お告げ
セリーヌは心配そうな表情を浮かべてアンドレの帰りを待っていた。
アンドレが悄然と部屋に戻ってくると「良く頑張ったわ」とセリーヌは息子を優しく抱きしめる。
「母上、僕は男らしく潔く振られてきましたよ」
「まあ、そうなの?何と言ったの?」
「僕はマザコンだからきっと母上の影を追いかけていたんだろうって」
「それは男らしくて潔くなの?」
頭に疑問符しか浮かばない。うちの息子は何の話をしてきたのだろう?
「母上は先生を応援していたんですか?」
拗ねたように言う息子。子供の頃と同じ表情だ。
(その言葉は痛い。ごめんね・・・。貴方が本気でフィオナを好きなことは知っていたのよ)
「フィオナは素直で良い子でしょ。私たちをとても慕ってくれているわ。あのままだと親切にしてくれた人の期待に応えるために貴方と結婚する、なんて言いだすんじゃないかと心配だったの。それは嫌でしょ?」
「そりゃ・・・それは・・嫌ですけど・・」
「最初は貴方の援護射撃をしていたのよ。でも、しばらくフィオナを見ていて気がついたの。あの子は好きな人に守ってもらいたいんじゃなくて、好きな人を守りたい子なんだって」
「それが先生を選ぶ理由ですか・・・?」
「もちろん、あの二人に計り知れない強い絆があるのは間違いない。でもね、アレックスは完璧そうに見えて残念でしょ?あなたは残念そうに見えて強靭なのよ」
「ちょっとよく意味が分かりません・・・」
「そうよねぇ。まだ若いからねえ・・・。まぁ、貴方は残念には見えないと言う人が多いと思うけど、私にとっては可愛い残念な男の子なのよ。でも、根っこがブレないし基本強靭だから、フィオナに頼らなくても生きていけると思うわ」
「・・・そうですか?褒められているのか貶されているのか良く分かりませんが」
「アレックスみたいに器用で完璧に見えるのに、根っこがグラグラで自信がない人は厄介なのよ。絶対に認めないだろうけど愛情に飢えてるしね。フィオナはね、そんな彼だからこそ自分が愛してあげたい、安心させてあげたいって思っちゃうタイプなのよね」
「僕もそんなに強い訳じゃないんですよ・・・」
「貴方は私たちに深く深く愛されて育ったからね。愛されたい渇望感は薄いと思うわ。あの二人はそれがすごく強いの。やっぱり特別な二人なのよ」
「・・・そうですね。僕は一生一人でも寂しくないでしょうしね」
(あ、拗ねてる、しかも思いっきり顔を背けて・・・まぁぁぁぁ可愛いったら)
「まあまあ、初恋は実らないっていうじゃない?」
「全然慰めになってませんが」
「だって慰めてないもの」
アンドレはちょっと頬を膨らませている。
(きゃぁぁぁ、かわいいわ~)
息子のあまりの可愛さに悶えていたら『アレ』が突然降臨した。
(あ、まずい。今・・預言が・・・降りて来るなんて・・・)
意識が途切れそうになる。体が硬直して、自分の意識が体の外に追い出される感覚だ。自分の口が動いているのに自分の言葉ではない。自分のものではない女の声が告げた。
「地において連理の枝を拒みし若人は、天においては比翼の鳥を希う。然れども、既に雌雄相得えて乃ち飛ぶ。生涯の伴侶は同種をもって尊ぶべし。謀多き外国とぶらひたまへ。而して果報うちいづる」
そのままどっと倒れこむがアンドレが抱き留めてくれた。さすが私の息子。ハアハア息を切らしながらアンドレにもたれかかった。
(頭が痛い・・・、眩暈も酷い。嫌ね、汗びっしょりだわ)
アンドレはセリーヌを支えてゆっくりとソファに座らせた。アンドレの顔色は真っ青だ。何度経験しても慣れないのだろう。
「母上、今のは・・・?!お告げですか?」
「そうみたいね・・・」
純血種のセイレーンには様々な特殊能力があるらしい。全員が同じ能力を持つのか、人によって違うのかは分からない。自分以外の純血種に会ったのはフィオナが初めてだから。今度フィオナに聞いてみよう。
シモン公爵家ではセイレーンの特殊能力のことは固く秘匿している。リュシアンは超がつく心配症だし、セリーヌもむやみに狙われたくない。
セリーヌの能力は預言、つまりお告げだ。未来予知とかそういった大層なものではないと思う。しかし、これまではずれたことがない。
例えば、敵国で捕らわれた籠の鳥が逃げ出してくる、という預言があった直後に、フィオナがやってきた。
セリーヌは新しい予言について考察する。
(これは明らかにアンドレに対するお告げね。夕べリュシアンと話し合ったこと、きっと進めた方が良いということなんだわ。アンドレにとって良い経験になるかもしれない)
「母上、あの・・今のお告げの意味は分かりますか?」
「うん、大体分かるわ。私のお告げはセイレーンに関わることが多いのは知っているでしょう?若人って貴方のことだと思う。貴方は地上の普通の女性と結婚するのは嫌なんでしょ?セイレーンは昔天から降りて来たっていう伝承があるの。貴方は天から降ってきた天女に恋したけど天女にはもう相手がいて振られちゃったね。結婚するなら貴方と同類がいいんだよ、ってことじゃないかしら?」
「え・・・同類って・・・じゃあやっぱりフィオナが・・?」
「何を聞いているの?フィオナは純血種よ。貴方と同類って言ったら、やっぱりセイレーンと人間の子供なんじゃない?」
「でも僕はそのような人に今まで一人しか会ったことがなくて・・その人はどうにも苦手で・・」
その令嬢を思い浮かべたのかアンドレが暗い顔になり、頭を掻きむしる。
「まさか!私もエレオノーラは大嫌いよ。多分ね、これから出会うって預言なのよ。だから外国へ行きなさいっていうお告げだと思うの。謀多き外国ってコズイレフ帝国しかないわよね~」
「え・・・コズイレフ帝国・・・?!」
「ちょうどね、夕べリュシアンと話し合っていたの。貴方を大使としてコズイレフ帝国に送ったらいいんじゃないかって議会で提案があってね。リュシアンがトリスタンから内々に打診されたの。私は心配だから反対だったんだけど『果報がある』ってお告げだから良い話なのかもしれないわ。そこで伴侶に会えるってことじゃない?」
「大使・・?!って、えっ、内々に打診って・・・僕が今それ聞いちゃっていいんですか?」
「いいのよ。今度いつトリスタンに会うの?」
「明日謁見が予定されています」
「その時にその話が出るかもね。いいじゃない、『知らなかった』って驚いたふりをしておけば」
「母上はそういう人ですよね・・」
「でも、大使として帝国に行くとセイレーンに会えるかもしれないわ。帝国にはセイレーンだけの村があると聞いたことがあるわ。帝国が秘匿しているらしいけど。それも調査してきてもらえないかしら?」
「帝国が隠していたらそれは国家機密ですよ。僕にそれを探れって、無茶な・・・」
「リュシアンもトリスタンも優秀な影をつけてくれるわ。それにフィオナのご両親や家族のことも分かるかもしれないわよ」
アンドレはフィオナの名を聞いてちょっとビクッとする。本当に分かりやすい子だ。アンドレの顔が真剣になった。
「フィオナの役に立つならやります!」
(良かった・・・。振られて恨むなんてこと、うちの息子に限ってないと思っていたけど・・・。なんていい子なのかしら。この子にも幸せになって欲しい)
「ところでフィオナのことなんだけど、正式にシモン公爵家の養女にしようと思っているの。あなたに異存はあるかしら?」
「フィオナが!?僕の本当の妹になるんですね。嬉しいです。異存なんてあるはずありません!」
アンドレは心から嬉しそうだ。
「母上、陛下から打診されたら、コズイレフ帝国への大使の話をお受けしようと思いますが宜しいですか?」
セリーヌは頷きながら息子を抱きしめた。
「もちろんよ。でも、絶対に無事に帰って来るのよ?寂しくなるわ・・・」
アンドレの顔が泣き出しそうに歪んだ。
「僕もです・・・」とアンドレはセリーヌの背中に手を回す。
母親の首元に顔を埋めながら、その肩が少し震えている。
(・・・初恋に破れたばかりだものね。貴方の気持ちは分かっているわ)
セリーヌはアンドレの頭を優しくポンポンと撫でた。




