躊躇い
翌朝、レオンは落ち込んで抜け殻のようになっていた。纏う雰囲気が暗い。リオが結婚を躊躇したことが相当ショックだったらしい。自分でレオンを口説き落としたのに今更なに怖気づいてんだ?!って言われたら、反論のしようがない。
レオンは、昨日一日リオを避けるように部屋に戻ってこなかった。夜には戻ってきたけど、何となく気まずくてお互いに背を向けたまま寝た。
リオもいずれレオンと結婚したいと思っている。
しかし、プロポーズもなくいきなり結婚式の話になって、やっぱり焦ってしまった。レオンからしたら結婚は既定路線だ。リオにとってもそうなのだが、彼女の胸の奥にはどうしても迷いがある。この体が自分のものではない、という不安だ。この体の本来の持ち主、フィオナの消息が分からないのに勝手に結婚してしまっていいのだろうか?
レオンに前世を告白した時も、フィオナの意識がまったく存在しない、という事実を伝えることができなかった。100%平石理央でできているのだ。それを隠しているという強い罪悪感がある。
その上、前世で四十一歳まで未婚だった女の結婚に対する全般的な不安も払拭できない。できたらもう少しゆっくり進めて欲しい、と思う。過去の恋愛トラウマもあるのだ。
朝食後、レオンとお茶をしている時にリオは前世の自分の話を始めた。
「私は前世で結婚したことはなかったけど、お付き合いしている人はいたんです。一人は婚約間近までいったくらいで・・。でも、結局上手くいかなかったのは、私があまり結婚に向いていなかったからで・・・」
レオンの顔が厳しくなった。ちょっと怖い。
「結婚に向いていないって・・・?一人の男じゃ満足できないってことかい?」
リオは慌てて首を振る。
「まさか!そんなことじゃないです。私にはせ・・レオン様だけです。ただ、私は仕事が中心の生活をずっとしてきて、それを変えるのが難しいというか・・」
「それは私も全く同じだけどね」
「あの、温かい家庭を知らないので、自分に良い家庭を築けるか自信がないというか・・」
「それは私も全く同じだけどね」
そうだった!
「あと、あの・・・結婚して・・レオン様に飽きられちゃったらどうしよう・・とか・・・私はつまらない女だし・・・・色々複雑で・・。前世で婚約間近までいった人も結局浮気して他の女の人を妊娠させちゃって・・」
レオンは髪を掻き上げた後、何となく首の後ろを擦る。困ったり照れたりした時のレオンの昔からの癖だ。ふぅとため息をついてリオの手を握る。
「君はこの世界ではまだ十四歳なんだね。リオと話しているとついそれを忘れてしまう。リオを誰かに奪われてしまったらどうしようと不安でつい焦ってしまった。いい年なのに情けない。心の準備ができていないならリオの気持ちが決まるまで私はいつまででも待つよ」
レオンの優しさと心遣いが嬉しい。でも同時に情けない気持ちになる。自分が無理やり襲ったのに本当に申し訳ない・・・。自己嫌悪で俯いていると、レオンがリオの顎をつかんで顔を上向きにした。
(なんだろう・・先生は笑顔なのにちょっと怖い)
「・・・それで君はまだ過去の恋人が忘れられないのかい?」
(・・・は!?な、なにを言い出すの?!)
「君には結婚まで考えた恋人がいたんだろう?どんな奴だったんだい?君のような素晴らしい恋人がいたのに、浮気して、ましてや相手を妊娠させるなんて不誠実にもほどがある!」
レオンは真剣に怒っている。見たことのない深い皺が眉と眉の間にできている。握った拳も震えていた。
「そんな奴が・・・君の心を占めているなんて・・。考えただけで、嫉妬で血管が切れそうだ!」
レオンは両手で頭を抱える。
「れ・・レオン様。昔の恋人なんてレオン様に比べたらクズでした。今考えたら何であんな人たちと付き合っていたんだろう、って思います。私もレオン様に会って、初めて本当の恋する心を知ったんです。レオン様を愛しています。生きている限りレオン様だけです」
「・・・そうなのか?昔の恋人が忘れられないから結婚を躊躇しているんじゃないのかい?」
「それは、ゼ――――――――ッタイに違います!!!」
リオの剣幕にレオンが気圧された。
「結婚のことは本当にごめんなさい。私もレオン様と結婚したいです。レオン様以外とは結婚したくありません。ただ、急すぎて・・・。もう少し恋人としての時間を楽しみたいな・・とか・・・」
(いやだ、言ってて恥ずかしくなってきた・・・)
赤くなって俯くと、レオンがリオの手をとって指にそっと口付けた。
「リオ、可愛い・・愛してる・・」
そういいながらついばむような口づけが始まり、それが次第に深くなっていく。
激しい口づけが顔から首筋に移動する。リオも火照った熱にあてられて無我夢中でレオンにしがみついた。