感謝
翌日からリオは普段の診療に戻った。レオンからは大事をとって数日休むように言われたけど、ピンピンしているしベッドでずっと寝ているのは性に合わない。
九時少し前に受付に行くと、サンが近づいてくる。
「昨日の女の子の両親がどうしても直接リオにお礼が言いたいって待ってるよ」
見覚えのあるごついお父さんと小柄なのに声がやたら大きかったお母さんが待合室で座っている。
会釈しながら近づくと二人とも直立不動で立ち上がり、直角以上の深いお辞儀をした。
「リオ先生!娘を救って下さって、本当に本当に本当にありがとうございました!」
「い、いえ、あの、どうか頭を上げて下さい。私は療法士ですから当然のことをしただけです。お嬢さんは大丈夫ですか?」
二人は頭を上げて、リオの顔を見た途端に号泣し始めた。
「・・・は・・はい、娘は無事です。今は妹が家で面倒を見てくれています。とにかくリオ先生に早くお礼が言いたくて・・・。治療のせいで魔力を使い果たして倒れたと伺いました。自分の身を犠牲にして娘を救って下さって・・本当にもう何とお礼を言ったら良いか・・・うぅっ」
お母さんはハンカチを目に押し当てて泣き伏した。
お父さんはさすがにそこまでではない。でも、拳を握りしめ、何かを決意したように全身を震わせてリオを見つめる。背後には炎が燃えている。どこかで見たことがあるこの風情・・・この情熱・・・アニーだ・・・・。
「俺は錠前屋なんです。危ない道具が沢山あるから作業場では気をつけてないといけないと思っていたのに・・ちょっと目を離した隙に娘が手を挟まれてしまって・・。レオン先生から聞きました。リオ先生は子供の危険な事故を防ぐために保育所を作る計画を立てておられると!なんという慧眼!なんといういたわりと愛情!」
お父さんの目から再び涙がボロボロとこぼれる。
「俺は決めました。レオン先生とリオ先生のためなら何でもやります。レオン先生が自警団を組織していると聞きました。俺も喜んで参加させてもらいます。先生方はこの街を良くするために努力して下さっている。俺も協力したい!」
お父さんが吠えた。お母さんはうんうんと頷きながらまだハンカチで目を拭っている。
(・・・ええと・・私は一体どうしたら良いのでしょうか?)
お母さんがリオの手を握って力強く宣言した。
「エミリーからベビーシッターのお話も聞きました。私たちも是非お願いしたいです。保育所ができたら、是非子供たちを入れたいと思います。あんな事故が二度と子供たちに起きないよう、大人が頑張らないと!」
「あ、あ、ありがとうございます。協力して頂けたら、あの、す、すごく嬉しいです」
リオがオドオドと拙いお礼を言うと、背後から落ち着いた低い声が聞こえた。
「そうだな。私からも礼を言う。自警団は人数も集まってきたんで、そろそろ訓練を始めようと思っているんだ。参加してもらえたら私も嬉しいよ」
肩に大きな手が置かれるのを感じてリオはホッとした。レオンが隣に立ってくれるだけで安心する。
「でも、もう診療が始まる時間なんだ。申し訳ない。患者が来る頃だから今日はこれで失礼するよ」
レオンが爽やかに告げる。お母さんが申し訳なさそうに
「そうですよね。すみません。つい夢中になって。それでは失礼します」
というと、二人は恥ずかしそうにそそくさと出て行った。扉を出る前にもう一度リオの方に深くお辞儀をする。
笑顔で手を振って見送った後、リオはふぅと息をついた。レオンを見上げると金色の瞳がからかうように私を見つめる。
「邪魔しない方が良かったかい?」
「いえ、来て下さって良かった・・・。何と言ったら良いか分からなくて。私は気の利いたことが言えないから」
「リオが困っているみたいだよってサンが呼びにきてくれたんだ」
(そうだったんだ。ありがとう、サン)
サンは受付からこっちを見てウインクした。ばっちり決まってる。
**
今朝は珍しく患者がいないなと思っていたら、レオンにちょっと話があると彼の診療室に連れていかれた。
レオンの診療室はリオのカントリー風診療室と違って、硬質でシンプルな雰囲気だ。機能重視というか無駄が全くない造りになっている。
「リオ、あの夫婦にはリオの治療について詳しくは言っていない。リオがつぶれた右手を何とか再生させて、手首に接着したとしか言っていないからね」
「・・・えーと、じゃあiPS細胞のことは言わない方が良いということですね」
夕べは寝る前にiPS細胞の話をした。リオが期待していたほどレオンは喜んでくれなくて、ちょっとがっかりしたんだ。レオンは上の空で、終始心配そうな顔をしていた。
「iPS細胞の話は正直とても興味がある。ただ、今私の中で最優先事項は君の安全なんだ。iPS細胞の魔法があれば、理論上人間が人間を作り出すことができるんじゃないかい?悪人ならいくらでも悪用する方法を思いつくだろう」
(う・・・確かに。そういえば、禁忌の技になるのかしら?)
「君が狙われる可能性をできるだけ少なくしたい。だから、人から聞かれたら、手首を再接着したと答えて欲しい。まず君の医療魔法は異常な特殊能力だと認識してくれないか?」
リオは素直に頷いた。ちょっとしゅんとしてしまう。
「はい。・・・心配ばかりかけてすみません」
レオンはリオの手を握りギュッと抱き寄せた。
「君は私の全てだ。君を守るためなら私は何でもする」
リオもレオンの背中に手を回してギュッと力を入れる。
そのまましばらくお互いの温もりを味わっていたら、遠慮がちにノックの音がして患者が来たことをサンに告げられた。
また、忙しい一日の始まりだ。




