事行動を起こしたの。先々代のフォンテーヌ王がね・・」


セリーヌが苦々し気に呟く。


「リュシアンのお祖父さまのことを悪く言いたくないんだけど・・・本当にバカでね。当時帝国は賢帝、賢妃の時代よ。賢帝は戦を避け、平和を望むことで有名だったので、多少侵略しても大丈夫だろうと思ったのよね」


(・・本当にバカだ・・・。先々代の王の話は、なんか他でもブーニン領に関して聞いた記憶があるんだけど、なんだったっけ?)


「フォンテーヌがブーニン領に侵攻してくると知った時、領主は既に代替わりしていて、息子のスタニスラフが侯爵だったの。スタニスラフはね、とにかく領民を守りたかった。せっかく苦労して豊かになった領地で戦いは何としても避けたかった。賢帝と賢妃も戦争を避けるのを最優先にするだろうと分かっていた。ボリスは賢帝アレクセイと異母兄弟で、ナオミとも心から信頼し合える仲だった。それは後で説明するわ」


(なるほど・・・)


「スタニスラフは領民を戦禍に巻き込まないことを最優先に、フォンテーヌに攻められる前に降伏することにしたの」


(フォンテーヌに降伏!?それはまた・・・大きな決断だよね)


「彼は迷ったと思うわ。でも、病床にあったボリスも賛成してくれた。何より降伏すれば、フォンテーヌが攻める理由は無くなる。賢帝と賢妃はブーニン領を取り返すために挙兵するようなことはしないだろうと予測していたの」


(確かに・・・)


「スタニスラフは自分が処刑されることは覚悟していたわ。母親は何年も前に死んでいるし、幸いまだ結婚もしていない。父親も領民を守るためなら自害する覚悟があると言ってくれた。兄弟には逃げるように指示を出した。辛かったと思うけど、ボリスと相談してそれが最善だと決断をしたの」


(こんなに苦労した一族にそんな厳しい運命が待っているなんて・・)


「スタニスラフ・ブーニン侯爵は堂々とフォンテーヌの王宮で国王と謁見したわ。降伏することや、どんな処分も覚悟していることを告げたの。ただ、領民の安全を確保して欲しいと。明日からフォンテーヌの領地になるのなら、略奪や暴力はフォンテーヌにとっても得策ではないと国王を説いたのよ。降伏した領主だけど、凛々しく若い美形領主を見て、その場で一目ぼれした王女がいてね・・・」


(あっ!思い出した。お父さまが愚痴っていた先々代の王女のこと?持参金として領地を山ほど持って降嫁したという・・・)


セリーヌはため息をつきながら続ける。


「先々代の国王はその王女を溺愛していてね。もちろん、周囲は王女にスタニスラフのことを諦めさせようと必死で説得したけど、わがまま放題で我慢や諦めることをしたことがない王女を説得するすべなんてなかったわ。結局国王が折れて、スタニスラフと王女は結婚することになったの。スタニスラフは処刑される覚悟でいたのに、気がついたら王女と結婚することになって驚愕したと思うわよ。でも、いなとは言えない状況よね」


(なるほど・・・。スタニスラフは一体どんな気持ちだったんだろうか?)


「王女が国王にどんなおねだりをしたのか分からない。でも、王女は元々のブーニン領の十倍以上の領地を持ってスタニスラフに降嫁したわ。ブーニン地方周辺に王家が所有する領地だけでは足りなくて他の貴族の領地を配置換えしたり、大変だったそうよ」


セリーヌは呆れたように肩を竦めた。


「さっきも言ったけど、スタニスラフはとても我慢強い男性だった。伊達に苦労はしていないわ。権高で我儘な王女を愛することはなかったかもしれないけど、その扱い方は上手だった。自分が我慢すれば領民は戦禍に巻き込まれなくて済むと割り切っていた部分もあったのかもしれない。それにブーニン侯爵領が大きくなって、領地全体が豊かになったのは事実なのよ」


セリーヌは小さく微笑んだ。


(そういうものなのかな?悲しいけど・・)


「スタニスラフは決して王女に逆らうことは無かったと聞いているわ。何でも王女が一番。彼女が望むものは何としても叶えるという姿勢だったみたい。ただ、領民や使用人が被害を受けないように気をつけていたらしいけど」


(スタニスラフ・・・苦労人だなぁ)


「あ、言い忘れたけど予想通り帝国の賢帝アレクセイはブーニン侯爵領がフォンテーヌに降伏したと聞いても兵を動かさなかったそうよ。頭の足りない先々代の国王は得意げだったらしいとリュシアンが憎々し気に言っていたことがあるわ」


(・・・お父さま。私の気持ちを代弁してくれるお父さまが大好きです)


「王女は結婚生活にご満悦だったそうよ。莫大な持参金があって贅沢な生活を送れるし、夫は見目麗しく何でも言うことを聞いてくれる。しばらくは平穏な生活が続いたらしいわ」


セリーヌの話は続く。


「そんな中ボリスが亡くなったの。葬儀は目立たぬようにという遺言があり、ひっそりとボリスを見送ったそうよ。でも、ナオミがわざわざ帝国からお忍びでやって来て葬儀に参列してくれたの」


(ナオミが・・!?そういえば、さっきナオミとボリスは友人だったって言っていた)


「これは『永遠の女神』の内容なんだけど、ナオミが獣人族に誘拐されて殺されそうになったことがあるの。例の魔術師が獣人族を操っていたのね。その時に助けたのが当時ブーニン地方の領主だったボリスなのよ」


(そうだったんだ!)


「ボリスはアレクセイの異母兄だったけど、年が離れていてあまり交流はなかった。でも、ナオミはその時の恩を忘れずに、皇后になった後も何かとブーニン領を支援していたわ。だからボリスの葬儀にナオミが参列するのは全く自然なことだった。でも、そう思わない人間が若干一名いたのよね」


(ああ・・・我儘放題の王女か・・・)


「ナオミがわざわざ自分で来た目的は勿論ボリスの死を悼むためだった。でも、その他にも目的があったの。ナオミは、アレクセイがもうすぐ譲位する予定だとスタニスラフに伝えた。自分たちの代では問題にしなかったけど、帝国内部ではブーニン領をみすみすフォンテーヌに取られたことを不満に思っている貴族が多いから、代替わりした後は気をつけろと警告したのよ」


(そうだよね。普通だったら帝国がブーニン領を取り返すために攻めてきても不思議じゃないもんね)


「そして、その時にナオミはオリハルコンのナイフをスタニスラフに贈ったのよ」


(え!?そんな大切なものを?)


驚いたリオに向かってセリーヌは頷いた。


「もうすぐ引退するし必要なくなるから御礼に、という気持ちだったのかもしれないわ。当たり前だけど、変な下心があっての贈り物ではなかった。それなのに、ナオミが帰国した後、王女が嫉妬に怒り狂って、スタニスラフからオリハルコンのナイフを取り上げたの」


(・・・は?嫉妬って・・・?ナオミはその頃にはかなり高齢だったはずだよね?)


「夫が女と二人で何かコソコソと話をしている。しかも、その女からの贈り物のような包みを持っている。これは浮気だ、裏切りだと大騒ぎしたらしいわ」


(・・・・すごい嫉妬心だ)


「スタニスラフは懸命に説明したそうよ。あれは帝国皇后で昔父ボリスがお世話になっていたので葬儀にわざわざお忍びで来てくれた。このナイフは特別なもので、帝国だったら国宝に指定されていてもおかしくない。父の死を悼んで特別に賜ったもので何も疚しいものではないから返して欲しいと必死にお願いしたのよ」


セリーヌはあからさまにうんざりした様子で続ける。


「王女は帝国で国宝に指定されてもおかしくない品物なら、フォンテーヌの国宝にするって言ってね。そのまま国王に献上したらしいわ」


(・・・・強烈な王女だ)


「フォンテーヌ王宮で専門家が集まって色々調べてね。伝説と言われていたオリハルコンのナイフだと太鼓判を押したわ。その結果、オリハルコンが国宝となったの。貴女の手に渡るまでね」


(そんな経緯があったんだ。でも・・・可哀想なスタニスラフ・・・悲しくなる)


「スタニスラフはそれでも王女に不満を言わなかった。二人の間には子供が生まれて、王女は甘やかし放題で子供を育てたらしいわ。ひどい領主になったらしいけど、スタニスラフは早死にしたので、それを見ずにすんだ。スタニスラフは馬車で引かれそうになった人を庇って亡くなったと聞いているわ。最後まで人のために尽くす人だったのね。ひどい領主の子供、つまりスタニスラフからすると孫にあたるのがミハイルよ」


リオははぁ―――っと深いため息をついた。


(スタニスラフ、本当に苦労人だ・・・。立派な人なのに気の毒すぎる・・。そんな人の孫があのゲス侯爵なんて・・・。人生って世知辛い)


「でも、現侯爵のマキシムは頑張っているみたいよ。領民からの評判も良いわ」


(そっか・・・私は会ったことないけど、レオン様の甥であるマキシムには頑張って欲しい)


セリーヌは少し暗い顔つきになった。


「アレクセイとナオミには子供ができなかったの。だから後継ぎは一族の中から選んだのよ。譲位した二人は政治から離れた場所でのんびり過ごしたいと姿を消してしまった。でも、その後継ぎは変死してしまってね。毒殺されたと噂になるくらい不可思議な死だったの」


セリーヌの顔色は益々悪くなる。


「その結果、コズイレフ帝国皇帝の座は別な人間が継いだのだけど、好戦的で専制的な皇帝だった。最初はブーニン地方を取り戻すために兵を出すつもりだったんだけど、もっと狡猾なやり方を思いついたのよ。ブーニン侯爵領は広大な領地になった。どうせなら、小さなブーニン地方だけでなくその領地を全部手に入れた方が得策ではないかって。広大な領地を手に入れればフォンテーヌ王国を侵略する足掛かりになるしね」


(・・・ああ、なんか話が見えてきた)


「スタニスラフは戦わずしてフォンテーヌに降伏したわ。同じようにブーニン侯爵が帝国に降伏すれば、領地は全て帝国のものになるから労せずに丸儲けよね。それで、ミハイルの父親やミハイルに近づいたのよ。懐柔されているのにも気づかずに、帝国にちやほやされて喜んでいる愚か者だったわ。でも、さすがにフォンテーヌ元王女が生きている内は帝国への降伏や利益供与なんて許さなかった」


(まあ、そこは王女としての自覚が多少はあったのね)


「でも、王女が亡くなって、ミハイルが侯爵位を継いだ後は、どんどん状況が悪くなっていった。大きな戦争もあったし。一応領土は守り抜いたけど、以前リュシアンが話した通り、ブーニン侯爵領は実質的に帝国の植民地のようになり下がったのよ。何とか危機を乗り越えて、あなたも無事で、マキシムが良い領主になってくれて、本当に安心したわ」


(そんなバックストーリーがあったなんて・・・。歴史秘話ヒス〇リアみたいだ)


セリーヌは話し疲れたのか、ゆっくりお茶を飲んで、若手ナンバーワン料理人ジャンが焼いたクッキーを美味しそうに頬張る。


「私はオリハルコンをいつも身近に置いています。寝る前にはベッドサイドテーブルに置いていますし、出かける時はブーツにこっそり隠しています」


リオは乗馬用ブーツを改造した愛用のロングブーツをセリーヌに見せた。ブーツの内側に小さなポケットを作ってナイフが収まるようになっている。履いたまま走っても足が痛くならないように、レオンと二人で工夫したんだ。


セリーヌは感心して、ブーツを検分している。


「さすがリオね。オリハルコンはずっと身につけていた方がいいって言おうとしたの。オリハルコンは常にナオミを助けてくれた。同じようにリオも助けてくれると思う」


リオは笑顔で頷いて、ジャンが焼いたサクサクのクッキーを口一杯に頬張った。


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