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セイレーンの謎

その後の数日間、リオとレオンはお互いに交わす言葉も少なくギクシャクとした雰囲気のままであった。レオンは朝食が終わるとすぐに部屋を出て行ってしまって夕方まで帰ってこない。もうすぐ出発なのにこれでいいのだろうか?リオはレオンに秘密を明かしたことを後悔していた。


出発を翌日に控えた朝、レオンが真剣な表情で「話がしたい」と言った。


リオは黙って頷く。リオがソファに腰かけると、レオンはその隣に座った。二人で並んでお茶を飲む。レオンはどう切り出そうか迷っている様子だった。


「リオはまだ私と結婚したいという気持ちにはなれないんだよね?」


意外な質問で少し驚いたがレオンの目を真っ直ぐに見て答えた。


「レオン様、私はレオン様を心から愛しているし、一生レオン様だけです。いつか結婚したいと思っています」


これは本心だ。


レオンは俯いていたが、大きなため息をついて頭を掻きむしる。顔をあげた時に髪がちょっと乱れていてもカッコいい。


「・・・いつか、ね。でも、やっぱり不安なんだろう?理由の一つはフィオナのことなんじゃないかい?」


やっぱりレオンは鋭い。フィオナの意識がどうなったのか分からない、というのが結婚を躊躇する大きな理由の一つだ。この体の持ち主でないのに勝手に結婚してしまっていいのかという気持ちが拭えない。偽善だとは分かっている。だって、この体でレオンを襲ってしまったのだから。あの時は無我夢中で考える余裕がなかったというのは言い訳で、やはり自分は偽善者なのだと思う。


レオンはもう一度ため息をついた。


「この数日、王宮の禁書が収蔵された書庫でセイレーンについて調べてきた。予想していた通り『意識』というものについてやはりセイレーンは特別な力を持っていた」


と語りだしたレオンの話は衝撃的だった。


セイレーンには多くの特殊能力があるが、その中でも絶対に使ってはいけないと言われる三つの禁忌がある。



一つは死人を生き返らせること。


二つは新しい人間を作り出すこと。


三つは意識の『器』を移し替えること。



二つ目の『新しい人間を作り出す』というのはクローン技術のようなものらしい。一滴の血液から血液の持ち主であった人間を創造することができるという。


三つ目が分かりづらいが、要は誰かの意識を体から取り出して、保存しておくことができる。やり方はレオンも分からないそうだが。


保存しておいた誰かの意識を例えば死体に移す。すると、その死体は完全に生き返るらしい。誰かの意識と共に。それが一つ目の禁忌につながるのだという。


(いやいや、何なのセイレーンって!?禁忌になっているけど、これだけのことが可能だってことよね?こ、怖すぎる・・・。特殊で謎な種族っていうのが納得だ・・・)


レオンは真剣な顔を崩さない。


「その身体にフィオナの意識が存在する状態でリオの意識が入ることは不可能だと思う。だから、その時点でフィオナは死んでいた可能性がある。あるいは、誰かが三つ目の禁忌を犯したのかもしれない」


「え、それはどういう・・・?」


「一つの体に二つの意識は入らない。そうだろう?」


確かに意識が脳の電気化学反応だとしたら、一つの脳に二つの意識は入らないだろう。多重人格者も元は一つの意識で、それが分裂したと考えられていた。だから、一度に複数の人格が表出することはなかったはずだ。一人ずつ交代で体と脳を使っていたと思う。


リオが黙って頷くとレオンは話を続けた。


「だから、可能性は幾つも考えられる。一つ、フィオナが死んでいて、そこに君の意識が入った。二つ、フィオナの意識を誰かが別の場所に保存して、空いた体に君の意識が入った。三つ、フィオナの意識を他の死体に移して、空いた体に君の意識が入った。他にも色々な可能性が考えられる」


(うぉおおお、なんだか怖い話になってきた・・・)


リオの顔が強張ってきたので、レオンは緊張をほぐすように頬を優しく撫でた。


「私は一つ目の可能性が一番あると思っているんだがね・・。もし、フィオナが死んでおらず、彼女の意識をどこかに移したとしたら、禁忌を犯したのは恐らくフィオナの親だろう・・」


「もしかしたら、フィオナの意識はどこかにあるかもしれないんですね?」


レオンは辛そうに顔を歪める。


「万が一、フィオナの意識を見つけたら君はどうするんだい?」


リオはたじろいだ。


(だって・・・この体は元々フィオナのものだ・・)


「フィオナの体をフィオナに返したら、リオの意識はどうなる?私はリオを守るためなら、死体を探してきて、そこにフィオナの意識を入れてもいいと思っているよ。文献によると、骨だけになった死体でもセイレーンの意識が入ると完全に人間として蘇るそうだ。不老不死にはならないそうだけどね」


(うわっ、怖っ!)


「だったら、このフィオナの体をフィオナに返して、私が死体の中に入るってどうですかね?まあ、死体が見つかったらですけど・・・」


(私も何気に怖いこと言っているなあ・・・)


レオンは溜息をついて両手で顔を覆う。


「リオ自身の意識は元々セイレーンじゃないから、体から意識を分離して他の器に移せるか分からないんだ・・・。いずれにしても、今のままじゃ水掛け論だ。フィオナの意識がどうなったか誰にも分からないんだから。私はフィオナが既に死んでいて、フィオナの意識も存在しない可能性が十分に高いと思う」


(確かに水掛け論だけど・・・。フィオナはどうなったんだろう?)


「まず、フィオナの両親を突き止めるのが先決だと思う。それはセリーヌが既に動いている。ミハイルによると君はコズイレフ帝国で誘拐された。だから両親も帝国にいる可能性が高い。アンドレが大使として帝国に出発した時に、帝国にあるセイレーンの村について探るようにセリーヌが指示を出していた。アンドレもセリーヌも頼りになる。二人に任せておけば大丈夫だ。特にセリーヌは頑固で一度言い出したら絶対にやり遂げる。いずれフィオナの両親のことも分かるだろう」


(お母さま、アンドレ兄さま。有難いな・・・)


セリーヌとアンドレへの感謝の気持ちが沸々と湧いてくる・・・が、同時に胸の中でモヤモヤした感情が発生した。


(レオン様とお母さまは、いつ二人で会ってそういう話をしたのだろうか?王宮で?)


「・・・・・レオン様とお母さまはやっぱり仲がいいんですね?」


いじけたような言い方になってしまった。嫌だな。嫉妬しているのが丸わかりだ。嫉妬している顔を見られたくなくて、レオンから顔を背けた。


レオンはリオを軽々と抱き上げて自分の膝に乗せる。何故か目がキラキラしてとても嬉しそうだ。


「リオ、妬いてくれてるのかい?」


声も弾んでいる。


(私はこんなに自己嫌悪に陥っているのに・・・)


リオは拗ねた口調で言い返した。


「や、妬いてなんかいません!お母さまはあれだけ魅力的な方です。誰もが虜になっておかしくないと思います。だから、レオン様がお母さまを好きだって、全然・・・」


最後まで言い終わらないうちに、レオンはリオの口を塞いだ。そのまま激しく何度も口づけする。


「リオがヤキモチなんて、すごく嬉しい。可愛い。可愛くて悶え死にそうだ。愛してる」

「・・・・嫉妬深くて嫌じゃないですか?しかも、お母さま相手に嫉妬なんて」

「男には嬉しい嫉妬もあるんだよ」


あからさまに喜び全開な笑顔を見ると嫉妬していたのがバカらしくなってきた。


「でも、セリーヌは私の初恋の人だった」


が――ん!!!


浮上したと思ったらあっという間に突き落とされた。


顔も青ざめてると思う。レオンは焦りながらリオの手を握った。


「もう四十年近く前の話だ。私たちは幼馴染だったんだ。リュシアンとトリスタンとセリーヌと私はいつも四人で過ごしていた」


確かお母さまもそう言っていた。四十年前・・・確かに昔の話だ。


「セリーヌの心はリュシアンにあったことはすぐに気づいたし、私とセリーヌの間には友情以外のものは存在しなかった。ただ、まあ私は密かに恋していた訳だが・・。それももうずっと昔に昇華したよ。私の中にセリーヌを女性として思う心はこれっぽっちもない。もしあったらリュシアンが私をセリーヌに会わせるわけないだろう?」


(あ、なんか最後のが一番説得力ある)


やっぱりまだちょっとモヤモヤするけど、四十年前の初恋のことでグジグジ言うのはさすがに器が小さすぎる。


「私はリオに会うまで本当の恋を知らなかったんだと思う。私はリュシアンからセリーヌを奪いたいとまでは思わなかったんだ。でも、今誰かが君を攫おうとしたら、私は絶対に許さない。何があってもリオを譲ることはないと断言できるよ。私には君だけだ。君がいなくなったら私は生きていけない」


耳元で切なく囁くイケボに思わず腰砕けになった。顔だけじゃなく全身が熱い。くたりとレオンに寄り掛かると、彼は嬉しそうにキスの雨を降らせた。


(何の話だったっけ・・・・?何か大切な話をしてたよね・・?ええっと、流されちゃいけない)


「れ、レオン様・・」

「ん・・?」


(こ、声も色っぽい・・・負けるな)


「そ、それでフィオナちゃんの意識のことは・・・?」


レオンはようやくキスするのを止めた。ふぅっと息を吐くと前髪を掻き上げる。麗しい顔が露わになり、思わず拝みたくなった。


「現状、アンドレの調査報告待ちだ。時間はかかると思うが、相手はセイレーンだ。老衰で亡くなることはないから気長に待とう。結婚のことはフィオナの意識の問題が片付いてから考えよう。それでいいかい?」


確かに・・・他にできることはないよね。結婚も何となく先延ばしになって安堵する。


「了解です」


笑顔で頷くと、レオンはリオの顎を少し持ち上げて再び口づけが始まる。今度は止められそうになかった。



*****



出発の前夜、食後のお茶を飲みながらリオたちはまったりと過ごしていた。翌朝には王宮を離れ、シモン公爵領の診療所へ引っ越す予定だ。もう準備はとっくに終わっている。やることはないがどことなく落ち着かない心境だった。


レオンはずっと何かを考え込んでいるようだった。


「・・・リオの意識がどうやってフィオナの体に入ったのだろう?」


独り言のようにレオンが呟く。


それはリオにとってもずっと疑問だった。平石理央の意識がそのままフィオナの体に入るなんてこと可能なんだろうか?しかも異世界で?


「それはずっと謎でした。前世で交通事故に遭う直前の記憶が最後で、その後目が覚めたらフィオナとしてこの世界にいました。そんなこと可能なんでしょうか?」


「そもそも君の世界とこの世界は全く違うものなんだよね?」


「はい、私の世界には魔法が存在しませんでしたし、精霊族や獣人族など人間以外の種族は存在しませんでした。もちろん、動物はいましたけど。馬もいましたし」


先生は腕を組みながら相槌を打つ。


「なるほど」


「ただ、驚くほど共通点が多いのも事実なんです。例えば、暦や度量衡は私が住んでいた日本と全く同じです。ただ、前の世界では度量衡は国によって違いました。なので、それも少し不思議です」


この世界ではキログラムやメートルなどを重さや長さの単位として使っている。インチとかフィートとかオンスとか聞いたことない。


「度量衡は先々代のコズイレフ帝国皇后が作ったんだ」


あまりに意外なことを言われて驚いた。


「帝国の皇后?」


「帝国が平和的な時代があったんだ。当時の皇帝も皇后も国を富ませるために貿易や商業に力を入れていた。皇后は次々と新しい政策を打ち出して、実際に国が豊かになった時代だ。確か寒さに強い新種の作物も作ったと聞いている。賢帝、賢妃と呼ばれていて民の人気も高かった。その皇后が貿易を促進するためには全ての国が同じ度量衡を使用した方がいいと言い出してね。史上初の国際貿易会議が開かれたんだ。確かに貿易をするなら全ての国が同じ長さや重さの単位を使った方が手間も少ない。その時に国同士の貿易の取決めを初めて明文化したんだ。その後国同士の交易が盛んになったのは事実だ」


「センチメートルとか、全部皇后が考えたんですか?」


「そう歴史では伝えられているな。全く新しいそれまでは存在しなかった度量衡だ」


(へえ、すごい皇后だな・・何か気になる。いつか調べてみよう。でも今はそこじゃない)


「度量衡もそうですが、他にも言語や生活様式に多くの共通点があります。私の印象だとこの世界は前世の世界での中世ヨーロッパのイメージですね」


「中世ヨーロッパ?」


「ヨーロッパという地域があったんです。ヨーロッパにあったフランスという国がフォンテーヌ王国に似ています。シュヴァルツ大公国がドイツで、コズイレフ帝国がロシア、スミス共和国はイギリスを想起させます。まあ、単に名前からそう思うだけですけど・・・」


スミスなんて確かイギリスで一番多い苗字だった。


「日本もヨーロッパにあるのかい?」


「いいえ、日本はヨーロッパからは離れたアジア地域にある島国です。全く違う言語と文化体系です。私が日記で書いていたのが日本語です」


レオンはこういう話が大好きだ。熱心に耳を傾けている。


「正直言うと、この世界でも遥か遠くに中世の日本っぽい国があったとしても驚きません。不思議ですよね。全然違う世界なのに共通点がこれだけ多いというのも・・」


「・・・確かに理屈に合わないな。」


「でも、例えば日本では多くのフィクション・・・物語があって、そこに似たような話が沢山ありました」


「物語?」


「はい。異世界ファンタジーとかパラレルワールドとか、SFとか・・・」


「ぱ・・・?」


レオンの目が点になった。そりゃそうだ!


これだけ前世と共通点がある異世界ということは、パラレルワールドではないかとリオは密かに疑っていた。当初は地球じゃないどこか遠くの星に転生したのかな、なんて思っていた。でも、同じ人間だし、文化も共通点が多すぎるし、遠くの星では無理があると考えるようになった。


レオンに前世のSFの概念を説明する。SFで頻繁に題材になるパラレルワールドについても。パラレルワールドの説明は難しかったので、最後は前世で観ていたSFドラマの知恵を借りた。


一枚の紙を取り出して見せる。リオが住んでいた世界が紙の片面にあるとしたら、この世界は裏側にある。とても近くにあるのに絶対に交わらない世界だ。そこにペンを指して穴を開ける。


「こうして穴があくことで二つの絶対に交わらなかった世界に道ができるんです。私が知っている物語ではその道を愚かな人間が作ってしまって、異世界から怪物がやって来るという話でした」


レオンは腕を組んだまま俯いて深く考え込んでいる。真剣な横顔も格好いい、と能天気にレオンに見惚れていたリオも、彼がそのままずーーーっと動かないので心配になった。


「せ、レオン様・・・?」

「・・・あ、すまない。少し考え込んでいた」


先生は組んでいた腕をほどいてリオの頭を撫でる。今は鬘を被っていないので、地毛だ。髪は大分伸びて今はベリーショートくらいの長さになった。


「君の話を聞いて良かった。少し分かったかもしれない。もちろん謎はまだ幾つも残っているんだが」


リオは頷いた。


レオンはリオがパラレルワールドの説明で使った紙を拾い上げてリオの目の前に突き出した。真ん中にペンの穴が開いてる。なんだろう?


「私の予想だが、おそらくセイレーンはこの穴を開ける技を知っているんだ」


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