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アンドレの事情 その6

道の駅というのは、数年前に出来たフォンテーヌの郵政事業の施設である。


『主要幹線道路に食事や宿泊を提供する施設を一定間隔で設け、伝令は一定距離を走った後、その施設で次の伝令と新しい馬に交代し情報だけを受け渡す』という新しい郵政システムを発案したのは何を隠そう自慢の妹であるリオだ。


現レオン(前アレックス)が現リオ(前フィオナ)の家庭教師だった頃に、宿題で提出したフォンテーヌ王国郵政事業の改善案が素晴らしかったので王宮に奏上したところ、トリスタン国王が気に入り実施されることになった。当初は発案者アレックス・エヴァンズとされていたが、実はリオのアイデアであったことが死後彼の遺したノートにしっかりと記されていた。茶番ではあるが、現在はしっかりとリオの功績として記録されている。


このシステムのおかげで手紙が届くスピードが驚異的に早くなった。公爵家でもその恩恵を受けている。アンドレと家族の手紙のやり取りも以前に比べると格段に便利になった。


リオは更に民間事業との協力を進めるアイデアを出した。


(我が妹ながら天才だ)


アンドレは誇らしい。


伝令が交代する施設を『道の駅』と名付け、商業施設としても活用できるようにしたのだ。民間郵便を行う事業者が他の地域から運んで来た珍しい産品を売り出すマーケットとして使用するだけでなく、地元食材を使った料理を提供するレストランやカフェなども併設している。勿論、地元食材を購入することも可能だ。


多くの人が立ち寄る道の駅は重要な情報交換の場でもあるので、大きな掲示板が設置され、「売ります・買います」「求人広告」「仕事求む」など多くの張り紙で常に溢れている。とても活気溢れる場所だと聞いている。


(僕はまだ行ったことないけれど)


そんな「道の駅」にクリエイター、いや村長が現れたというのは衝撃だ。


(どういうことだ?!)


サンも同様に驚きで目を見開いている。


(こいつが驚愕する顔が見られるとはラッキーだ。後で揶揄ってやろう)


エディは少し狼狽しながらも話を続ける。


「私は四~五年前にカールの恋人が殺されたことを噂で聞いて、それについて調べていました。もちろん私にできることは何もないし、カールに会わせる顔がないのも良く分かっています。でも、カールの気持ちを想像しただけで、じっとしていられなくて・・」


エディは悲愴な面持ちだ。


「色々と調べた結果、背後で操っていたのがカールの妻、シュヴァルツの貴族でフォンテーヌの元王女だと分かったんです」


「その通り。エラ・シュナイダー伯爵夫人だ。彼女は伯母に当たるが僕は大嫌いだ」


アンドレの言葉を聞いて、エディは珍しいものでも見たかのように彼を見つめた。


「最初はシュヴァルツで調べていましたが、殺された恋人がフォンテーヌの方だと知って、フォンティーヌ王国に移動しました。私は元々旅の絵師として色々な国を回っていましたから」


エディは少し躊躇したが話を続けた。


「・・絵師と言ってもお金が無くて下働きとか雑用をすることの方が多かったんです。絵のパトロンになってくれると言う人は大抵下心があったので、いつもお断りしていました。似顔絵を描いて売ることもありましたが、正直言うとプロの絵師とは言えないような生活だったんです。でも、フォンテーヌに道の駅ができてから私の絵も少しですが、そこで売れるようになりました。それで色々な道の駅に行って、仕事を探したり絵を売ったりしていました。また、情報が集まる場所でもあったので、カールの恋人の事件についても情報を得ることができました」


「なるほど」とサンが頷く。


「そんな時、見たことのある人物が道の駅のカフェでコーヒーを飲んでいたんです。私は一瞬見間違えかと思ったんですが、どう見ても村長でした。もちろん、髪や目の色を変えて一般人に見えるような服装なんですが、オーラというか雰囲気が荘厳すぎて、とても目立っていました」


「クリエイターがねぇ・・・」とアンドレは思わず呟いた。


「私は思わず『村長ですか?』と声を掛けたんです。そしたら『ああ、エデルガルトか』と一言だけ。九十年ぶりくらいに会うのに『元気か?』の一言も無かったんですけど、私は自分のことを知っている人に会うのが久しぶりだったので、嬉しくてつい色々話しかけたんです。『何をなさっているのですか?』と尋ねたら『人を探している』と答えました」


「人を探している・・・?」


サンがまた難しい顔をしている。サンは一体何を考えているんだろう?とアンドレは興味を持った。


「そうしたら『お前は?』って逆に聞かれました。私はカールの恋人のルイーズさんが殺されてそれを調べていることや、家を飛び出した理由など、全部話しました。村長の前に出ると隠し事ができないんですよね。さすが神様というか・・・」


「創造主の前では嘘はつけないのかな?」


アンドレの言葉にエディは笑みを浮かべた。


「そうかもしれません。私の話を聞いて村長は難しい顔をしていましたが『ルイーズ殺害を裏で操っていた人物の名前を知っているか』と聞いてきました。私は『多分シュヴァルツ大公国のエラ・シュナイダー伯爵夫人だと思う』と答えたんです。それを聞くと村長は珍しく微笑んでくれました」


エディは話を続ける。


「でも、『村長は誰を探しているのですか?』と聞いたら、村長はすっかり黙ってしまいました。何を話しかけても返事がなくて。仕方がないのでお別れの挨拶をして立ち去ろうとしたら突然『一つだけ可能性をやろう』と言われたんです。そして村長は指を鳴らしました」


「可能性?」サンが聞き返す。


エディは頷く。


「気がついたら私と村長はセイレーンの村に転移していました。私たちは村長の家の中にいたんですが、昔と変わらなくて懐かしくて泣きそうになりました」


エディの顔が切なげに歪んだ。


「あ、でも、昔は大きな箱のような機械が常に机の上にあって、色々な景色を映していたんですが、それが無くなっていました。代わりに薄い金属で出来た板のようなものが立てかけてあって、そこに色々な場面が映っていました。ものすごく鮮やかでとっても綺麗だったんですよ」


サンが「テレビがiPadに・・・?」と訳の分からないことを呟いている。


「村長はそこで指を鳴らしました。そうしたらセイレーンの男女と若い女の子が突然現れたんです。三人ともとても驚いていました。若い少女は十四~十五歳くらいだったと思います。腰まである銀髪がキラキラ輝いていて、とても可愛い子でした。村長は『その娘と同じ顔の娘が可能性だ。もし見つけたらこう伝えろ』と言ったんです」


エディは少し震えている。





『我は神の力を与えた。存分にその力を振るうが良い』





「村長はゆっくりとそう言いました。そして、私はその女の子と同じ顔の少女を見つけてしまったんです」


アンドレの全身に鳥肌が立った。


(まさか・・・)


「リオさんというあなたの妹です」


エディはアンドレを真っ直ぐ見てそう告げた。


アンドレはあまりのことに呆然として言葉が出てこない。


エディは自分を鼓舞して話を続けているようだった。


「その後、その少女と一緒にいた男女が村長に懇願しました。『どうかうちの娘にも加護を下さい』と。『このままずっと加護無しと呼ばれ続けるのは不憫で』とも言っていました」


サンは「加護無し・・・」と呟いている。アンドレはまだ衝撃から立ち直れずにいた。


「村長はその男女に対して嫌悪感を露わにしていました。『自分たちさえ良ければ他の人間などどうなっても良いと考えているお前たちに加護が相応しいと思うか?』と言って、冷たく追い払ったのです。三人は悄然として去りました。というか村長の指一つで消えたんですけど」


エディは大きな息をついて「以上で私の話はおしまいです」と言った。


アンドレは衝撃的な内容にまだ混乱していたし、サンは深く考え込んでいる。ジョルジュだけがマイペースで「温かいお茶と焼き菓子を用意します」と言いながら部屋を出て行った。


エディは黙って冷たくなったお茶を飲んでいる。


アンドレは『何か言わないと』と思えば思うほど何を言えばいいのか分からなくなり、結局沈黙がその場を支配していた。


(ああ、気の利いた言葉の一つも出てこない男なんだ。僕は・・情けないな)


「妹さんは・・・リオさんは、村長の言葉を聞いたらどう思うかしら?」


エディに聞かれてアンドレは戸惑った。


すると突然リオの声がした。


「え、いえ、そ、そんな神の力なんてこと全然ないんです。でも、も、もちろん、患者の助けになるのならどんな力でも喜んで使いますが」


リオの声だと思ったのはサンの声だった。しかも、話し方も言いそうなことも、あまりにそっくりでアンドレは噴き出した。


「サン、すごいな。リオにそっくりだ。きっとリオならそう言うだろうな」


(リオならきっと前向きにとらえてくれると信じたい)


ちょっと泣きそうになって目頭を押さえたら、エディがそっとハンカチを差し出してくれた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の頃に、伏線かもしれないと思ったのがここに来てようやく出てきました。まさかこんな風に使われるとは思ってなかったので驚きました。これからの展開が益々楽しみです。
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