告白
晩餐会の翌日、フィオナが先生のことを考えてボーっとしていたらノックの音がした。慌てて立ち上がって返事をすると、静かに扉が開きアンドレが顔を出した。
「フィオナ、良かったら一緒にお茶を飲まないか?」
「はい。ちょうどお茶が飲みたいなと思っていました」
タイミングを計ったかのように、アニーがティーワゴンを押しながら部屋に入ってくる。アニーがお茶の準備をしている間にアンドレに席を勧めた。ちょっと照れくさそうにアンドレがソファに腰を掛ける。
やっぱりイケメンだなぁ、とフィオナは見惚れてしまう。目元は涼やかだし鼻筋は通っている。精悍な顔立ちはリュシアンに似ているが若干あどけない少年っぽさも残っている。瞳の色はセリーヌゆずりだ。
お茶を淹れ終えたアニーが一礼して退出した。
「フィオナ、大丈夫かい?」
「・・・何がですか?」
「夕べの話は・・君にとって辛いことが沢山あったろう?それにアレックスを責めるようなことを言って悪かった」
「いえ、そんなお気になさらないで下さい。私を気遣ってくださったんですよね。先生のことは心配ですが・・・私は先生を信じています。とても頭の良い方ですし、なんとか切り抜けて脱出されると信じています」
アンドレは複雑な表情を浮かべている。
「夕べも思ったけど・・君は随分とアレックスを信頼しているんだね?」
「はい。私にとっては世界で一番信頼できる方です!」
「せ、せかい・・。でも、それは君が過ごしてきた過酷な環境の中でアレックスだけが頼りだったからじゃない?君は人に会うことがほとんどなかった。だから刷り込みで強くそう感じるのではない?」
フィオナは頑なに首を横に振った。
「いえ、もし他の方が家庭教師だったら決して同じように感じなかったと思います。先生だから、先生だったからこそ、心から信頼できる絶対的な安心感が得られました」
「そこまで信頼されるアレックスが羨ましいな。」
アンドレが小声でつぶやく。
「え?」
「実は君に伝えたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「僕は君が好きだ。結婚を前提に僕のことを考えてみてくれないか?」
(ええええ!!!と、とつぜん・・?!)
自分の顔と頭が真っ赤になっていく感覚がある。耳まで熱い。
「僕は半分セイレーンだ。セイレーンの血を引く人間は、ほぼ不老不死なのは知っているよね?だから僕は伴侶を持たないと決めていた。愛する人を見送った後に永遠を一人で生きるなんて地獄だからね」
それは何となく分かる気がする。コクコク頷くとアンドレは安心したように話を続けた。
「それだけじゃない。これまで心を揺さぶるような令嬢には出会ったことがなかった。君に会うまでは」
美青年の切なそうな瞳に心臓がどきどきと跳ねる。
(うわ、どうしたらいいか分からない・・・)
フィオナは焦って目を逸らした。
「突然こんなことを言われても困るだけだよね。君にとっては昨日が初対面だったし。でも、突然目の前に現れた君を僕は天使だと思った。一目惚れだったんだ。なんて美しいんだ、と心惹かれたけど今もとても可愛らしい。できたら頭を撫でさせて欲しい!」
アンドレが拳を握りしめて力強く言う。
「・・・触りますか?」
「ぜひ・・・いや、大丈夫だ。今はきちんと話がしたい。夕べ君の話を聞いて僕は感動したんだ。過酷な運命に立ち向かい諦めずに戦ってきた君はとても勇敢だ。優しくて勇敢な君にどうしても惹かれてしまう。君が好きだ。どうか僕のことを人生の伴侶として考えて欲しい」
「あの・・私はまだ・・・恋愛とか分からなくて・・」
「もちろん、返事は今じゃなくていい。これから僕の誠意を見せていくつもりだ。だから、どうか君を思い続けることを許してくれないか?」
「アンドレ様・・」
「アンドレと呼んでくれ」
何と言ったらいいか、言葉が見つからなくて俯いた。こんな立派な男性に告白されるなんて奇跡だ。先生は何と言うだろう?
「フィオナ、どうか僕に機会を与えて欲しい。君のことを好きでいていい?」
どうしていいか分からなくて、ただコクコクと頷いた。
アンドレは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
(ぐふっ・・・イケメンの無邪気な笑顔、破壊力つよ・・・ごめん、君の天使はけっこう年いってるんだ)
中身五十路のフィオナは申し訳ない気持ちで一杯になる。
アンドレはフィオナの目の前まで来て跪くと、手を取ってまた指先に唇を寄せた。
「残念ながら僕はもう王都に帰らないといけない。また会いに来る。どうか元気で。愛してる」
熱い視線でアラフィフの胸を打ち抜くとイケメンは颯爽と去っていった。前世アラフィフには刺激が強過ぎる。
フィオナはその後しばらく呆然とソファに座っていたようだ。気がつくとアニーが心配そうに頭を撫でてくれていた。
「フィオナ様、大丈夫ですか?アンドレ様が何か無体なことを・・・?」
フィオナは慌てて首をぶんぶんと振って否定する。あんな良い方に冤罪ダメ絶対!
「いえいえ、アンドレ様はとても優しくて紳士です。私が経験不足のせいで、情報処理が追いつかなくて・・・」
「経験不足・・・。まさか告白でもされましたか?」
フィオナがはっと口を手で押さえるとアニーがやれやれと肩をすくめる。また顔が熱い。
「フィオナ様はまだ十四歳でいらっしゃいます。経験があったら逆に怖いですよ。しかも、ずっと酷い環境で過ごされてきたんです。恋だの愛だの浮ついていられません。あの方は年齢の割にちょっと子供っぽいので思い立ったらすぐに気持ちを伝えないと気が済まなかったんですね。きっと」
「年齢の割に・・?おいくつでいらっしゃるのですか?」
「もう三十四歳です!フィオナ様とは二十歳も離れているのだから、もっと落ち着いた大人の包容力を見せて下さらないと。焦って告白してフィオナ様を戸惑わせるなんて!」
フィオナは、なんだかアンドレに申し訳ない気持ちになってきた。
「アニー、私は生まれて初めて愛の告白というものをされて実は嬉しかったの。どうかアンドレ様を責めないで。それに急がないからゆっくり考えてって言って下さったわ」
頬をぽっと染めながら言うと、アニーは目をキラキラさせて坊主頭をぐりぐり撫でる。アニーはもうこれがデフォだ。
「アンドレ様はとても優しくて誠実な方です。フィオナ様のお気持ち次第ですが、もしお二人がご結婚されたら私も嬉しいですわ。でも、無理なさる必要はないのですよ。ゆっくりお考え下さいね」
フィオナは子供のようにコクコクと頷く。
恋愛感情って、いまだに良く分からない。前世でも恋愛経験はあった。でも付き合った男性のほとんどは恋人が医師ということを嫌がった。仕事の話をすると「自慢?」と言われたこともある。
前世の自分は努力を認めてくれる男性が欲しかった。優劣とかじゃない。頑張ったことをお互いに認めあえる、そんな関係が理想だった。でも、そんな男性に会ったことはなかった。世界のどこかにはいたんだろうけど、自分の周囲にはいなかった。
(親にも褒められた記憶がないから、きっと承認欲求の塊みたいなんだろうな、私って)
自虐めいたことを考えて気持ちが落ち込んだ。
この世界で先生に出会って、生まれて初めて頑張ったことを認めてもらえたって嬉しかった。先生のこと、大好きだって思った。でも、それは欲しかったものを初めて与えられたからだったのかな?
アンドレが言っていた『刷り込み』という言葉が胸に重くのしかかる。
(私の先生に対する想いは恋なのだろうか?それとも・・・)
無性に泣きたい気持ちになってフィオナはアニーにしがみついた。