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アンドレの事情 その5

エディはゆっくりと語り出した。


「私は母に連れられて何度かセイレーンの村へ行ったことがあります。母と言うのはご存知のように当時の皇后だった純血種のセイレーン、マレードです。コズイレフ帝国皇帝の居室に秘密の転移の間があり、そこが村と直結しています。そこだけがセイレーンの村と外部とのつながりでした。今でもそうだと思います」


「そこ以外から村へ行くことはできないの?」


とサンが尋ねる。


「無理だと思います。非常に強い結界で守られており、外部の人間が皇宮からの転移以外で村に入ったことはないと聞いています。それに村人は全員セイレーンですが、村長以外は村の外に出たことがありません。完全に隔離された村だったのです」


「村長ってどんな人?信用できそうな人?」


サンは気軽に質問を重ねていく。


「信用・・・・というか不思議な方でした。何を考えておられるのか、捉えどころがありません。圧倒的な力と知恵を持ち、村人を助けてくれる慈悲深さは当然あるのです・・。でも、何かに失望した時、恐ろしいほどの酷薄さを見せることがありました。特に人間の身勝手さのようなものを嫌っていたというか・・・。説明が下手でごめんなさい。村人も村長を尊敬しながらも、村長を落胆させないように、失望させないように、常に緊張しているような印象を受けました」


「村長は神・・・のような存在?」


サンが探るような眼をする。


「・・・ああ、ご存知なのですね。そうです。両親からは誰にも言ってはいけないと命じられていましたが、村長はクリエイター、創造主でした」


アンドレは驚いて危うくティーカップを取り落とすところだった。サンが『静かに』というように目で合図をしてきたので、不服ながらも何も言わずにカップをソーサーに置いた。ジョルジュの表情は変わらない。


「村長は実験のために複数の世界を創って管理していました。何の実験かは教えてくれませんでしたが・・。それぞれの世界に違ったルールが適用されていて、そのルールに対しては非常に神経質だったとお母さまが話していました。ある世界から別な世界に移動する人間がいると、ルールに影響して管理に齟齬が出るかもしれないので、そういった移動には神経を尖らせていたと思います。でも、私が子供の頃、別な世界からナオミという女性が来ました。村長は彼女のことは認めていたと思います。ナオミは私のことを可愛がってくれました。ナオミは後に帝国の皇妃になりましたが、彼女も亡くなってしまって・・。セイレーンというのはいつでも置いてきぼりですね」


エディは泣きそうな顔になった。サンが質問を続ける。


「村長は帝国のことをどう思っているのか分かるかい?クリエイターなのにどうして皇帝の言いなりになっているんだ?」


エディは少し考え込んだ後、慎重に答えを紡ぎだす。


「村長は帝国の言いなりになってはいないと思います。これはあくまで私の印象なので、間違っていたら申し訳ありません。村長は人間の営みや感情にそれほど関心がありません。上手く言えませんが、人間の営みに介入することはできるが自分の主な役割ではないから積極的に介入はしないという姿勢だったと思います。願いを叶えて欲しいという人間が来たら、叶えるか叶えないかの選択をするだけで、例えば助言などを与えることはありませんでした」


エディは息をついた。


「村長は各々の世界の管理とルールを徹底させること以外に興味はありませんでした。ごく稀に好ましい人物が現れるとその人に関心を示すことはありましたが・・。例えば、母のマレードや先ほどお話したナオミのことはとても気に入っていたと思います。あと、村長には特別な方がいる、と母が言っていたことがあります。でもそれは秘密で、特別な方が誰かを知る人はいませんでした。母も知らないと言っていましたし・・」


「特別な方・・・・?」


サンは腕を組んで唸り声をあげた。


「と、とにかく、それ以外には関心を示さなかったと思います。ですから、例えば皇帝から『村に妊婦がいたら生まれた赤ん坊を寄こせ』というような、依頼というか命令がきた時に、それをそのまま妊婦さんに伝えていたと思います。親は辛いだろうから気持ちを慮って村長の権限で断っておこうとか、そういう配慮をする方ではありませんでした」


エディはニュアンスを伝えるのが難しいというように眉間に皺を寄せた。


「もし、親が『嫌だ』と言えば、村長は無理強いすることなく、皇帝にその返事を伝えたと思います。皇帝が怒って村に攻めてきたとしても、村長はその力で村を守ってくれていたことでしょう。一国を滅ぼすと世界の管理に影響が出るとは言っていましたが、攻めてきた軍隊を撃退するくらいは問題ありません。断った村人に対して村長が不快に思うことも無かったと思います。しかし、先ほども言った通り、村人たちの間には不思議な緊張感があったのです。その・・村長を失望させてはいけない、という」


「ってことは、村長は無理強いするつもりはなくて、ただ、『そういう話が来ているがどう思う?』と打診して、嫌だったら断るのは問題ないはずだったのに、村人が勝手に忖度して、村長をがっかりさせてはいけないと無理に我慢してその話を受諾した、とかそういうこと?」


サンの言葉に、エディは我が意を得たりというように頷いて


「はい、少なくとも私の祖父母、マレードの両親はそうでした。ただ、その時に『赤ん坊を渡す代わりに、その子の結婚が幸せなものになるような加護を下さい』とお願いしたと聞いています。加護の通り、私の両親は心から愛しあう幸せな夫婦でした。仲睦まじすぎて、目のやり場に困ることもしょっちゅうでしたよ」


と説明した。エディは少し笑ったが、すぐに寂しい面持ちになる。両親のことを思い出したのかもしれない。アンドレは胸に鋭い痛みを感じた。


サンは顎に手を当てて考え込んでいる。


「帝国がセイレーンのコミュニティを『飼って』いるという認識なのは本当?」


エディは、得心が行ったように頷いた。


「それは皇帝の認識ですね。私が知る限り帝国皇帝は代々そのような認識で村長にも居丈高に振舞っていました。村長がクリエイターなのは分かっていても、自分はそのクリエイターよりも上の存在だと驕る皇帝が多かったんです。村長は人間の認識など意に介さないので、歴代皇帝は益々増長しました。私の父のピョートルは皇帝でしたが少し違っていて、母を娶る時も村長にお願いするという形を取っていました。だから村長もお父さまには好意的だったと思います」


「なるほど・・・でも、もしかしたら遥か昔、最初の頃は神に貢物を捧げるのが皇帝の役割だった可能性はあると思うかい?時間と共に皇帝が増長して人間側の認識が変わっていったというか・・」


サンの質問にエディは強く頷いた。


「はい、それは母も言っていました。村の伝説では、そもそも皇帝は村長のしもべであったそうです」


サンとエディはお互いの目を見つめて頷き合った。面白くない。


アンドレははっとスケッチブックのことを思い出した。


「エディ、君は僕がスケッチブックに描いたリオの肖像画を見て、とても驚いていたね。何故か聞いてもいいかい?」


サンが興味深そうにアンドレとエディを見比べて、エディは少したじろいだ。


「あ、あの・・・実は、私は去年セイレーンの村に行ったのです」


「「えっ?!」」


アンドレとサンが同時に驚く。ジョルジュは相変わらず静かだ。


「皇宮の転移の間から?」とサンが慌てて聞いた。


エディは首を振る。


「だって、皇帝の部屋からしか行けないってさっき・・・」


「あの・・私は村長の顔を覚えていました。それで、その、村長を見かけたのです。もちろん、髪や目の色を変えて、普通の人に見えるような変装はされていましたが・・」


「「どこで!?」」


サンとハモるのが基本になってきた。


「・・道の駅で」


小さな声でエディが言った。


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