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特殊能力

月曜日の朝、九時からの診療に備えて支度をしていると突然階下が騒々しくなった。「助けて!」という金切り声も聞こえる。


「急患だ!」


レオンと顔を見合わせて、二人で慌てて診療所に向かう。ちょうどアニーがリオたちを呼びに階段を上ってきたところだった。


ごっつい大男が待合室の扉の前に仁王立ちになっていて、その妻らしき女性が大声で泣き喚いていた。大男は小さな女の子を抱きかかえているが少女の顔は蒼白で服は血だらけだ。右手がグルグル巻きに布で巻かれていて血で真っ赤に染まっている。


リオはすぐに診療室に案内するようアニーに指示して、自分も駆け足で診療室に向かう。レオンも黙ってリオの後についてくる。


「レオン様、私が診察してもいいですか?」

「ああ、私も一緒に診療室にいるから手伝えることがあったら言ってくれ」

「私に任せて下さるのですか?」


レオンはにっと笑って「君を信じてる。任せたよ」と言った。白い歯が眩しい。


診療室でベッドを整えていると、バタバタと大男一行が入ってきた。


緊急事態なので挨拶は後だ。女の子をベッドに寝かせるようにお願いする。


母親らしき女性が泣きながら「どうかどうかこの子を助けてやってください」と金切り声で喚く。


(うう、頭に響く・・・)


しかもリオに縋りついて泣き喚くので治療が難しい。するとアニーとレオンが大男と母親を説得して診療室から追い出した。二人とも不満そうだったが、診療の邪魔になるし助かるものも助からなくなるとレオンに言われてしぶしぶ出て行った。


リオが女の子の右手に巻かれていた布を慎重に外すと悲惨な状態だった。右手が完全に潰れていて、手首から切り離されている。何か重い機械に挟まれたのかもしれない。骨が砕かれてしまって指の形も残っていない。これでは治癒魔法で手を接着することもできない・・・。


覗き込んだレオンもアニーも思わず息をのむ。


アニーは震える手を口に当てた。ひどい状態だものね。


レオンは辛そうに言う。


「手首から先の修復はもう無理だと思う。取りあえず手首の出血を止めれば命だけでも助かるだろう」

「でも、右手がなくなってしまったら・・・。まだこんなに小さいのに!」


リオは焦燥感でパニックになりそうな自分を抑えた。


(落ち着け、考えろ。考えろ)


パッと前世のiPS細胞のイメージが浮かぶ。



『人工多能性幹細胞』



(患者自身の細胞からiPS細胞が作れたはず。分化万能性を持つ細胞をイメージする。理論上はいけるはず)


リオは自分の両手にいつものような殺菌消毒の魔法をかけ、細胞がどんどん増殖するイメージを頭に思い描きながら少女の右腕に魔法をかけた。


手首を失った少女の前腕を強い光が包む。すると前腕の先端からぐにゅぐにゅした肉の塊が現れた。少しずつ肉の塊の形を整え、慎重にいらない細胞をそぎ落として指の形にしていく。


(これもアポトーシスと言うのかな?)


アポトーシスとは自然にプログラムされた細胞死のことで、例えば胎児が胎内にいる間、手は単なる肉の塊のような状態で発生する。その後、指と指の間の細胞が死んでなくなることで、ちゃんとした指の形ができあがる。その細胞死をアポトーシスという。


などと余計なことを考えながら指をきれいに整えていく。


レオンとアニーが呆気に取られた様子でリオを見つめているなんて全く気がつかなかった。


少女の手が正常な形態に回復した段階で強い光は消え、リオは立ち眩みがして倒れそうになる。


慌ててレオンがリオを支える。リオはハアハアと肩で息をしながら「無茶しすぎたかな・・」とレオンに遠慮なく寄りかかった。


(ああ、汗びっしょりだ。魔力はもう残っていないかも・・・)


レオンは呆然自失として「リオ、今のは・・・?」と呟く。


リオはにっこり笑ってiPS細胞の説明をしようとしたが、そのまま意識を失った・・らしい。



*****



目が覚めたら、自分の寝室のベッドだった。このパターンも多いなぁなんて思っていたら、アニーが部屋に入ってきた。


泣きそうな顔でアニーがベッドに走り寄る。


「リオ様!お目覚めになったのですね!良かったぁ・・・う、う、ぐす」


顔をくしゃくしゃにして本当に泣き出した。


「心配かけたのね。ごめんなさい。あの子は大丈夫?」


(あの少女は無事だったろうか?)


「はい、しばらくして意識を取り戻しました。彼女の右手は完全に治癒していましたよ。素晴らしい魔法です。レオン様もあんな魔法は見たことがないと驚いていました」


(そうなんだ。今度iPS細胞の話をしよう。きっと喜ぶに違いない)


「あの子の両親も感激して号泣して大騒ぎでした。リオ先生に直接お礼が言いたいと粘ったんですが、レオン様が魔法を消耗しすぎて弱っているから駄目だときっぱり言い切って・・」


アニーが苦笑する。


「リオ様が倒れた後のレオン様は動揺して大変でした。私がリオ様についているから、待っている患者を診てあげて下さいと言っても、嫌だとごねて大変だったんですよ」


(ああ、レオン様にも心配かけてしまったな・・・)


「リオ先生は、今日は休診だと皆には伝えています」

「ありがとう、アニー」


と感謝の気持ちを込めて微笑むとお腹がぐぐぅっと鳴った。恥ずかしい。


アニーはニコニコと


「丸一日眠っていたからお腹すきましたよね。ジャンがポルチーニ茸のリゾットを作ってくれたんです。リオ様お好きでしたよね?今温めて持ってきますね」


と言ってくれる。


リオは子供みたいにワクワクした。ポルチーニ茸のリゾットは大好物だ。今のこの状態の体にぴったり。さすがジャンだと感心する。


(それにしても丸一日寝ていたって・・・。今何時かしら?)


時計を見ると夕方六時近かった。


(え、本当に丸々一日眠っていたんだ。びっくり。めったに昼寝なんてしないのに。やっぱり魔力をすごく消耗したんだわ。あんな魔法初めて使った。正直iPS細胞を再現できるとは思わなかったけど・・・やればできるものね)


リオがポルチーニ茸のリゾットをお腹いっぱい食べて、食後のデザートを堪能しているところにレオンが入ってきた。


レオンは『心配』と顔中に書いてあるような悲痛な顔で走り寄ってきたので、リオは口いっぱいにオレンジのムースを頬張っているのが申し訳なくなった。


「リオ、大丈夫かい?」


レオンが優しくリオの頭を撫でる。短い銀色の髪を指で弄びながら、はぁーっとため息を吐いた。


「無事で良かった。リオが倒れた時は世界が終わるかと思った」


(いや、そんな大げさな・・・)


「本当だよ。何度も言うがリオがいなくなったら、私は生きていけないからね。どうか自重して欲しい」


レオンはどこか悲しそうに言う。


(うう・・罪悪感が・・・)


「いいよ。まずデザートを食べて。ジャンが喜ぶ」


レオンは弱々し気に微笑む。


リオは俯いて黙々とオレンジのムースを食べ続けた。


(美味しかったよ。ありがとう、ジャン!)


**


食後、リオとレオンはソファに移動して二人で黙ってお茶を飲んでいた。


「そういえばセリーヌから特殊能力の話を聞かれたかい?」


沈黙が気まずいなぁと思っていたら、レオンから突然脈絡のない質問をされて、リオは面食らった。


「特殊能力?」

「リオは自分には特殊能力がないって言ってたらしいぞ、とリュシアンから聞いてね」


(ああ、そういえばいつだったかランチをしている時にお母さまから「リオには何か不思議な特殊能力はないの?」と訊かれたなぁ。特にありませんと答えたけど)


そう説明するとレオンは再度ハァーっとため息をついて頭を抱えた。


「君の医療の能力は異常なんだ。十分異常な特殊能力だと思うよ」


(え、そうなの!?)


「今日のこともまた大きな評判になるだろう。今後君はセイレーンだからではない、君の特殊能力のために人から狙われることになるんだ」


レオンは深いため息をついて頭を抱えた。


(・・・・なんか・・ごめん?)


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