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日記

翌日の朝早くリュシアンとレオンは連れ立って王宮に転移していった。


セリーヌは「何かすることがないと落ち着かないでしょ?」とリオにベビーシッター研修のカリキュラム内容を詰めるように命じた。


もうダメになるかもしれないし、とちょっと拗ねた気持ちで俯くとセリーヌは苦笑いしながらリオの手を握った。


「あのね、おそらく今日保育士と看護師の資格要件が認可されると思うの」


「今日?」


「リュシアンがその予定だって言っていたわ。今週、療法所で診療はできないけど、もし認可が下りたらこの屋敷でベビーシッター研修を行えるかもしれないじゃない?」


「え!?ここで?いいんですか?」


「あの孤児院とのお付き合いは長くてね。以前何度か子供たちを招待したこともあるのよ。もちろん警備上の理由があるから、全部開放という訳にはいかないけど。例えば、リュシアンが人を呼んで会議を行う時の会議室を使っても構わないわ。座学の研修が終われば、今度は実地研修ということで希望している家庭にベビーシッターとして派遣されることになるんでしょう?」


(そうか、座学は別に療法所じゃなくてもできる。あ、教材や教案を作っていたんだけど、療法所に置いてきちゃった・・)


「マルセルが今から療法所に行くから必要なものがあったら取ってきてもらいなさい」


セリーヌは相変わらず人の考えを読むのが上手い。


「ありがとうございます!大体の案は出来ているんですが、詳細がまだ固まっていなくて・・」


慌てて脳みそをフル回転させると、エネルギーが湧いてきた。セリーヌの顔を見ると『してやったり』という表情だ。


「ね、だから落ち込んでいるよりは、やることがあった方がいいでしょ?」



***



マルセルにお願いすると、すぐに療法所の本棚から必要な資料を持ってきてくれた。


「リオ様、それで合ってますか?言われた棚にあったものは全部持ってきたんですが・・」

「うん、完璧!ありがとう。マルセル!」


しばらく資料と格闘しながらカリキュラムを決めていく。五日間のフルの座学研修が要件なので五日間でこの内容を分けると・・・・。


夢中になって作業していると時間を忘れてしまった。


かすかなノックの音がして我に返る。返事をするとアニーが遠慮がちに顔を出した。


「そろそろ昼食のお時間ですけど、奥様と召し上がりますか?」

「あ、はい。お願いします。今片付けたら下に降りていきますね。ありがとう」


というとアニーはにっこり笑って扉を閉めた。


(はぁ~。やっぱりやることがあった方がいいわね。ヒマだと悪いことばかり考えてしまう)


資料を片付けていたら、見覚えのある古い日記帳が出てきた。


(本棚に混じっていたんだ。懐かしい・・・。侯爵に監禁されていた時に日本語で書いていた日記帳だ。逃げる時は置いていくしかなかったけど、後でレオン様が回収してくれたんだった)


まさかこんな風に生活できるようになるとはあの頃は思わなかったな、としんみりした気持ちになる。


(あの頃に比べたら『療法所に帰れないかも』なんて悩みはちっぽけだ。人間慣れるとどんどん贅沢になるのかもしれない。反省しよう。初心忘れるべからずだ)


パラパラと日記帳をめくっていく。


(初めて乗馬した日。懐かしい。ハンスやメイスは元気かな?)


夢の話が多い。あの頃はイベントがあまりなかったから夢くらいしか書くことがない日もあった。


『どんな夢をみていたっけなぁ・・』とページをめくっていると、思いがけない名前を見つけてしまった。驚きでリオの顔が強張る。


(え!?どういうこと?偶然・・・ってことはあり得るのかしら?)


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手術後、ロッカールームで着替えていると仲の良い看護師の川島さんが入ってきた。


「平石先生、お疲れ様です。・・・大丈夫ですか?顔色ひどいですよ」


正直辛い手術だったし最近寝不足で疲れているんだろう。


「・・うん、ちょっと疲れたかも」


川島さんは自分のロッカーを開けながら、心配そうに私を見た。手術のことを知っているようだ。


「患者さん・・お気の毒でしたね・・」


私は黙って頷いて着替えを続ける。川島さんは場の雰囲気を変えるように明るい声を出した。


「そういえば、先生。たまにラノベも読むって言ってましたよね?最近、復刻版で出たラノベがすっごい面白いんですよ」


「そうなの?どんな本?」


それほど興味はなかったが、川島さんの気遣いを感じて彼女の話に耳を傾けた。


「1980年代の小説の復刻版なんですよ。昔は青春小説って呼んでたみたいですけど。今読んでも面白くって。『永遠とわの女神』っていうんですけど、私の推しキャラが最高なんです」


「カッコいいのね?」


「そうなんですよ~!クリストフ・シュナイダー伯爵っていうんですけどね。普段素っ気ないのに急に甘くなったり、たまらん感じです~」


「ツンデレっていうんだっけ?」


「うーん、ツンデレっていうほどじゃないんですけど、でも普段無口で何も言わないキャラが急に甘々で口説きだしたら萌えますよ~」


「作者の実体験から書いているのかしらね?そういうのって」


ラノベだけでなく普通の小説でも恋愛の場面を読むたびに「こんなこと現実にあるのかしら?」と思っていた。


「それが作者はちょっと電波で~。確か叔母さん・・・だったかな?作者の叔母さんが別の世界・・・えっと、なんていうんだっけ?あ、そうそう、異世界に行ったらしくて。しかも、異世界にいる叔母さんから手紙がきたんで、その内容を小説に書いたんですって。信じられます?」


「へぇ~。異世界ねえ。信じられないわね。やっぱり話題作りじゃないの?昔、宇宙から来たっていうアイドルもいたくらいだし」


と言っている最中にハッと目が覚めた。

                                         

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永遠とわの女神」という青春小説。クリストフ・シュナイダー伯爵。作者の叔母が異世界に行った。


クリストフ・シュナイダー伯爵はコズイレフ帝国に大使として赴任していて、クーデタの時に皇女エデルガルドを救出して亡命させた。


(やっぱり日本に住んでいた誰か―この作者の叔母さん―が、昔この世界に来たことがあるんだ!)


その人が後に賢妃と呼ばれて、度量衡を作ったり七夕を広めたりしたんだろうか?


(あぁ。その小説を読んでおけば何か役に立ったかもしれないのに!)


何故あの時その本を読んでおかなかったのかと悔やむリオだが、今さら後悔しても仕方がない。レオンにも後で報告しよう、と急いで片づけを済ませると足早に部屋を出ていった。


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