願い
その日の夜は賢妃について考えすぎてきっと眠れないだろうと思っていたら、レオンの腕の中であっという間に爆睡してしまったらしい。気がついたら朝だった。
(相変わらず図太いわ、私。はは・・・ま、いっか)
ベッドの中でグズグズと温もりを楽しんでいると
「おはよう。目が覚めたかい?」
レオンがティーワゴンを押しながら寝室に入って来た。
レオンは嬉しそうに、リオがベッドで身を起こすのを支えながら背中にクッションを挟む。何かと甲斐甲斐しい。そして可愛いベッドトレイをセットして、お茶を淹れてくれた。
(こんな風に甘やかされたら、私はズルズルとダメ人間になってしまう気がする・・。でも紅茶、美味しいなぁ)
濃い目のミルクティーを飲むと頭がすっきりと覚醒した。
「それで七月七日はポワティエに行くだろう?私の誕生日プレゼントとして?」
レオンは軽くベッドに腰かけてリオの頭を撫でる。
(あ、そうだ。最初はそういう話をしていたんだった)
「はい、もちろんです。楽しみにしています!」
元気よく言うとレオンは嬉しそうにリオの頭にキスをした。
「日本でも同じお祭りがあったって言っていたね?」
「はい。子供の頃は学校で笹に飾り付けるのが楽しみで」
「笹?」
「あ、ここでは見ないですね。そういう種類の植物があって、そこに願い事を飾り付けていたんです」
「リオはどんな願い事を書いたの?」
「うーん、毎年違っていましたね。友達ができますようにとか、医学部に入れますようにとか・・・。でも、医者になってからはずっと『世界中の人々が健康でありますように』って願っていました」
「医師の鑑だね。参ったな。欲というものがないのかい?」
レオンが笑う。リオもクスクス笑ってしまった。
「嘘っぽいかもしれないけど、本当にそう思っていたんですよ。今でもそう思います。やっぱり健康って大切じゃないですか?」
「そうだな」と言いながらレオンが頬にキスしてくれる。ああ、すっかり甘やかされてしまったなぁ、と痛感した。
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その後のレオンとの話し合いで、リュシアンとセリーヌに秘密を明かすことを再確認し、セリーヌにも賢妃のことを尋ねてみることになった。歴史に記されている賢妃の名前はナオミという。日本出身でもおかしくない名前だ。この世界と日本との繋がりが分かれば、何故リオがこの世界に来たのかも判明するかもしれない。
レオンは、立ち聞きは良くないとすぐに医務室を離れたそうで、話の続きは分からないという。別な世界から来た人物と帝国の歴史に関する話は、その後セリーヌからもリュシアンからも聞いたことがない。
レオンはリオの特殊能力についてもセリーヌの意見を聞きたいらしい。リオの医療魔法が特殊能力なのか自分では全く分からないが、レオンが報告した方がいいというなら、拒否する理由はない。黙って頷いた。
かなり長い話し合いになりそうだ。
しかし、セリーヌから異世界や賢妃と呼ばれたナオミの話が聞けるかもしれないと思うと、リオの胸は期待と不安で弾むのだった。