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国王トリスタン

フォンテーヌ王国の国王トリスタンが執務室で書類を読みながら補佐官に指示を出していると、扉がドンドンドンと叩かれた。


切羽詰まったノックの音に『緊急事態か?!』と執務室に緊張が走る。補佐官が扉を開けるとリュシアン・シモン公爵が息を切らして立っていた。


リュシアンは部屋に入ると「人払いを」と言いながら、トリスタンに目で合図をする。


補佐官らは速やかに出て行った。扉が閉まるとリュシアンはトリスタンに近づき机の向かい側にある椅子に座る。


「アレックスを救出した。ブーニン侯爵邸で異変があったらしい」


トリスタンは安堵の息を吐いた。アレックスには返しきれない恩がある。見殺しにはしたくなかった。


「何があった?」


「夕べ突然屋敷が大騒ぎになった。屋敷の外にまで逃げ出してきた使用人がいたので付近を見張っていた憲兵隊が屋敷の内部に乗り込んだ」


「それは余程のことだな・・何があったんだ?」


「逃げ出してきたのは屈強な男たちだったが、侯爵が悪霊に襲われたとか殺されたとか・・・まったく要領を得ない。自分たちも殺されると泣き喚いていたそうだ」


「悪霊・・・だと?」


「そいつらの話だと、最初にミハイルが倒れて、彼に近づいた執事も倒れたらしい。アレックスもその場にいたが、椅子に縛りつけられて見張りに取り囲まれていた。アレックスがミハイルに攻撃できたはずはない、と証言している」


「アレックスは魔法も一流だ。魔法で・・・?」


「いや、屋敷内では攻撃系の魔法は使えない。それに見張りの男たちによると魔法を使った形跡はなかったそうだ」


「以前アレックスから突然心臓が止まる病気の話を聞いたぞ。それで倒れたとかではないのか?」


「ミハイルが倒れたすぐ後に執事も倒れている。二人同時に心臓が止まる病気になるものかな?」


「ううむ、確かに・・。それで今はどうなっている?」


「あの屋敷ではミハイルと執事が全てを仕切っていたので、使用人たちはどうして良いか分からず全員がパニックになっていた。中に入った憲兵隊がミハイルと執事を連れ出し、現在王宮の医師が治療をしている」


「アレックスは?」


「混乱に乗じてアレックスも救出した。ミハイルたちから隔離した場所で医師が治療にあたっている。アレックスも意識がないが、医師によると三人とも命に別状はないそうだ」


それを聞いてトリスタンはホッとした。


「リュシアン、原因が毒薬という可能性はないのか?」

「分からない。誰も何も口に入れてはいなかった、と聞いている」

「・・・アレックスが何かした可能性は?」

「俺はそれが一番あり得ると思っていますがね」


トリスタンは再び溜息をついた。アレックスは優秀だ。そして、この国の功労者といっても過言ではない。アレックスがいなかったら今頃フォンテーヌ王国は存在していなかったかもしれない。


身を挺してトリスタンの命を守っただけでなく、その後も重要な局面で国のために尽くしてくれた。何よりも民衆を救うために尽力している。


アレックスはこれまで多くの褒章や叙爵を辞退してきた。欲がなさすぎたのだ。そのうえ、不運で不遇だった。剣の道は怪我のせいで断たれ、エヴァンズ伯爵家では廃嫡された。アレックスの家族も彼には冷たかった。


ミハイルがコズイレフ帝国と裏で繋がっているとの情報を得て、ブーニン侯爵家の内偵を続けたが、妻マーガレットと嫡男マキシムの行方はどうしても掴めなかった。ミハイルを問い詰めても、病気で臥せっている、静養中だ、などという言い訳ばかり。


リュシアンから二人の監禁場所が判明したと聞いた時に、すぐに保護することを決めたのは、せめてもの恩返しの気持ちがあったことは否定できない。


しかし、セイレーンの娘の誘拐・監禁の話を聞いて衝撃を隠せなかった。ミハイルならさもありなん、というところだが、あの清廉なアレックスが関わっていたなんて信じられなかった。


「アレックスから直接話を聞くしかないな。あいつは全部一人で抱え込んで自分が犠牲になればいいと思っている」


トリスタンの言葉にリュシアンが大きく頷いた。


「まったくだ!もっと俺たちを頼ればいいのに!」


リュシアンの言葉遣いが学生時代に戻ったようで、トリスタンもつい笑ってしまう。


リュシアンが少し赤くなりながら咳払いをした。


「意識不明の原因は分かりません。今は目が覚めるのを待つしかないでしょう」

「そうだな」

「それから混乱を収めるため、マキシムを侯爵邸に送ろうと思っています。暫定的に当主として動けるように勅命の親書を書いて頂けますか?」

「分かった。すぐに用意する」


早速、紙とペンを取り出してサラサラと親書を書きながら


「そういえば、セイレーンの娘はどうしている?」


と尋ねた。


「元気ですよ。不思議な子ですね。ただ素直な可愛いだけの少女かと思っていると、驚くほどの洞察力を見せる。さすがアレックスが育てた愛弟子というところかな」

「お前がそこまで褒めるのは珍しいな。ジュリアンが会いたがっていた」

「駄目だ。アンドレが恋している。邪魔はさせない」


木で鼻を括ったような言い方にトリスタンは思わず噴き出してしまった。


「ははっ、お前は相変わらずだな。王家にセイレーンの血は入れない、と言ったではないか。永遠に生きる王なんて腐敗の始まりだ。アンドレから話を聞いてジュリアンも興味を持っただけだ。セイレーンに惹かれたら王太子は廃嫡だと言ったら『父上も若い頃、国王の座を捨ててもいいと思ったんですよね』と返してきた。昔話をする輩がここには多いらしいな」


リュシアンは苦笑いだ。


(若かったんだ。セリーヌに恋していた頃は、彼女が手に入るなら王太子の座をあきらめてもいいと真剣に思っていた)


「今は素晴らしい王妃様と睦まじくお過ごしじゃないですか。自慢のご家族でしょう?」


セリーヌに振られた後、コレットと恋に落ち結婚したが後悔は全くしていない。コレットは過去のことを知った上で、セリーヌともわだかまりなく付き合っている。稀有な女性と生涯を共にできて心から幸せだ。


「まあ、そうだな。コレットが息子を三人も産んでくれたおかげで後継の心配はないし、三人とも仲がいい。アレックスが鍛えてくれたから教養も剣技も一人前になれたしな」


「アレックスはアンドレも指導してくれました。アレックスには自分の価値をもっと分かってもらいたい。どれだけ必要とされて愛されているか、あいつは自分の価値をぜんっぜん分かってない!」


リュシアンは地団駄を踏んだ。こういうところは昔から変わらない。


「アレックスは自分を粗末に扱うことが癖になっているんだ」


トリスタンが答えるとリュシアンは拳を振り上げて自分の膝を叩く。


「ホント腹が立つ」


リュシアンは本気で怒っているようだ。どちらかというと心配で怒っているのが分かるのでトリスタンは何も言わない。


リュシアンは気持ちを切り替えるように首を振って、報告を続けた。


「とりあえず今夜、侯爵邸で緊急事態が起こったら俺の代わりに補佐官が対応することになっています。別に陛下が対応して下さってもいいんですよ。セリーヌが心配なので俺はもう帰ります。俺が何連勤したか分かってます?明日は遅めに登城しますから」


「早めじゃなくて遅めなのか?」


さすがに呆れて言うと


「妻との時間を犠牲にしてまで働きたくありません」


しれっと答える。こいつは常に優先順位が変わらない。セリーヌ至上主義だ。


「分かった分かった。いつもよく働いてくれて感謝している」


苦笑いしながら降参すると、リュシアンは満面の笑顔で執務室から出て行った。


補佐官では対応しきれないこともあるだろう。指揮系統を監督するのは自分がやらねばなるまい。今夜は徹夜だな。リュシアンはそれを見込んでここに来たに違いない。ため息と笑いが同時に出た。


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