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リュシアンとエレオノーラ

翌朝早くから、リオとレオンは公爵邸の『秘密の間』に缶詰になった。秘密の間といっても、普通のエンスイートタイプの部屋と何ら変わりない。少し小さめで扉が見えないというだけだ。


外側から見ると単なる壁にしか見えない。だがリュシアンが触ると壁の一部が開いて中から部屋が現れた。


食べ物と飲み物は一日分アニーが運び込んでくれた。大きな物音を立てないようリュシアンから注意を受ける。一応防音にはなっているので普通の話し声なら問題ないそうだ。


レオンは溜まっている仕事を大量に持ち込んでいる。リオも昨日の続きができるようにベビーシッター研修の資料を持ち込んだ。


缶詰状態が完了しドアが閉じられて一時間ほど経った頃、微かに何かの振動を感じた。


耳をすますとレオンも同じように様子を窺っている。ちなみにそれまでは二人とも黙々と真面目に仕事をしていた。


レオンが最初に口を開く。


「エレオノーラはいつもドスドス歩くから振動がすごいんだ。あれで淑女教育を受けているというのが驚きだ・・・」


(そうなんだ・・・)


「エレオノーラはどこかに本物のリオを隠しているんじゃないかと疑うだろうな・・間違いなく公爵邸の全ての部屋を探し回ると思う」


「でも、エレオノーラ様はとても綺麗な方でしたよね。レオン様も迫られてたってお父さまが仰っていたけど、心が動いたりしなかったのですか?」


と言った瞬間にものすごい勢いでレオンが噴き出した。


「冗談でも恐ろしいことを言わないでくれ」


とゼイゼイしている。


(そんなに・・?)


しばらくすると言い争うような声が聞こえてくる。


(うう、気になるなぁ。何を話してるんだろう?)


なんだかもう仕事には集中できない。上の空のリオを見て、レオンは苦笑しながらリオを抱き上げた。


え?と思う間もなくベッドに横たえられキスが始まる。一体何が起こった?


「気になってもう仕事はできないだろう?だったら有意義なことをしていた方がいい」


そういってリオを抱きしめる。


ええ?有意義の意味は・・・?と思ったけど、結局「ま、いっか」で流されてしまうのだ。



*****



「リオ、リオ」と優しく名前を呼ぶ声が聞こえて、目を開けるとレオンの笑顔があった。


「そろそろ出ておいでと言われそうだから」と言われてびっくりする。


(え、もうそんな時間?・・・すっかり熟睡してた)


時計を見るともう夕方の六時近い。


(なんか一日ダラダラ過ごしてしまったな。反省・・・)


「たまにはいいんだよ。私も君も普段は良く働いている方だと思うよ」


レオンはリオの頭を撫でながら、安心させるように微笑んだ。


二人で身支度を整えお茶を飲んでいると、部屋の扉が開いた。


サンが顔を出して


「あー、良かった!二人とも服着てるわ」


と遠慮なく言う。


リオは顔を真っ赤にしてサンに食ってかかる。


「服着てないわけないじゃない!?」

「・・・そう?」


サンがニヤニヤしながら二人を見る。


レオンは全く気にする風はないけど、リオはさすがに恥ずかしい。


秘密の間から出ていくと疲れ切った様子のリュシアンとセリーヌが現れた。


「エレオノーラは無事に帰った。屋敷の全ての部屋を探して回ったよ。クローゼットの中まで全部開いてね。相変わらずの様子だった・・・」


リュシアンは心底うんざりしている。


「お父さま、どんな話をしていたんですか?」


「とりあえず居間に行こうよ。また俺たちが再現するから」


とサンがこともなげに言う。相変わらず四十代美魔女だ。


居間に再び夕べと同じメンバーが集まった。今日はパスカルもいて心配そうにアニーの手を握っている。


拍手に続いてイチが礼をする。


「では今日のリュシアン様とエレオノーラの会話を私とサンが再現させて頂きます。私がリュシアン様、サンがエレオノーラです」


パチパチと拍手が巻き起こった。



***



イチ「エレオノーラ、二度とフォンテーヌ王国に足を踏み入れることは許さないと言ったはずだ。シモン公爵家でお前に会いたいと思うものはいない。二度と顔を見せるな、と言ったのを覚えているか?」


サン「叔父さま、ひどいわ。せっかく可愛い姪が来たのに歓迎して下さらないの?」


イチ「ふざけるな。お前のどこに歓迎する価値がある。毎回毎回男の尻ばかり追いかけて、トラブルしか起こさない不出来な姪を可愛いと思ったことなど一度もない」


サン「ひ、ひどいわ・・・うぅ・・ぐす・・うっ」(泣)


イチ「お前が泣こうが喚こうが同情するものなど、この屋敷にはいない」


サン「ひ、ひどい・・お母さまが聞いたら何と仰るか・・・」


イチ「エラとも絶縁だ。あの悪魔と関わる気は一生ない」


サン「ひどい・・・実の姉のことをそんな風に言うなんて」


イチ「ああ、俺はひどい親戚だ。二度と会いに来てくれなくていいからな」


サン「・・・・・でも、公爵家に養女を迎えるなら私たちにも関係があることです。どんな馬の骨かも分からない娘を養女なんて、一族のものとして認めるわけにはいきませんわ」


イチ「はぁ―――(深いため息)。エラもお前もシモン公爵家とは全く関係ない人間だ。口出しされる理由はない」


サン「お母さまは叔父様の姉なのよ。しかも、恐れ多くも国王陛下の姉君でもいらっしゃるわ」


イチ「そうか。じゃあ、王宮に行ってくれ。俺は関係ない」


サン「ひどい。叔父様は、昔はこんな人じゃなかったのに・・」


イチ「性格だけでなく頭の中身も残念なんだな。俺は昔からこうだ」


サン「ぐっ・・・とにかく、その養女とやらに会わせてもらいます。これはお母さまからの厳命でもあります」


イチ「会ってどうする?」


サン「どんな娘か見定めますわ」


イチ「見定める能力がお前にあるような言い草だな」


サン「私は人を見る目には自信がありますの」


イチ「ほぉ、それでセルゲイとつるんだのか?」


サン「な、なぜそれを・・・?!」


イチ「言っておくがセルゲイは犯罪者だ。奴らとつるむということはお前も犯罪者の烙印を押されるということだからな」


サン「わ、わたしは犯罪と呼ばれるようなことは何も・・・」


イチ「・・まだしていないか(ニヤリ)」


サン「と、とにかくリオと呼ばれる娘に会わせて下さいまし」


イチ「断る」


サン「なぜですの?」


イチ「なぜ会わせる必要がある?」


サン「親戚ですもの」


イチ「お前らと親戚として付き合うつもりは一切ないからな」


サン「お母さまが疑っていらっしゃるのです」


イチ「エラが何を疑う?」


サン「お父さまの隠し子を公爵家の養女にしたんじゃないかって」


イチ「カールの隠し子?ははっ。馬鹿げた話だな」


サン「・・・それは・・まあ私もそう思いますけど・・」


イチ「ルイーズと赤子を殺しておいてよくいう」


サン「・・っ、それはお母さまがやったという証拠はありませんわ」


イチ「まあ、いい。お前はセルゲイとつるんでセイレーンの娘を探していると思っていたがな」


サン「なんでそれを?!・・・あ、あの、それもお母さまが・・・。お父さまの隠し子か、そうでなかったらブーニン侯爵が監禁していたセイレーンの娘を養女にしたんじゃないかって、そう仰って・・・」


イチ「想像力豊かで感心する(皮肉たっぷりに)」


サン「お母さまは最近コズイレフ帝国の皇帝と仲が良くて・・・」


イチ「ほう・・?」


サン「帝国は貴重なセイレーンの純血種をブーニン侯爵に渡したのに逃げられてしまって・・。ずっと行方を追っているらしいのです」


イチ「それは知らなかったな」


サン「叔父様は・・その・・セリーヌ義叔母様おばさまのことがあるからセイレーンを匿っているんじゃないかって、お母さまは仰って・・。帝国もそう疑っているって」


イチ「それでブーニン元侯爵と連絡を取ったのか?」


サン「そう・・です。そしたらブーニン侯爵もその娘を探してるって聞いて、じゃあ一緒にって・・」


イチ「そもそもどうやってこの国に入った。お前は入れないように結界を張っている。ブーニン元侯爵は隔離されていて連絡も取れないようになっているはずだ」


サン「お母さまは最近新しい魔術師を雇ったんです。魔人族や獣人族も操れるほど強い魔術師で・・・。その魔術師が結界を解いてブーニン侯爵とも連絡を取ってくれました」


イチ「(凄みのある笑みを浮かべて)ほぉ、魔術師・・・相変わらずエラは無駄に忙しくしているらしいな・・・」


サン「お母さまは社交的なので、いつも誰かと会ったり手紙を書いたりしておられますわ」


イチ「コズイレフ帝国と仲良くしている理由は若返りか?セイレーンの男児でも探しているのか?」


サン「お、お母さまはそんな回りくどいやり方をしなくてもセイレーンの力を使えば簡単に若返る方法があるって・・」


イチ「そんな話はセリーヌからも聞いたことないな」


サン「そ、それはコズイレフ帝国にあるセイレーンの村に伝わる力だそうで・・。だからセイレーンの村のことをお母さまはずっと探しているんですけど、帝国は絶対に秘密を明かそうとしないって怒っていらっしゃいましたわ。だからセイレーンの娘を引き渡せばセイレーンの村の情報を代わりに引き出せるかもしれないって・・・」


イチ「魔人族や獣人族も利用するつもりか?」


サン「そ、そんなの私には分かりません!それよりも、そのリオとかいう娘に会わせて下さい。私はお母さまの正式な命令を受けてここに来たのですよ」


イチ「・・・さっきからそこにいる」


サン「え・・・?どこに・・?」


(サン―2役)「初めまして。リオと申します(会釈)」


サン「え、あんたが?!あんた侍女じゃないの?」


イチ「リオは孤児だったんだ。苦学生でな。ずっと医学の勉強をしていたが、くだらない身分差別が蔓延しているこの世界では努力がなかなか実らずにいた。医学校で見かけた時に、才能ある女性を助けたいと思って、セリーヌと相談して養女にすることに決めた。残念ながらエラの予想はどちらも外れだ」


サン「だって・・こんな年増の・・・」


イチ「お前は世の中の大多数の女性を敵に回したな」


サン「いや・・・だって・・もう四十歳は過ぎているでしょう?なんでわざわざ養女に?」


イチ「言っただろう。彼女には十分な医学の知識と能力があったのに身分差別のせいで認められなかったんだ。養女にすることで、俺は彼女の後ろ盾となった。今まで身分差を理由に治療も許されなかったんだが、公爵家令嬢には文句をつけられまい。見事に国家療法士の試験に合格し、今ではシモン公爵領の療法所で患者の治療にあたっている」


サン「そ、そんな話信じられる訳ないでしょう?」


イチ「なぜだ?」


サン「だって・・そんな非常識な・・お母さまが言ってたように誰かを隠してるんでしょう?!」


イチ「誰も隠しちゃいない。疑うなら探してみたらどうだ?」


サン「言われなくても!」



***



「そうして、エレオノーラはこの屋敷の隅々まで見て回りました。使用人部屋まで全て開けさせたそうです」


イチが最後の言葉で締めるとその場にいた全員は惜しみない拍手喝采を捧げた。今度は全員がスタンディングオベーションだ。それを受けてイチとサンが優雅に礼をする。


(すごいな。会話の一つ一つの細かいニュアンスまで全部覚えているんだ・・・。影おそるべし)


リュシアンは疲れた様子でセリーヌの肩を抱く。セリーヌがリュシアンの頭を撫でると嬉しそうにセリーヌに抱きついた。


「まあ、多少の情報は引き出せたことだし、全くの無駄ではなかったか」


レオンが呟くとリュシアンが頷いた。


「ああ、エラがまた何か企んでいること、帝国とつながっていることが分かっただけでも良しとしよう。魔術師を雇ったというのも気になるところだ。魔人と獣人を操れるほどの魔術師なんて本当にいるのか?ハッタリかもしれないが早急にその魔術師のことを調べさせよう」


「あ、あの、エレオノーラ様は、養女はセイレーンではないということで納得されたんでしょうか?」


恐る恐るリオが尋ねるとリュシアンとセリーヌは顔を見合わせて首を振った。


「養女に関しては完全に信じたわけではないと思う。ただ、療法所で治療しているリオがセイレーンの少女ではありえないことは信じただろうな」


リュシアンの言葉にリオの期待が高まる。


「じゃあ、私は療法所に戻っても大丈夫ですか?」


セリーヌも頷いた。


「敵が一度チェックしたところだから、逆に安全な場所かもしれないわ」


『良かった~』と胸を撫でおろす。


「でも、念のため今週中はここにいて欲しい」


「はい」と素直に頷いた。


リュシアンは嬉しそうに


「昨日、看護師と保育士の国家資格の認可も受けたから、リオはベビーシッターの研修を始めたらいい」


と勧める。


(うわ、準備がまだ終わっていない!?)


慌てるリオを宥めるようにセリーヌがリオの背中をさすった。


「焦らなくても大丈夫よ。ベビーシッター研修は五日間って言っていたわよね?でも、五日連続じゃなくてもいいんでしょう?今週の後半に公爵邸で二日間研修をして、残りの三日間は療法所に戻ってから研修することにしたら?それなら準備の時間ができるんじゃない?」


セリーヌの言葉を聞いてようやく落ち着いた。確かにそうだ。ふぅっと息をつくとセリーヌが優しく頭を撫でてくれる。


「ありがとうございます。そうですね。お母さまの言う通りにします」


セリーヌはまばゆい笑顔を見せた。


「良かった!じゃあ、ベビーシッター研修の日は孤児院の子供たち全員を公爵邸に招待しましょう。アベルにも久しぶりに会いたいわ」


(おお、それは良い考えだ。私もアベルや他の子たちに会いたい!)


セリーヌは「早速手配するわね」といそいそと立ち上がる。


ああ、良かった~と安心した瞬間リオのお腹がぐぐぅ―――っと鳴った。


サンがニヤニヤしながらリオを見ている。


あぁ、恥ずかしい・・・と俯いていたらレオンが笑いながらリオを抱き上げた。


「夕食が楽しみだな」


と言いながら食堂に連れて行かれる。


「一人で歩けます!」と抗議したが、レオンは完全無視。


(うぅ、恥ずかしい・・・)


しかし、みんなで食べた夕食はとても美味しかった。


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