謎が謎を呼ぶ
セリーヌは大きく息を吐いた。疲労の色が濃い。リュシアンが心配そうにセリーヌの背中を撫でる。
(お母さまは丸々この本を暗記しているの?すごい!これも特殊能力?)
セリーヌは、『永遠の女神』の中の本間直美が登場する第二章を丸々暗唱したのだ。凄まじい記憶力に開いた口が塞がらない。
「この後、マレードとピョートルはクーデタで殺されるの。ナオミは激怒して復讐を誓うわ。パーヴェルの庶子でずっと不遇だったアレクセイはクーデタには反対だった。父親を諫め続けたけど、どれも徒労に終わり絶望していたわ。アレクセイはナオミの話を聞いて村長はこの世界の神に当たる万能の創造主、クリエイターだと確信した。その時、父パーヴェルを次代の皇帝にしたら国が滅びると思ったのね。村長が可愛がっていたマレードを殺した人間を皇帝にしたら帝国がどうなるか簡単に予想できた。村長が指一つ鳴らせば帝国は一瞬にして消滅するのよ」
(・・・・なんか予想はしてたけど、やっぱり村長が神様だったんだ・・・)
「結局ナオミはアレクセイと協力して復讐を成し遂げた。村長からもらった魔力とナイフも存分に活用してね。エデルガルトとクリストフも協力者だった。四人でクーデタ勢力を駆逐して、アレクセイとナオミが皇帝、皇后となったの。おかげで帝国を存続させることができたわ」
その後、アレクセイとナオミが善政を布き「賢帝」「賢妃」と呼ばれる平和な時代が訪れた。ナオミは日本での知識を活用して度量衡や七夕を導入した。
(なるほどね・・・)
納得納得と頷いていたら、レオンとリュシアンが血相を変えてウロウロと歩き回っている。
(何事だろう・・?)
セリーヌは澄ました顔で冷めたお茶を飲んでいる。
「今の話は・・・リオの特殊能力も村長の加護だというのか?」
レオンの言葉にリオは首を傾げる。
(やっぱり私は頭が良くない・・・。レオン様が何の話をしているのかが見えない)
セリーヌはリオの顔を見て苦笑した。
「リオ、今の話を聞いて、何か共通点に気が付かなかった?」
(共通点・・・?)
「ナオミは『世界中の人たちを手品で楽しませたい』という願いが村長に気に入られて加護をもらえたの。その加護は『世界中の人々を楽しませる魔術の力』と『世界中の人々と話ができる言語能力』よ」
レオンが続ける。
「君の願いは『世界中の人々が健康でありますように』で君の特殊能力は『世界中の人々の治療ができる医療の力』と『世界中の人々と話ができる言語能力』だろう?偶然ではあり得ない」
あまりに思いがけない話で理解が追いつかない。
(どういうこと?私の能力は村長からもらったということ?でも、私、村長に会ったことすらないよ?)
リュシアンはソファに座り直し、腕を組んで何かを熟考している。レオンは落ち着きなく歩き回りながら考えをまとめているようだ。リオはすることもなくただソファに座っていた。
(なんだろう?役立たず感が半端ない)
セリーヌはそんなリオを見て『大丈夫よ』と安心させるようににっこり微笑む。相変わらずリオの思考は読まれているようだ。
「私の記憶の中の女子高生が1980年代に日本で『永遠の女神』を読んだということは、誰かがその小説を書いたということよね・・?どうやって?ずっと考えているんだけど・・不思議だわ・・・」
セリーヌがポツリと呟く。
「・・・あ、あの、お母さま。私の同僚が言ってたんですけど、『永遠の女神』の作者は異世界に行った叔母さんの経験を元に本を書いたんだそうです」
「叔母さん・・・そうか、ナオミの妹のお子さんかな?」
セリーヌは一瞬ポカンとしたが、すぐに伏せた目に涙が滲んでいる。
「・・良かった。手紙は無事に届いたのね」
「手紙・・・?」
「あのね、『永遠の女神』のエピローグでね、ナオミはこの世界に一生留まることを決意するの。アレクセイを心から愛していたから。それで元の世界の妹に手紙を書くのよ。この世界に来てから起こったことを詳細に書いてね。ここで幸せですって伝えたかったの。厚さ一センチくらいあったそうよ」
セリーヌがクスクス笑う。
「ナオミは封筒に妹と一緒に住んでいたアパートの住所を書いたわ。ナオミは日本の現金も少し持って来ていたので、一万円札を付けて『この手紙に切手を貼って郵便ポストに投函して下さい。残りのお金は差し上げます』って書いたのよ。それを村長に頼んで日本に送ってもらったの。村長は人よりも物の方が送るのが簡単だから時間の誤差は少ないだろうって言ってた」
(切手を貼って投函するだけで一万円!でも、郵便ポストに入れるなんて面倒くさいことせずに一万円だけネコババしちゃう人がいるんじゃない?)
と思っているとセリーヌがまたクスクス笑う。
「そうなの。私もずっとそれを心配していたわ。手紙は妹さんのところに届かないんじゃないかって。でも、ナオミの甥か姪が作者だっていうことはきっと妹さんのところに手紙は届いたのね。日本も捨てたもんじゃないわね」
(ホントだ。善良な人間が多い良い国だよ)
リオとセリーヌは目を合わせてサムズアップをした。セリーヌも日本の記憶があるということを実感すると色々と話したいことが浮かんでくる。
(お母さまと日本食の話とかしたいなぁ。でも十八歳までの記憶しかないってことは、その女子高生は若くして亡くなったのかしら・・・?)
その時、レオンとリュシアンの考えがまとまったらしい。
「話の中に魔術師が出てきたな?」
レオンが言うとリュシアンは腕を組んだまま答える。
「ああ、村長は『魔術師を追っている』と言っていた」
レオンは眉間に深い皺を寄せて思い詰めた表情を見せる。
「最近エラが雇った魔術師と小説に出てきた魔術師が同じ可能性はあるか?」
「まさか。百年以上前の話だぞ」
リュシアンは笑い飛ばすが、レオンの「セイレーンの血を引いていたらどうする?」という台詞に真顔になる。
「誘拐されたフィオナの右手首にもオリハルコンでできた魔力封じの腕輪が嵌められていた」
レオンの言葉に『そういえばそんなの嵌まっていたな』と思い出した。
「一番確実なのは村長に話を聞くことだ。村長は『魔術師を追っている』と言っていた。少なくとも魔術師と同じ側ではないと思う。おそらくフィオナの両親のことも知っているだろうし、フィオナの意識がどうなったかも知っているはずだ」
レオンがきっぱりと言う。
「リオの意識だけが何故この世界に来て、しかもリオの願いが叶うような特殊能力があるのかも説明してくれるだろう」
とリュシアンも続ける。レオンは少し苛立っているようだ。
「フィオナはおそらく人身御供としてコズイレフ帝国の皇帝に捧げられたんだ。しかし、不思議なことがある。帝国はセイレーンのコミュニティを『飼って』いたと言っていたが、村長は万能の神、クリエイターだ。飼われる必要もないし、人身御供なんて必要ないだろう。食糧や必要物資もどちらかというと神への貢ぎ物と言う方が正確じゃないのか?」
(そうか・・・私は誘拐というよりは人身御供でマレードのように皇帝に引き渡された可能性があるのか・・)
それにしてもレオンの指摘は尤もだ。何故村長は人身御供を拒否しなかったのだろう?拒否できる力は十分にあったはずなのに。
リュシアンも顎を撫でながら同意する。
「そうだな。神への貢ぎ物の方がしっくりくる。まあ、その辺も直接会って話を聞けば分かるだろう。マレードは殺されるまでピョートルと幸せそうだった。最初はセイレーンが幸せであるならば、と同意していたのかもしれない。ただ、リオ、いやフィオナの場合はどう考えても本人が幸せになれる選択肢ではない。どういうつもりなのか尋ねてみたい」
レオンは相変わらず落ち着きなく歩き回りながら、
「ただ、村長は帝国の味方なのか?中立なのか?良く分からない。フィオナの件を考えると帝国に協力しているようにも見える。下手に近づくのは危険だ」
と呟く。リュシアンは「同感だ」と答える。
レオンは眉間に皺を寄せながらセリーヌを見つめた。
「それから、セリーヌの預言の能力も村長から加護として受け取った可能性があるかもしれないと思うんだが・・・」
レオンの質問にセリーヌは躊躇いがちに頷く。
「私には分からないけど・・。小説の中でマレードは娘エデルガルトのために加護を願っていたわ。同じように、もしかしたら私の両親が願った可能性はあるのかもしれない。両親は私が赤ん坊の頃に殺されてしまったから分からないけど・・・」
セリーヌは寂しそうに俯いた。
(お母さまのご両親は殺されたのか・・・。全然知らなかった)
セリーヌは自信なさそうに続ける。
「日本での記憶にしても、とても不思議なの。正直、前世・・・って思えない。違和感があるのよ。私の魂だったとは思えないというか、感情がこもっていないというか・・・。それに『ナオミ』、『リオ』、『私』、全員が日本とつながっているのは何故なのかしら?」
儚げなセリーヌの表情にいてもたってもいられなくなったリュシアンは、ソファから立ち上がりセリーヌを背後から抱きしめる。
「セリーヌ。君のためなら俺はどんな謎でも解いてみせる」
レオンは呆れた調子で「いや無理だろう・・」と呟いた。
セリーヌは苦笑しながらレオンに同意する。
「やっぱり村長に直接話を聞くしかないわね。エラもセイレーンの村を探している。エラより早く見つけた方がいいと思うわ。そのためにはやっぱりアンドレに頑張ってもらわないといけないわね」
リュシアンとレオンも頷いた。
「皇帝の部屋からセイレーンの村へ転移できるのは分かっているけど、そんなところに忍び込めるわけないし、何とかアンドレにセイレーンの村へ行く方法を見つけてもらわないとね」
(確かに・・・でも難題だ)
全員で顔を見合わせて、はぁ――っと大きなため息をついた。
明日から一日一話投稿の予定です。読んで下さってありがとうございます!




