番外編 エレオノーラとベルトランド 5
私は翌日エラルドにプロポーズされたことを伝えた。
「やっぱなぁ、あんなに威嚇されるんだから、相当執心だよ。獣人は恋人への執着も独占欲も強いから気をつけなよ」
と言われる。
「俺は大丈夫。人のものになった女には興味ないんだ」
とあっさり言われて少し拍子抜けしたが安心した。
その数日後、シモン公爵がベルトランド邸を訪問した。
私の様子を見に来たんだと思う。また迷惑かけてないか心配しているのだろう。
最初はベルトランドと二人だけで話をしていたが、途中で私も呼ばれた。
シモン公爵は私の薬指にはまった黒曜石の指輪にさりげなく視線を向ける。
「甘やかされて育った我儘娘にしては良く頑張ったんじゃないか?」
と言われて、
「叔父様にしては甘口ですわね。でも、これまで私がしたことを心から謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。
公爵が頭を掻きながら
「まあ、頭も性格も悪いが、根性はあったということか」
と言うとベルトランドが
「おい。人の嫁を侮辱するな」
と庇ってくれる。
それに『嫁』と呼んでもらえたことが嬉しくて、顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「まあ、ようやくまともな恋愛が出来るようになって一安心だ。今までは駄々っ子がおもちゃを欲しがるような感覚だったからな」
と公爵が溜息をついて、初めて私に笑顔を向けてくれた。
そして、リオの結婚式にはみんなで出席して欲しいと言われて、
「私も出席していいの?」
と驚くと公爵は顎を掻きながら
「今のお前ならアンドレを追い回すこともないだろう」
と言う。
ベルトランドの目が鋭く光って
「アンドレって誰だ?」
と私の手を握る。後の説明が大変そうだ。
余計なことを言った公爵を睨みつけると、彼は「仲が良くて何よりだ」とカラカラと笑った。
私はアンドレのことを甘く問い詰められて、昔のことを説明した。
昔セリーヌに嫉妬して酷い嫌がらせをしたことや、アンドレに惚れ薬を食べさせて危うく殺すところだったこと、迷惑な付きまとい行為でみんなから嫌われたことも全て告白した。
引くよね・・。私も引くわ。自分で話していても酷いもの。
もう嫌われてしまうかもしれないと不安だったけど、ベルトランドは受け入れてくれた。
これから頑張ればいつか許してもらえるだろうと言って貰って、勇気が湧いた。
恥ずかしかったけど、私はリオにやきもちを焼いていることも告白した。
だって、誰に聞いてもリオが人気者なのは間違いない。ベルトランドがリオを褒める度に胸がチクチクする。
「こんな心の狭い女は嫌いだよね?」と訊いたらベルトランドに
「お前は可愛すぎる!」
と強く抱きしめられて窒息しそうになった。
結婚式の前にリオが遊びに来ると聞いた時、私は不安だった。
リオの婚約者も来るし、ベルトランドと何かあるんじゃないかっていう嫉妬じゃない。
そうじゃなくて、私と違って常にみんなから愛されるような眩しい存在が、私みたいな嫌われ者を見た時にどんな風に思うのか、それを想像すると怖かったんだ。
それにリオとセリーヌはとても仲が良いらしい。私は絶対に嫌われていると確信していた。
でも、リオに会ったらお礼を伝えるようにベルトランドから言われた時は素直に頷いた。
助けてもらったお礼を言うのは最低限の礼儀だし、あの時リオに助けてもらわなかったらこうしてベルトランドに会うこともなかった。とても感謝している。
リオ達に出すメニューをエラルドと決めて、必要な野菜を畑から獲って戻って来た時、屋敷の前に人が立っていることに気が付いた。
美少女を先頭にした屈強な男達・・・リオ達じゃない?と思ったら、パニックになった。
私はいつもの農作業服に今日はほっかむりまでしている。こんな姿を見られたくない。とりあえず隠れなくちゃと思った瞬間にリオとバッチリ目が合った。
もう逃げられない・・・と観念した。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
と目を逸らしながら挨拶する。
「初めまして。私はリオ・シュミットと言います」
と丁寧にお辞儀をする美少女。笑顔も可愛い。みんなに愛される理由が良く分かる。
私は初対面から最悪の印象だな、と軽く落ち込みながら、
「あなたのことは知ってるわ」
と言った。ああ、こんな言い方も可愛げない。
でも、ちゃんと御礼は言わないといけない。
辛うじて聞こえるくらいの小さな声で
「・・・ありがとう」
と言った。情けないがこれが私の精一杯だ。
リオ達の反応を見るのが怖い。
誤魔化すために何か言わなくちゃと焦って、
「今日の野菜は特に出来が良いのだけ選んだんだからね。ベルトランドの料理人の腕も最高なんだから、残したら許さないから!」
と言ってしまった。
失礼だよね。怒らせちゃったかなと恐る恐るリオ達の方を見るとリオ達はブホッと噴き出した。
私はドアを開けて奥に向かって
「ベルトランド!お客さんが来たわよ!」
と怒鳴る。
屋敷に入って、リオの婚約者だというレオンに改めて紹介された時、アレックスの若い頃に瓜二つで驚いた。一瞬本人かと思った。
「ご親戚ですか?」
と訊いたら苦笑いで
「そんなとこです」
と返された。
シュミットってシュヴァルツの名前なんだけど・・・と疑問に思ったけど、深く考えないことにした。私には関係ないことだ。
リオは臨月の妊婦さんなので、その日はあまり無理な予定は組まなかった。
近くの牧場に生まれたばかりの仔馬を見に行って、近所の森を散歩して帰って来ただけだった。
それでもリオ達はとても楽しそうで、私達も嬉しくなる。
エラルドも料理の腕を存分に振るってくれて、皆満足して帰って行った。
1週間後リオとレオンの結婚式が挙げられた。
ベルトランドや獣人達と一緒に大挙して結婚式の会場に乗り込んだ。
獣人達が結婚式を寿ぐ狼の遠吠えを始めると周囲が騒然とする。
しかし、リオがすぐに駆け寄ってきてくれて、みんなと和やかに話し始めたので、危険ではないと判断されたようだ。
周囲がまた談笑を始めて賑やかになる。
ベルトランドがリオの頭を撫でて、
「リオ、綺麗だ。幸せにな」
と言っているのを耳にしてしまった私は思わず壁の影に隠れてしまった。
やっぱりリオは綺麗で可愛い。私はあんな花嫁にはなれないなと劣等感に苛まれる。
その時キョロキョロしていたリオと私の目がバッチリ合った。
もう誤魔化しきれないと壁から出ていき、リボンのついた小さな籠をリオに押し付けた。
「・・・それは今年一番のイチゴなんだからね!有難く食べなさいよね!」
私が作った訳じゃないけど、と心の中で付け加える。
リオが籠の中を覗き込んで顔を綻ばせる。
「ありがとう!大切に頂くね!」
当然よ!と心の中で呟いて、私はベルトランドの元に走り寄った。
ベルトランドの隣に誰かいると思ったら、お父さまだった。思わず足が止まる。
私は未だにお父さまとはうまく話せない。
幼い少女のように両手を握り締めて俯いてしまう。
ベルトランドが私の頭を乱暴に撫でながら
「カール。こうやって頭を撫でてやるだけで仲直りできるもんだぜ」
と言う。
私が顔を上げてお父さまを見ると、お父さまは気まずそうに眼を逸らした。
やっぱり私は嫌われているからな・・。
「いや、私は嫌われているから・・」
と言うお父さまの言葉を聞いて、私は呆気に取られた。
「・・え?嫌われているのは私でしょ?」
「誰に嫌われてるんだ?」
「お父さまに」
お父さまは顔を引きつらせる。
「私はお前を嫌ったことはない」
・・・・え?うそ。
「いや・・腹を立てたことは何度もある。でも、嫌ったことはなかった。お前こそ私のことをずっと嫌っているだろう?」
「・・・私はお父さまとずっと仲良くしたかった」
思わず口に出てしまった言葉にお父さまは衝撃を受けたようだ。
しばらくの沈黙の後、
「・・・すまなかった。私は父親らしいことを何一つしたことがなかったから。お前の父親の資格はないと思っていた」
と言葉を絞り出す。
ベルトランドはニコニコしながら
「じゃあ、これで仲直りだな!」
とあっけらかんとしている。
そ、そんな簡単なことじゃないのよ!
私が焦っているとお父さまは
「私はお前のことを何も知らない。これから少しずつ知っていけるように努力するから。私と家族になってくれるか?」
と手を差し出した。
捨てられた子犬のような不安そうな顔をしている。
私はふっと笑ってしまった。苦笑いしながらお父さまの手をとって握手する。
「私も同じ気持ちです。こちらこそ宜しくお願いします」
と頭を下げた。
二人で初めて顔を正面から見合わせて笑い合う。
どこまでも広がる空の蒼さが眩しくて、少しだけ目に沁みた。