アンドレの事情 その3
エディ = エデルガルトという事実を聞かされてアンドレは驚愕した。
「え・・えっと、つまりエディがずっと行方知れずだったエデルガルドということ・・なんだね?・・・彼女は一体何歳なんだろう?」
「107歳だと仰っていました」
ジョルジュは澄ました顔で答える。
(107歳・・・そうか、そうだよな。セイレーンの血の凄まじさを感じるのはこんな時だ。僕も同様に100年後でもきっと姿がほとんど変わらないんだろう。ジョルジュはその時にはもうこの世にいない・・・)
そう思ったら無性に悲しくなってジョルジュの手を握った。ジョルジュは慰めるようにアンドレの手を握り返しポンポンと優しく叩く。
「私はエディ様がいらした日に直接事情を伺ったのです。幸いエディ様は私を信用して下さいました。エディ様はアンドレ様がハーフ・セイレーンであり、シモン公爵家の子息で大使として帝国に滞在していることもご存知でした。シモン公爵家はシュナイダー伯爵家とも交流がある。もしかしたら、バレるかもしれないという覚悟はできていたとのことです」
「わざと僕に出会うように仕向けたとかではないのか?」
(我ながら自意識過剰な台詞だなと思うが、過去にそういう女性たちが大勢いたのは事実だ・・)
「エディ様はそんなに器用な方ではありません。アンドレ様に出会ったのは本当に偶然です。ただ、アンドレ様のことは街でも噂になっておりましたし、近くにはフォンテーヌの大使公邸もある。実際に会った時に目の色を見てアンドレ様だと確信したそうです」
(なるほど・・)
「エディ様はアンドレ様に正体がバレた今、この屋敷から出ていきたいと仰いました」
「え!?でも、バレる覚悟はできていたんじゃないの?」
「ええ、しかしエディ様は非常に心配しておられます」
「心配?何を?」
「アンドレ様がエディ様に恋しておられるのではないかと」
「っ・・・!!!!!」
アンドレは真っ赤になって、手を振り回しながら否定しようとした。
(いや、そんな恋なんて・・・。エディのことはずっと良い友人だと思っていた、つもりだったが・・・心の奥深くに否定できない感情がある)
「・・・確かにエディに惹かれていることは否定できない」
ジョルジュは神妙に頷いた。
「はい。私も気がついておりました。しかしエディ様はもう誰にも恋するつもりはないと固い決意をお持ちです。心から愛していた夫クリストフ様を忘れることはできないと仰っています。男装をしていたのは旅をするのにその方が安全だったということと、女性だとすぐに言い寄られるのでそれを避けるためだったそうです」
(あれだけ魅力的だと言い寄る男は多いだろう・・・)
何故か悔しい嫉妬のような気持ちが湧いてくる。
「エディ様とクリストフ様は仲睦まじく心から愛しあっていました。クリストフ様との間にアーダ様が生まれ、アーダ様も健やかに成長し幸せな結婚をしました。アーダ様がカール様をご出産された頃が一番幸せだったそうです。しかし、カール様が二歳の時にクリストフ様が流行り病で亡くなりました。まだ四十六歳の若さだったそうです。更にその翌年アーダ様とご夫君が何者かに殺害されました。エディ様にはどうしても現実が受け止められなかった。辛い現実から逃げ出すために家を離れ放浪の旅に出たそうです」
(そんな酷いことが・・・。想像を絶する苦しみがあったに違いない・・。僕が軽く発した言葉が彼女を傷つけてしまった)
アンドレは自分の無神経さに自己嫌悪に陥った。胸が苦しい。
「エディ様はアンドレ様が自分に恋しているようなら、もう一緒には居られない。永遠に姿を消すとそれはもうすごい剣幕で・・」
アンドレはジョルジュを遮って、彼の腕をつかんだ。
「駄目だ!永遠に彼女に会えないなんて僕には・・・無理だ・・耐えられない・・・」
ジョルジュは哀しそうに溜息をついた。
「正直申しますとエディ様のお気持ちを動かすのは不可能だと思います。アンドレ様は今想いを断ち切るのが一番傷つかずにすむと思うのですが・・・」
アンドレは首を振る。
「無理だ」
ジョルジュは辛そうに話を続ける。
「一方で、現在私たちにはエディ様の助けが必要です。夕べ奥様からの手紙が届きました。何としてもセイレーンの村への行き方を探って欲しいと」
「そんな話を今されても・・・。僕たちも色々と調べているじゃないか。そんなに早く成果を期待されても困る」
アンドレは無性に腹立たしかった。ジョルジュは気の毒そうにアンドレを見ながらも話し続ける
「ですので、エディ様にシモン家に協力して欲しい。アンドレ様の恋心はひとまず横に置いておいて、協力するためにしばらく滞在してくれないかとお願いしました」
(何だ「ひとまず横に置いておいて」って!)
若干イラっとしたがジョルジュは気になることを言った。
「エディの協力が必要ってどういうことだ?」
「エディ様はセイレーンの村へ行ったことがあります」
「本当か!?」
アンドレは口をあんぐりと開けた。
(こんなに身近に貴重な情報源があったとは!)
ジョルジュは重々しく頷く。
「しかし、エディ様はどうしても出ていきたいようでした。ですので、私も奥の手を使わざるを得なかったのです」
(奥の手?!)
「それは何だ?」
「エディ様はカール様を置いて家を出ることだけが心残りだったと仰っていました。会わせる顔がないのは分かっているが、どうしてもカール様のことが心配で常に情報を集めていたと」
アンドレは頷いた。娘の忘れ形見の孫のことは気になって当然だ。
「カール様が不幸なご結婚をされ、妊娠していた恋人を殺されてしまったこともご存知でした」
(ルイーズ様のことか・・・・母上がずっと泣いていた)
「エディ様がアンドレ様についてきた理由の一つは、カール様の現状について何か情報を得られるかもしれないと思ったからだそうです。エディ様は、孫が辛い思いをしている時に何もできないと口惜しく感じています。私はカール様の御子息アベル様が実は生きているという秘密を明かしました」
アンドレは、リュシアンとセリーヌがアベルを養子として引き取りたいと言っていたのを思い出した。
「エディ様は思っても見なかった曾孫の存在に大変動揺されておいででした。しかも、その曾孫が悪者に狙われていると聞いて穏やかでいられるわけがありません」
(悪者?ああ、カールの妻のエラのことか。嫉妬深くて粘着質だ、と何度も父上がこぼしていた)
「私は、公爵家のリオ様とエディ様の曾孫のアベル様が同じ敵に狙われていることをお伝えしたのです。リオ様とアベル様のお二人を守るためにどうかこのままここに滞在して協力してくれないかとお願いしました」
(え・・・?リオと同じ敵に狙われている???エラはリオの敵か?まあ、エラは全員の敵と言えば敵なんだが・・・)
ジョルジュは咳払いして続ける。
「奥様からの最新の手紙には、エラ・シュナイダー伯爵夫人、ミハイル・ブーニン元侯爵、コズイレフ帝国が手を組んだことが書かれていました。ですので、彼奴らがリオ様とアベル様の共通の敵であることに間違いはございません」
「え!?僕、そんなこと聞いていないんだけど?」
ジョルジュは平然と答える。
「今朝お伝えしようとしたのですが、エディ様のお部屋へお急ぎの用事があったようですので、伝えそこねてしまいました」
(・・う、それを言われると何も言い返せない)
不機嫌に黙り込むアンドレを無視してジョルジュは話を続けた。
「エディ様はリオ様に深くご同情され、何よりアベル様の進退を懸念されておいでです。できることなら何でも協力するし、この屋敷へも必要なだけ滞在すると仰って下さいました」
アンドレはホッと胸をなでおろす。
「さすがジョルジュだ。良くやってくれた。ありがとう」
ジョルジュは気まずそうに付け加えた。
「いえ・・・ただ、アンドレ様と会うことは控えたいとも仰っていました」
アンドレは愕然として膝から崩れ落ちた。




