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イチとサンの報告

その日の夜遅くに、リュシアンとレオンは疲労困憊して帰ってきた。


時を同じくしてイチとサンも療法所から帰邸する。二人は同じような四十代女性の姿をしている。リュシアンたちに比べるとイチとサンは元気そうだ。


全員が話し合いの場につくとリュシアンがイチとサンに声を掛ける。


「療法所はどうだった?」


イチは静かに報告を始めた。


「怪しい人物が療法所の周囲を嗅ぎまわり始めたのは、一昨日つまり七月七日の朝からです。レオン様とリオ様がお出かけになった後、見知らぬ男たちが周囲の住民にリオ様に関する質問を開始しました」


リュシアンが腕を組んでうなる。


「ただ、周囲の住民たちにリオ様は大変慕われております。何か危ういものを感じたのでしょう。住民はろくに質問に答えず逃げ出すように離れていきました」


イチは冷静に報告を続ける。


「昼前にエミリー様が療法所に来られました。私がサンの振りをして対応したところ、怪しい男にリオ様のことを聞かれて心配して来たとのことでした」


(エミリー・・・ゔぅ、泣きそうだ。ありがとう)


「これは事後報告で申し訳ありません。私の判断で、一部事情をエミリー様にお話しました。セイレーン云々の話は勿論しませんでしたが、リオ様がむかし誘拐されたことがあり、今でも悪者たちが狙っているということです。エミリー様は大変心配されて、何か出来ることがないか聞かれました」


リュシアンは頷いて「良くやった。住民を味方にするのは得策だ」とイチを褒めた。


イチは特に喜ぶでもなく無表情で続ける。


「リュシアン様は意図的にリオ様の年齢や容姿についてエレオノーラに伝えなかったと仰っていましたが、その理解で正しいでしょうか?」


「そうだ。奴らには何の情報も伝えていない。リオという名前すら教えていなかった」とリュシアンは頷く。


「セイレーンの一番の特徴はその若さです。敵がリオ様をセイレーンと確認したいのであれば、おそらく年齢が大きなカギになると思いました。髪の色や目の色は変えられますからね」


「なるほど」


レオンも感心したようにうなる。


「そういったことも踏まえてサンには四十代の女性の恰好をしてもらっていました。何かあった時に意図的にリオ様の年齢を混乱させることが出来るかもしれないと思ったからです。もちろん、開所式に参加した住民は全員本物のリオ様を知っています」


(開所式か・・思い出すだけで、ずーんと落ち込むけどね・・・)


暗い顔のリオを見て、ちょっと焦ったのかイチは咳払いをして続ける。


「また当然ですが患者も本物のリオ様を知っています。しかし、エミリー様はリオ様を知っていそうな周辺住民に手を回して、本物のリオ様の年齢や容姿を言わないよう伝えると約束してくれました。リオ先生を慕う近隣住民のネットワークがあるそうです。もし訊かれたら、わざと四十代女性の受付嬢の特徴をリオ様として伝えると。また、自警団の方にも手を回してくれると言ってくれました」


(おお、自警団も!)


リオがレオンの方を見ると、彼は嬉しそうに頷いた。


「毎日診療所を開けるのはサンです。サンは朝通りかかる住民にもよく挨拶をしていました。患者として来たことがなく、また開所式にも来なかった住民であれば、サンをリオ様と勘違いしてもおかしくありません。元々若い女性が簡単に合格する試験ではありませんから」


リュシアンとレオンは少し顔色が良くなったようだ。


「レオン様が作った自警団も大変なやる気を見せてくれました。特にリオ様が悪者に狙われていると知った時の若者たちの反応は尋常ならざるものがありました。中には号泣してリオ先生を守るのが我々の使命だと叫ぶ者までおりました」


レオンが複雑そうに俯いて首の後ろを擦っている。


「ですので、自警団は一昨日、昨日と本日、数名ずつのグループに分かれて周辺を警備しています。特に住民に話しかけようとする者がいたら呼び止めて、何者なのか、質問の目的は何かと問い詰めました。また、自警団はシモン公爵家公式のものなのでリュシアン様に報告義務があると告げると彼らは慌てて逃げ出していったそうです。ちなみに公爵家公式というのは私が勝手に自警団に使用許可を出したものですが宜しかったでしょうか?」


リュシアンは腕を組んで「構わん。よくやった」と褒めた。


「それでも質問された住民、もしくは敢えて質問に答えた住民はいたようです。私が調べたところ全員リオ様のことを四十代の美しい洗練された女性だと答えたそうです。髪と目の色は茶色と答えたそうですが、変装姿のサンの髪と目の色ですし、これは問題ないと思います」


リュシアンとレオンは安堵したようにはぁ―――っと息を吐いた。


「イチ、サン、よくやった。これ以上は期待できないくらいの成果だ」


イチは更に続ける。


「そして、今朝方エレオノーラとセルゲイが療法所の周囲に現れ、休診の張り紙を見て揉め始めました。私たちが聞いた会話をサンと二人で再現します。私がセルゲイ、サンがエレオノーラです」



***



サン「今週は休診ですって?!あんた、リオとかいう女を見ればすぐにフィオナかどうか分かるって偉そうに言ってたくせに!休診日も調べていなかったわけ!?」


イチ「密偵の報告だとリオという公爵家の養女は四十代のおばさんだそうだ。ガセネタを持ってきたのはそっちだろう」


サン「何を失礼なことを言っているのよ。実際に見てみないとわかんないじゃない。診療所が開くまで待つわよ!」


イチ「今週いっぱい休診だと書いてある。私はそんなに長くミハイル様のそばから離れられない。王家にも知られてしまう。でも、もう十分だ。密偵の調査報告を聞いた。四十代の美女。茶色の髪と茶色の瞳。治療の腕は確かで患者からの信頼も厚い。国家療法士だから当然だろうがな。しかも新しい疾患と治療法を発見したそうだ。あの小娘にそんなこと出来るはずがない」


サン「だから何よ。それがセイレーンじゃない証拠になるの?!」


イチ「あんたはバカか?セイレーンは年を取らないんだ。四十代に見える純血種のセイレーンが存在するはずがないだろう。しかも、我々が探しているフィオナはまだ十五歳だ。どうやったら四十歳と間違えられる?やっぱりフィオナは王宮で匿われているんだ。リスクを冒してこんなところまで来て、全くの無駄足だ」


サン「きぃ―――!何よバカにして!」



***



「その後エレオノーラがセルゲイに飛び掛かり、顔に引っかき傷をつけた後、彼の髪の毛をむしり取りました」


リオたちはイチとサンの迫真に満ちた会話の再現に、全員で盛大な拍手を送った。リュシアンは感動のあまりスタンディングオベーションを捧げている。


リオはエレオノーラの話し方は知らないが、執事のセルゲイは良く覚えている。


(声も話し方もそっくりだった。このクオリティ。影ってスゲ――――!)


リオも惜しみなく拍手喝采を送った。


イチとサンは冷静に拍手に答えて、お辞儀をする。


そしてイチは何事もなかったかのように話を続けた。


「おそらくエレオノーラの次の動きはこの公爵邸にやってくることでしょう」


『えっ!』と驚くが、リオ以外誰も驚いていない。


(そういえば、全然関係ない話だけど、イチはエレオノーラに敬称の『様』を付けていないのね。どれだけ彼女が公爵家で嫌われているかが分かるわ)


リュシアンが頷いた。


「間違いない。エレオノーラは絶対にこの屋敷にやってきてリオに会わせろと言うだろう」


リオ以外の全員がうんうんと頷く。


(そ、そうなんだ・・・)


「・・明日かな?」とリュシアンが聞くとイチが「おそらく」と答える。


「セルゲイはミハイルのところへ戻るだろうから、エレオノーラは一人で来るだろうな。まあ、セルゲイはここに顔は出せまいが」


イチはサンと目を合わせて結論づけた。


「明日エレオノーラが来た時に、サンがいつもの恰好をして対応します。リオ様として紹介して下さい。医学の才能がありながら不遇だったリオ様を養女として引き取り、国家療法士として働いてもらうことになったと説明すれば一応筋は通るでしょう」


リュシアンとレオンはその結論に満足したようだった。


「お前たちは公爵家の宝だ。よくやった。明日も頼む。今日はゆっくり休め」


二人は黙って頭を下げると部屋から出ていった。


リュシアンはレオンを見て肩に手を乗せる。


「お前はこの屋敷の秘密の間を知っているな?」

「ああ」

「明日は一日そこにリオと二人で隠れていてくれ。絶対に何があっても出てくるな。いいな、絶対だ!」


リュシアンの目は真剣そのものだ。リオにも同じ目を向ける。


「リオも頼む。絶対に明日はエレオノーラに見つかってはいけないんだ」

「分かりました。ね、レオン様」

「ああ」


疲れた顔に微笑みを浮かべて、レオンがリオの頭を撫でた。


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