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開所式

リオたちの新居はシモン公爵領の首都ポワティエの郊外にあった。ポワティエほど賑やかではないが穏やかでのどかな町だと思う。


『思う』というのはほとんど外に出たことがないからだ。窓から外を眺めた感想である。レオン、リュシアン、セリーヌ、全員が過保護なので、絶対に一人で外に出てはいけないと厳命されているし、新居の片づけやら診療所の準備やらで忙しいこともあり、引っ越し以来ずっと家の中で過ごしている。


診療所はまだ開業していない。来週、領主のシモン公爵家が直々に運営する『シモン国家療法所』として開所式を行うことになっている。リュシアンとセリーヌが来てリオとレオンを町の人たちに『国家療法士』として紹介してくれる予定だ。無料の診療所ということを説明して誰でも気軽に来られるようにしたい。ただ、リオはまだ十五歳なので国家療法士の資格があっても、あまり信用されないのではないかと不安を感じていた。


リオたちの専属護衛騎士としてマルセルという金髪碧眼の好青年が一緒に来てくれた。実はパスカルの弟だと聞いてびっくり。彼は以前公爵邸から王宮に転移した時の護衛騎士の一人だった。話しかけられたことを覚えている。やっぱり兄弟だから、どこかパスカルの面影があるのよね。


『公爵邸から療法所の護衛なんて左遷みたいじゃない?』って不安に思ったけど、マルセル本人が希望したのだとか。何でも薬草に興味があるらしく調薬を習いたいそうな。騎士は怪我が多いから自分で薬草を探し始めたのが興味を持ったきっかけだという。


影の二人とも会うことができたが、非常に衝撃的な面会だった・・・。マルセルと影の二人にも専用の個室を用意して不便がないように設計したつもりだけど、気に入ってくれたかしら?


アニーは毎朝公爵邸から転移魔法で通勤して来る。リュシアンは信用できてスキルの高い使用人を厚遇しているから、公爵邸で働く使用人は全員プロフェッショナルで勤労意欲も高い。高すぎて下手するとすぐに過剰労働になってしまう。


なので、ここでの就業条件もアニーとリュシアンと相談して事前に決めた。アニーは朝六時~九時、夕方五時~八時の勤務で、それ以外の時間は自由にしてもらっている。必要が生じれば時間外に仕事をお願いすることもある。リュシアンが時間外手当もしっかり取り決めた。アニーは「もっと働けます!」と言ってくれるけど、当主が「ブラック労働許すまじ!」という姿勢なのはとても嬉しい。


料理人と掃除・洗濯担当の侍女は昼間リオたちが診療所で働いている間に来る予定だ。至れり尽くせりで申し訳ない。でも、前世でも家事は壊滅的だったので大変有難い配慮だ。公爵邸に足を向けて眠れない。


リオの荷物はほとんどなかったのだが、リュシアンとセリーヌが嫁入り道具並みの支度を整えてくれた。調度類、ドレス、生活用品などなど。前世で密かに憧れていたウォークインクローゼットも部屋に作ってしまったよ。へへ。


レオンの荷物は本ばかりだった。服も靴も最小限でいいんだと笑っていたけど、セリーヌがアンドレの古い服を大量に持って来てくれた。アンドレも背が高いのでサイズがピッタリなのだとか。セリーヌは名門公爵家の夫人なのにリサイクルの精神に溢れている。口癖は「もったいない」だったりする。庶民的なところもリオは大好きだ。


セリーヌが「リオに嫌われないように、少しは小綺麗にして着るものにも気を遣いなさいね」と冗談っぽく言うとレオンは神妙に頷いた。


個人的な見解だが、美男は何を着ても着なくてもカッコいい。ファッションに無頓着なレオンもリオのツボだったりする。


そんなこんなで新しい生活も何とか落ち着き、いよいよ明日は開所式だ。


**


「シモン国家療法所」の開所式は賑やかだった。


リュシアンとセリーヌはとても気前がいい。開所式の会場は診療所の目の前の広場だが、そこに大きなテーブルを沢山並べて、無料で軽食やお菓子を提供したのだ。風船や大道芸人など、お祭りみたいな騒ぎになっている。


この中の何人が今日はお祭りではなく開所式だと認識しているだろうか?リオたちはその様子を療法所の中から眺めていた。今日は護衛騎士が公爵邸から多く派遣され、広場の警護に当たっている。


元々治安の良い街だそうだけど騎士もいるせいか、みんな行儀が良い。食べ物もちゃんと並んで仲良く食べている。楽しそうだ。


リオたちも療法所の中で軽食をつまみながらくつろいでいた。リュシアンがやたらと張り切っている。リオは緊張で食べ物が喉を通らなかった。セリーヌはリオの緊張が分かっているのだろう。リオの手を強く握って「大丈夫よ。何があってもあなたの味方だから」と耳元で囁いた。


しばらく経った後、リュシアンが護衛の騎士に目で合図をする。


護衛騎士が何か合図をしたのだろう、外で警護をしていた騎士たちが人々に向かって何かを叫んだ。


人々の動きが一瞬止まったが、その後「わあぁっ!」という歓声が広場を包み込んだ。


「リュシアン様~!!」「公爵夫人~!!」「セリーヌさま~!」と皆口々に叫んでいる。


すごい人気だ・・・。ジョルジュやアニーからシモン公爵家は領民にとても人気があると聞いていたが、実際に人々の反応を見ると感動で胸に熱いものがこみあげる。


リュシアンは軽く手を振りながら広場に出ていく。セリーヌも後に続く。


きゃ~~~という黄色い歓声が聞こえる。セリーヌが笑顔を向けると多くの男性陣が野太い声でうぉ――――と気合を入れた。


ところが彼らに続いてレオンとリオが出ていくと、突然シン・・・と静まり返った。


「誰・・・?」という声にならない声が聞こえる。そりゃそうだ。


レオンが励ますようにリオの手をギュッと握る。心細かったけどレオンの金色の瞳に見つめられて少し落ち着いた。お腹に目一杯力を入れて、堂々とリュシアンとセリーヌの横に並んだ。


リュシアンは朗々たる声で人々に語りかける。さすが、こういうところは立派な公爵の貫禄だ。


「諸君、本日は『シモン国家療法所』の開所式に集まってくれて、ありがとう!明日から病気や怪我を負ったものは誰でもこの療法所で診療を受けることができるようになる!もちろん無料だ!」



ウォ―――――――――!!!!



ものすごい音量の歓声が響き渡った。


「だからといって、冷やかしは困る。苦しんでいる患者を助けられるよう皆も協力して欲しい!この療法所は皆のためのものだ。皆で大切に守って欲しい!」


今度は大きな拍手が巻き起こった。歓声が益々大きくなる。


リュシアンがリオをチラリと見て咳払いをした。いよいよだ。


「国王陛下が『国家療法士』という新しい資格を作った。治癒士と医師の能力を兼ね備えた最高の資格だ。厳しい試験を最高の成績で合格した優秀な国家療法士二人がこの療法所で診療してくれる!」


おお――――!というどよめきが走った。ドキドキして手が震える。レオンは相変わらず落ち着いた表情だ。


レオンが一歩前に出る。


「レオン・シュミットだ。若く見えるが結構な年だ。これまで何千人と治療をしてきた。これから妻と一緒に皆のために尽くす所存だ。怪我や病気で困っている人がいたら遠慮なく来てほしい!」


(レオン様、声が大きい。しかも低音で響く美声・・・自信が滲み出ている)


凛とした姿に見惚れ、顔を赤くしている女性たちもいる。再び広場は大きな歓声に包まれた。


レオンが甘い笑顔で振り返り、リオに手を差し伸べる。背後で「キャ――、イヤ―――!」という声が聞こえてますます緊張する。


(うう、こういうのは昔から本当に苦手・・・)


おぼつかない足取りでレオンの隣に並ぶと震える声で


「リ、リオ・シュミットです・・。が、が、頑張りますのでよろしくお願いします・・」


と絞り出すように言った。どうしても声が上擦る。怖くて前が見えない。俯いていると広場が静まり返ったことに気がついた。


ヒソヒソと「え・・?まだ子供じゃない・・・?」と囁きあう声が聞こえる。


(う・・・確かに。まだ十五歳だからね)


居たたまれなくなって、ますます顔が上げられなくなった。


リュシアンは慌てたように声を張り上げる。


「リオは私の娘で治癒士の実技試験も医師の筆記試験も満点で合格したのだ!素晴らしい才能を持った自慢の娘だ!」


どこからともなくまばらな拍手が起こったが、リオは観衆の思いが手に取るように分かった。


「親バカだ」「間違いない。親バカだ・・・」


何となく尻つぼみのまま、開所式は終了したのであった。



*****



その夜リオは大きな後悔に苛まれていた。思い出すと恥ずかしくて情けなくて地面に埋まってしまいたくなる。泣きたい・・・。


ベッドに蹲っているとレオンがリオの背中をさすってくれる。


開所式の後は恥ずかしくて、リュシアンとセリーヌが帰った後はずっとベッドにもぐり込んでいる状況だ。二人は「よく頑張った」と頭を撫でてくれたけど、リオは情けなさで涙が出そうだった。セリーヌは別れ際に「明日また来るわね」と頬にキスしてくれた。どうしようもなくセリーヌに甘えたい気持ちになる。


前世では失敗した時の感情の整理も一人でやっていたのに、何故こんなに弱くなってしまったのか?ますます情けない・・・。


レオンは黙って背中を撫で続けてくれる。


「リオ?」


レオンは優しく言う。


リオは目のところだけ布団から出して


「何ですか?」


思いっきり拗ねた表情だ。子供みたい。体は子供だけど、頭脳は大人のくせに。


レオンが苦笑するとリオは益々いじけた気持ちになった。


「きっと私のところになんか誰も診療に来ません」


レオンは優しくリオの髪を撫でる。鬘は外したので地毛の髪だ。優しく梳くように髪に指を絡ませる。


「外見なんか関係ない。いずれ人々も君の価値に気づくだろう。最初から全部が上手くいくことなんて滅多にないんだよ」


穏やかな重低音で囁かれるとささくれだった気持ちが少し落ち着いた。


「でも、レオン様が上手くいかなかったことなんてないでしょう?」


レオンは目を伏せて苦笑いをする。


「私の人生は上手くいかないことばかりだったよ。君に会うまでは」


(本当かな・・・?)


レオンの顔を覗き込むと、長い前髪の隙間から金色の瞳が見返してきた。


「本当だよ。今は上手く行き過ぎて正直怖いくらいだ」


リオの頬に手を当ててそっと額に口づける。


「今夜はもう寝よう。何もしないから抱きしめて寝てもいいかい?」


リオは小さく頷いた。


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