殺し文句
数日後、フィオナは再び王宮に呼ばれた。同じ面々で王宮に向かう。今回はブーニン侯爵の犯罪行為に関してフィオナの証言を記録するための訪問である。
フィオナはブーニン侯爵邸での経緯について詳しく報告し、捜査官の質問によどみなく答えていく。コミュ障だが、こういった事実を説明することは得意である。前世でも患者への説明が分かりやすいと好評であった。
かなり長い時間がかかったが、事件の記録を残すことは重要だ。今後の裁判でも必要になるだろう。フィオナは先生がどのように力になってくれたのかを具体的に述べるようにした。
その後、このまま王宮で夕食をとろうとセリーヌが提案し、気がついたらフィオナは国王一家と同じテーブルについていた。
コレット王妃は明るくて陽気な美人だ。挨拶した時もフィオナの頭を嬉しそうに撫でてくれた。気さくな方なんだろう。セリーヌとも仲が良さそうで、二人で何やらコソコソと話している。時々フィオナの方を見て「可愛い系より・・・攻めるなら・・・やっぱりレースの・・」と聞こえてくる。
国王トリスタンにはジュリアン、アラン、セヴランという息子が三人いる。三人とも「好青年」を絵に描いたような爽やか系イケメンだ。フィオナにも気さくに話しかけるのをアンドレが不機嫌そうに睨みつけていた。
ジュリアンが機嫌よく会話を続ける。
「だから、僕はずっとフィオナ嬢に会いたかったんだ。アンドレが絶賛していたからね」
「恐れ多いことでございます」
フィオナは淑やかに返答した。
「でも、アンドレがいつも邪魔するんだよ。フィオナは内気で大人しいからお前らみたいながさつな連中とは会わせられないって」
「だってそうだろう。初対面なのに馴れ馴れしいし、下心があるような奴をフィオナに近づけられるか!」
アンドレが吠える。
「フィオナ嬢、アンドレがこんなに嫉妬深い男だったなんて知らなかったよ。令嬢の間で大人気のモテ男なんだけど、女嫌いの氷の貴公子なんて言われてるんだよ。笑っちゃうよね~」
ああ、なるほど嫉妬してくれていたんだ、とフィオナは納得した。でも、どちらかというとシスコンの兄が悪友から妹を隠そうとするイメージの方がしっくりくる。
アンドレの真っ直ぐな好意は素直に嬉しい。自分には勿体ないくらい素敵な人だし、大好きだと自信を持って言える。でも、その『大好き』はやっぱり『お兄ちゃん、大好き!』の大好きなのだ。今後、自分の気持ちが恋愛的な方向に変わることはあり得るのだろうか?
前世で友達が「彼のことが好きかどうか分からない」と悩んでいたのを冷めた目で見ていた自分に喝っ!あの時、気持ちを分かってあげられなくてごめんっ。経験しないと分からないことってあるんだ。猛烈に反省している。
トリスタンとリュシアンは比較的静かに食事を召しあがっているけど、二人とも自分の妻から目が離せないようだった。微笑ましい愛妻家コンビである。
なんだかんだで賑やかな晩餐は楽しかった。こんなに王家の人々と馴染んでしまって良いのだろうか?
夕食後、フィオナはセリーヌとコレットに王宮の一室に連れていかれた。広々とした静かな部屋でベッドや調度類も揃っている。二間あるうちの一間は寝室で、もう一間にはテーブルやソファが置いてあった。前世でいうと高級ホテルのスイートっぽい部屋で、浴室も付いている。
コレットが優しくフィオナの手を握る。
「フィオナ、あなたは今夜ここで休んでちょうだい。王宮に滞在中は、ここを貴女専用の部屋にするわ。セリーヌたちも王宮に泊まるから安心してね」
(え、私が王宮に宿泊?私専用の部屋?いいのかな・・・?)
今後の先生やブーニン侯爵家のことはその日の話題には出なかった。
(明日も何か話し合うことがあるのかな?だから泊まりになるのかな?)
釈然としないながらもコレットとセリーヌの好意に感謝してフィオナは深くお辞儀をした。
「分かりました。こんな素敵なお部屋を用意して下さってありがとうございます」
コレットは頬に手を当てて「可愛いわねぇ」と宣う。
「身に余るお言葉です。ありがとうございます」と今度は軽めのお辞儀をする。社交辞令で言ってくれているんだろうけど御礼は大事!
するとセリーヌとコレットが何故だかキャッキャッとはしゃぎ始めた。仲良くていいなぁと思っていると、二人はフィオナの方にサムズアップをする。
(え、この世界にもサムズアップがあるの・・・?)
フィオナが呆然としている間に二人の貴婦人は動き出した。
「「フィオナ、私たちに任せて!」」
二人の声がハモる。
コレットが指を鳴らすとズラリと侍女軍団が現れた。髪結いの道具を並べる侍女、化粧品や香油などの瓶を取り出す侍女、衣類やリネンを抱えている侍女もいる。
状況が良く分からないまま浴室に拉致されたフィオナは体を浄められ、香油やいい匂いのする何かを練り込まれ、最終的に何だか高級なネグリジェみたいなのを着せられた。幸い露出度は低い。肌ざわりの良い綺麗な白い生地に薄水色のレースで飾りが付いているのだけど、落ち着いたデザインでとても素敵だ。
鬘をしたままだったので、ずれたらどうしようと不安だったが、腕の良い侍女なのだろう、全く違和感なく綺麗に髪(というか鬘)を結ってくれた。
侍女軍団のリーダーが「お化粧はどうされますか?」とコレットとセリーヌにお伺いを立てる。
二人は顔を見合わせて、またヒソヒソ話を始めた。
セリーヌが笑顔で「なしで」というとコレットがうんうんと頷く。
フィオナは一体何が起こっているのか把握することができず、内心はパニック寸前である。セリーヌはそれに気がついたようで、安心させるように抱きしめて背中をそっと撫でた。
「フィオナ、ちゃんと説明しなくてごめんなさいね。貴女が怖気づくといけないと思って何も言わなかったの。今夜ここにアレックスを呼ぶわ。一晩かけて奴を攻略しなさい!」
・・・・・・・・・・・・・・・・!?!?!?!
あまりのことにフィオナは絶句した。
(先生がくる・・!?ここに?何を言えばいいの?なんだ攻略って?!)
完全にパニックになったフィオナはセリーヌの腕の中で暴れだした。
だが、セリーヌは全く動じない。コレットに目で合図をすると、コレットと侍女軍団は優雅に去っていった。
二人きりになるとセリーヌはソファにフィオナを座らせ、自分はその向かいに腰を掛ける。そしてフィオナの顔をじっと見て諭すように話しだした。
「なんて強引な、と思うでしょう。ごめんなさい。でも、貴女たち二人には荒療治が必要だと思うの」
フィオナは頑なに下を向いていた。子供っぽいと呆れられるかもしれないが、いくら何でもこんなやり方はひどいと思う。不意打ちだし。
「貴方とアレックスは良く似ているわ。誰よりも真っ直ぐで誠実で、その分不器用なの」
静かに話し始めたセリーヌの口調に何かを感じてフィオナはパッと顔を上げる。セリーヌは瞳に一杯涙をためていた。
「貴女たちは自分の価値を過小評価しすぎなの。いつも自分なんてって人の影に隠れようとするでしょ?自分は人の迷惑になっちゃいけないって遠慮ばかりしてる。誰かが貧乏くじを引かないといけない時は、一番に引こうとするのよね。自分なんて人からまともに愛される価値もないって思っているくせに、誰よりも愛されたいと心の奥底では願っているの。だけど自信がないの。だから、誰かの役に立てば、誰かに必要とされれば愛されるんじゃないかって、人に尽くそうとするの・・・」
フィオナは一言も言い返せなかった。そんなに言われるほど自己犠牲精神の旺盛な方ではないと思うけど、誰かに愛されたい、必要とされたいという気持ちは確かに人一倍強いかもしれない・・・。
「貴女たちは誰よりもお互いを必要としているのよ。貴女は自分の気持ちに気がついたと思う。でも、アレックスはそれを認めるのが怖いの。それで色々と言い訳しているのよ。まったく昔から臆病なんだから!」
セリーヌの頬を涙が一筋伝った。フィオナは理解した。セリーヌはとても怒っているんだ。先生が自分を大事にしないことを。いつも自分を後回しにして他人のために身を捧げる先生にもっと自分を大切にして欲しい。フィオナももどかしい気持ちになったことがある。
「もちろん、アレックスのことはとても尊敬しているわ。彼が人々のために尽くすのは素晴らしいことよ。でもね、自分の幸せを犠牲にする必要はない。人のために尽くしながら自分の幸せを求めても絶対に悪いことじゃない。私はどれだけアレックスが自分の幸せを諦めてきたかを知っているから、今度こそ幸せになって欲しい。自分から可能性を捨てて欲しくないの」
「先生のことを良くご存知なんですね」
(あれ、拗ねたような口調になってしまった?)
セリーヌはフィオナのふくれっ面を気にする風もなくニコリと笑顔を見せた。
「そうね。私が幽閉されていた頃からの付き合いだから。もう五十年になるわね。リュシアンもアレックスもトリスタンも」
(幽閉・・・?セリーヌ様も幽閉されていたの?)
「今は、私の話はいいのよ。貴女が何を欲しいか、それをまず考えて」
「私が・・・?」
「そう、アレックスをどうしたいの?アレックスと会えなくなるのは嫌なんでしょ?」
「先生はいつも一緒にいて・・・私を助けてくれて・・・だから、会えなくなるのは嫌です」
先生から拒絶された時の足元から崩れていくような感覚を思い出す。
「それを本人に伝えなさい」
(でもそれを言ったら先生に迷惑じゃないかな・・・?)
「そんなことを言ったら迷惑かも、とか考えてない?押しつけがましいんじゃないかとか、先生がどうしても会いたくないなら仕方ない、諦めようとか」
(おお、何で分かるんだ!?図星過ぎて真剣にビックリした!)
セリーヌはクスクス笑う。
「貴女の思考回路は大体わかるわ。あのね、貴女は自分が欲しいものを欲しがっていいのよ。会いたいんでしょ?じゃあ、会いたいって言いなさい」
(私が欲しいものを欲しがっていいの・・・?)
自信がなくてセリーヌを見つめる。
「アレックスは色々言い訳するでしょうね。おじいちゃんみたいな年齢で何の地位も権力もお金もない、自分は君のそばにいるべきじゃないとか。私と一緒にいても君に何の得もないとか。幼女趣味はないんだとか。そう言う時点で下心があるってことなのに!」
いかにも先生が言いそうなことでつい噴き出してしまう。セリーヌもクスクス笑う。涙はもう乾いていた。
「貴女のことでアレックスは罪悪感を持っているの。ということは、奴はお詫びとして貴女の言うことを絶対に聞かないといけないのよ。だから何でも要求しなさい」
「でも、先生はお願いしたらオリハルコンまで手に入れてくれたんです。私がお願いしたらどんな無茶なことでもしてくれそうで・・・」
「そうよ。単に庇護しているという理由だけでオリハルコンまで手に入れると思う?どれだけ貴女が好きなんだって話よ!」
(先生が私を好き?!まさか・・・)
フィオナの頬がカーっと熱くなる。真っ赤になっているかもしれない。
「あのね、好きな人からお願いされたら嬉しいものなのよ。どんな無茶なことだってね。頼られたいでしょ?貴女もアレックスからお願いされたらどう思う?」
先生から医学の知識を共有して欲しいと言われた時、すごく嬉しかった。自分でも役に立てるって嬉しかったんだ。そっか・・・。
「アレックスも同じよ。口で何と言おうと貴女からお願いされたら嬉しいはず。いい、だから今夜、貴女の要求を全てつきつけなさい。あまり奴が強情だったら、絶対に陥落する究極の殺し文句を教えてあげるわ」
セリーヌはそういってフィオナの耳元である文句を囁いた。