表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/136

ポワティエ

レオンはスケジュールの調整を試みているようだが、リュシアンが想像を絶するほど忙しく賢妃に関連する話し合いの目途はまだついていない。


リオたちも日常の診療に忙殺されている。レオンはリオより遥かに過酷なスケジュールなのに軽々とこなしているように見えて少し嫉妬してしまう。


保育士と看護師の資格要件は最終化し、あとは王宮でトリスタン国王の裁可を待つだけになった。認可が下りたら孤児院の六人の少女たちの訓練を開始し、ベビーシッター実習生として希望する家庭に派遣する予定だ。


エミリーからは六世帯の家族が首を長くしてベビーシッター実習生を待っていると伝言があった。


(うん、取りあえず順調だ)


そうこうしている内に七月七日になった。レオンと誕生日デートの日だ!


**


リオとアニーは朝から何を着ていくか喧々諤々の話し合いとなった。


まず、目立ってはいけないので庶民的なもの。しかし、折角の誕生日デートだ。できたら可愛らしい姿をレオンに見せたい。


(こんな我儘な要求があるだろうか?)


アニーは庶民のオシャレ着をいくつも用意してくれた。


リオは茶色の鬘に茶色の瞳なので、それに合うような色がいいということで合意した。また、レオンの瞳の色に合わせて、まさか金は無理だけど派手でない黄色の系統はどうだろうということで落ち着いた。


ああでもないこうでもないと服を合わせた結果、襟の切り替えしが片方にだけ付いているチャイナドレス風の淡い黄色のワンピースに決まった。襟の切り替えしのところに黒で刺繍が入っていて、レオンの黒髪を示唆している。


半袖のチャイナドレス風なので少し体の線は見えるけど、スリットは入っていないし、裾がヒラヒラとした素材で膝下まであるので、露出は少ない。大丈夫だろう。


鬘はアニーが高く結い上げてくれて、そこに金色の細い三角形のような髪飾りを付けてくれる。シンプルだけど上品なデザインだ。


鏡で自分の姿を確認すると、アニーは絶賛してくれた。


(うん、確かにいつもよりちょっと可愛い感じがする。いや、自分で言うなって突っ込みたくなるけど・・)


リオはアニーに心からお礼を言った。しかも日曜日なのに来てもらったから、後でリュシアンに休日手当を申請しよう。


アニーはニコニコ笑って胸をどんと叩く。


「私以外にリオ様のお支度は任せられませんよ」

「本当にありがとうね。アニーがいなかったら、私どうしていいか分からなくてウロウロしているだけだったわ」


アニーは得意げに「へへっ」と笑うと「お邪魔虫は失礼しますね」と言って公爵邸に戻っていった。


アニーを見送った後、階下に降りていくとちょうどレオンが診療室から出てきたところだった。出かける前に片付けないといけない仕事があると自分の診療室に籠っていたのだ。相変わらず忙しい。


レオンはリオを見て目を丸くした。その顔が真っ赤に紅潮して首の後ろをしきりに右手で擦る。


(恥ずかしいな・・・。私まで照れくさくなってしまうよ)


レオンはリオをそっと抱きしめて耳元で「可愛すぎてこのままベッドに連れて行きたいくらいだ」と囁いた。


(うぅ、ゾクッとする低音イケボめ)


「私はレオン様とお出かけできるのを楽しみにしていたんですよ」


というとレオンは子供みたいな笑顔を見せて


「私もだ」


とギュッとリオを抱きしめた。


「リオ、じゃあもう支度はできたんだね?」


リオが頷くとレオンが手を差し出した。


リオがその手を取るとレオンが嬉しそうに恋人繋ぎで歩きだす。


(手をつないでお出かけなんて、若い頃に憧れてたデートみたいだ)


鼻歌でも口ずさみたい気分で、外へ向かう扉を開けるとシモン公爵家の紋章が入った馬車が待っていた。


(・・・確かにポワティエまで徒歩は無理だよね。うん、何故二人で歩いて行けると思ったんだろう?)


馬車の扉が開いてサンとマルセルが顔を出す。


「あ、おはよう!」


というとサンが嫌そうな顔をした。ちなみに今日も女装だ。


「お邪魔虫で悪かったわね。そんながっかりした顔することなくない?いっつもイチャイチャしてるのに、まだ二人きりになりたいの?あー、やらしー」


(な、なに言ってんの!?マルセルが困った顔してるじゃん!)


リオは顔を真っ赤にしながらサンに人差し指を突きつけた。


「がっかりなんかしてないし!やらしくもないし!いつもイチャイチャは・・・ちょっとくらいはしてるかもしれないけど・・・」


声が小さくなるのを止めることができない。


サンは勝ち誇ったような顔をしている。レオンは仕方ないなというように苦笑いをしながら肩をすくめた。


「サン、それくらいにしてやってくれ。リオはあまり外に出かけられないんだ。それに私も二人きりになりたい。お邪魔虫の自覚を持って離れたところから警護するように」

「うわぁ、無茶ぶりきた―――」


とサンが呟いた。



*****



それでも馬車の中は終始和やかな雰囲気だった。リオが窓からの景色に歓声をあげると、レオン、サン、マルセルまでもが喜々として解説してくれる。賑やかで楽しい。


ポワティエに着くと人の多さに圧倒された。渋谷のスクランブル交差点並みだ。色んな方向に人が進むから、人混みを歩きなれていないリオはすぐに違う方向に流されていってしまう。


レオンがしっかり手を繋いで軌道修正してくれるが、サンに「抱っこしてもらった方がよくね?」と揶揄われる。


人混みで離れてしまうと警備ができないというマルセルとサンに、レオンもしぶしぶ一緒に行動することを同意した。


それでも多種多様な屋台で色々つまみながら、大道芸人のすごい技を見ているとお祭りにきたんだぁと気分が高揚する。


可愛い小物や髪飾りも沢山売っていて、レオンがしきりに買ってくれようとする。リオが「今日はレオン様の誕生日ですから」と全て断っていると、レオンが寂しそうに


「好きな子に買ってあげたいという気持ちは汲んでくれないのかい?」


と呟き、捨てられた子犬の目でリオを見つめた。


サンも「何わけわかんない意地はってんの?」と言うし、マルセルにすら「レオン様のためだと思って」と説得された。


結局ペアのマグカップと黄色い花のついた髪飾りを買ってもらった。真ん中に金色のミツバチを模した飾りがついていて、レオンの瞳を思い出す。レオンが嬉しそうにリオの髪に飾りをつけた。


「良く似合うよ」と蕩けるような笑顔で囁くレオン。糖分がダダ洩れである。


色々なお店を回り、たくさん買い食いもした。食べ歩きなんて日本にいた頃以来だ。リオの発言にサンが突っ込んで、マルセルとレオンが笑う。最後はみんなで意味もなく笑ってしまう、こんな楽しい時間が永遠に続けばいいのにと心から願った。


マーケットで存分に楽しんだ後、願いごとを叶える木のところに移動する。みんなコソコソと願いごとを紙に書いて木にくくりつけた。


(私の願いは内緒。でも、人の願いごとは気になる・・・)


ちらっとサンの願いごとを覗いたらものすごい目で睨まれて「しっしっ」と追い払われた。


木に願いごとをつけ終わったレオンに


「私ばっかり楽しんじゃってごめんなさい。レオン様の誕生日だったのに・・・」


と謝ると、レオンは首を振ってリオの手を取る。


「私も楽しかったよ。リオの嬉しそうな笑顔が何よりの贈り物だ。ありがとう。また来年も一緒に来よう」

「はい!今からもう楽しみです」


サンとマルセルは生温かい目で見守ってくれている。



**



(あぁ、今日一日満喫したなぁ!)


と背伸びをしたところで、不意にレオンに口を塞がれて路地裏に連れ込まれた。マルセルとサンも臨戦態勢で一緒に隠れる。


(何事だ!?)


と思ったら、目の前を見覚えのある男性と黒髪の綺麗な女性が通りかかった。


(あれは・・・・まさか・・・?!)


しばらく誰も何も言わなかった。


二人が通り過ぎた後も、たっぷり五分間はそのまま動かなかったと思う。


ようやく安全だと確認できたのだろう。サンが合図をして、レオンはリオの口から手を離した。


「あ、あれはブーニン元侯爵の執事の・・・」


リオはそう言いながら体の震えが止まらなかった。


「そうだ。ミハイルの執事セルゲイと・・・エレオノーラだ」


レオンの発言に一瞬頭が混乱する。


「・・え、でもエレオノーラ様って・・フォンテーヌ王国は出禁って・・?執事の人も侯爵と一緒に幽閉されているんじゃないんですか?」

「そのはずだ。まさか奴らが手を組めるとは思わなかった」


レオンは悔しそうに顔をしかめた。額に汗が浮かんでいて、レオンがこれほど動揺するのは珍しい。


レオンはサンとマルセルに


「馬車をこの近くに寄こしてくれ。今夜は療法所へは戻らない方がいい。このままリュシアンのところへ行く」


と指示すると二人はすぐに頷いて、サンが素早く駆けていった。



*****



その日の夕方、シモン公爵邸に到着するとレオンはリュシアンとセリーヌと共に執務室に籠った。


リオはマルセルに護衛されて自分の部屋に向かう。公爵邸にもちゃんとリオ専用の部屋があるのだ。


部屋でリラックスできる服に着替えるとアニーがティーワゴンを押しながら入ってきた。リオは思わずアニーに抱きついてしまう。


アニーはそっと背中をさすりながら


「何かありましたか?」


と優しく尋ねた。


何を話して良いのか判断がつかないので「お母さまが来たら話すね」と返事した。


お茶を飲みながらアニー相手に世間話をしているとレオンとセリーヌが入ってくる。新しいお茶を淹れた後、アニーは出ていこうとするがセリーヌが引き留めた。


「アニーにも聞いてもらった方が良いわ。今後の療法所にも関係することだから」


アニーが再度ソファに腰を掛けたところでリュシアンが登場した。明らかに怒りモードで、不機嫌さを全身にまとっている。


どっかりとソファに座るとアニーがすぐにお茶を出す。アニーにお礼を言いつつ、一口お茶を飲むとリュシアンは話し始めた。


「どうやって結界を抜けたのかは分からんが、ポワティエにエレオノーラが現れた。ご丁寧にミハイルの執事セルゲイまで一緒だ」


はぁっと大きな溜息をつく。


「おそらく狙いはリオだと思う」


(えぇっ。私なの?!)


「エレオノーラは最近養女にした娘は誰だとしつこい。適当に返事していたんだが、我慢しきれなくなってやってきたんだろう。何故セルゲイと一緒なのかは全く分からない。ミハイルと一緒に幽閉されているはずだ。国の監視体制がどうなっているのかちゃんと調べろと明日トリスタンに掛け合うつもりだ」


エレオノーラの名前を聞いた時からアニーの顔色が悪い。ちょっと手も震えている。アニーはアンドレが毒を盛られて、エレオノーラに居座られていた時期も侍女だったはずだから、良い思い出はないのかもしれない。


セリーヌの顔色も良くない。


「ミハイルがリオを諦めないだろうというのは予想していたわ。でも、リオは王宮深くに匿われていると信じているのではないかしら?」


(そうだ、髪の毛に付けられた追跡子を使って・・・私の髪の毛は王宮にあるはず。どうしてこの近くにいると分かったんだろう?)


「エレオノーラが何らかの情報をミハイル側に提供したのかもしれない。シモン公爵が最近養女にした娘はセイレーンかもしれませんよ、とか。相変わらず余計なことにだけ行動力がある!」


リュシアンの怒りは激しい。


「とりあえずイチとサンに療法所の様子を探ってくるよう命じた。今夜中に何か分かるかもしれない。今週いっぱい休診と入口に張り紙を貼っておけとも指示した。とりあえず安全が確保されるまで二人ともここにいるように」


リオとレオンは神妙に頷く。


(一体何が起こっているんだろう?シュヴァルツ大公国の貴族であるエレオノーラとフォンテーヌ王国で幽閉中のブーニン・ゲス元侯爵に何かつながりがあるとは思えないんだけど・・・)


レオンが口を開くと、全員が一斉にレオンの方向を見る。


「コズイレフ帝国が仲介したのかもしれない。ミハイルは元々帝国と近しい。エラはここ二十年ほどずっと若返りの方法を探している。セイレーンの純血種の男性がいないかどうか帝国に問い合わせても不思議はない。エレオノーラはいつでもエラの意のままに操られて行動するから、今回も利用されているのかもな・・」


セリーヌも同意する。


「帝国だってせっかくのセイレーンの純血種をそう簡単にあきらめないわ。王宮にいると見せかけた工作をしたけど、シモン公爵の養女になったリオが、セイレーン純血種のフィオナかもしれないというのを確かめたいわよね。きっと」


リュシアンは疲れたように溜息をついた。


「ああ、療法所で働いている公爵家の養女がどんな娘か確かめにきた、というところだろうな・・・。患者や領民にも聞いて回るだろうから隠し通すのは難しいかもしれない」


(私は二度と療法所には戻れないのかしら・・?これから楽しみにしていた計画はどうなるんだろう?エミリーにもアメリにももう会えないのかな?アベルだっているのに・・。ベビーシッター計画は?)


胃の中がひっくり返りそうなくらい吐き気がしてリオは心底落ち込んでしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ