番外編 エレオノーラとベルトランド 4
その後も私の畑では多くの種芋が芽を出した。
芽が大きくなったら芽かきというやり方でジャガイモの芽を間引く必要があるそうだ。
その後も追肥が必要だし、病気や害虫の対策を取らないといけないから農業は気が抜けないとベルトランドが教えてくれた。
その頃には私はもういないけど・・・と密かに溜息をつく。
「・・・元気ないけど大丈夫?」
とエラルドに声を掛けられて、私は我に返った。
私は彼の手伝いをして、ジャガイモの皮を剥いているところだった。
ジャガイモの皮むきも最初は大変だったが大分上手くなった。
「あ、ごめん。ちょっと考えごとをしていて」
と言うと
「悩みがあるなら俺が聞くよ」
とエラルドが優しく言ってくれる。
「・・ここのみんなは私に優しくて、有難いなって。お別れするのは寂しいなって考えてたの」
「えっ!?エレオノーラはここにずっと居るんじゃないの?」
「ううん。一ヶ月のお試し期間って言われているし。これ以上迷惑を掛けたくないから・・」
と首を横に振ると、エラルドの顔がずいっと私に近づいた。
「エレオノーラはベルトランドに求婚したってホント?」
「うん、本当よ。それで一ヶ月のお試し期間をくれるって言って貰ったの」
「それでベルトランドはお試し期間後について何て言ってるの?」
「何も・・・」
「何も言ってないの?なんだそれ!」
「・・・ベルトランドは優しいから迷惑だと思っても何も言えないのよ」
エラルドは何かを堪えるように俯いていたが、不意に顔を上げると私の両手を握った。
ジャガイモが手から落ちてコロコロと転がっていく。
「エレオノーラ、俺とじゃダメか?ベルトランドじゃなくて、俺と結婚してここに住めばいいじゃないか?」
エラルドの眼差しは真剣で私は言葉に詰まる。
「・・・あのっ・・私は・・」
不意に冷たい声が背後から聞こえた。
「・・何をやっている?」
落ちたジャガイモを手に取ったベルトランドがドアに寄り掛かって私達を見ていた。
その視線が今まで見たことがないくらい冷たくて怖い。怒りの気が立ち上るようで、私は全身がすくんでしまった。
エラルドは慌てて立ち上がり、
「ベルトランドはエレオノーラのことを何とも思ってないんだろう?だったら俺が・・」
と言いかけると、ベルトランドが吠えた。
威嚇する人狼の迫力にエラルドは気圧されて跪いた。
ベルトランドは私を抱き上げて、そのまま彼の寝室に連れて行く。
私はベルトランドを怒らせてしまったと内心パニックで泣きそうだった。
彼は私をそっとベッドに置くと
「お前もか?」
と訊ねる。
その目はまだ怒りに満ちていて、私は怯えを隠すことが出来ない。
「・・・何が?」
「お前もエラルドと一緒になりたいのか?」
私はあまりに思いがけないことを聞かれて絶句した。
「・・・答えられないのはそうだということだな」
というベルトランドの冷たい言葉に私は焦って首を横に振る。
「違う!そんなこと聞かれると思わなかったからびっくりして・・・。私はベルトランドのお嫁さんになりたいからここに来たのよ」
と言うとベルトランドの目が少し和らいだ気がした。
私はポツリポツリとエラルドとの会話を説明する。
そして、これ以上迷惑を掛けたくないから、一ヶ月のお試し期間が過ぎたら私はシュヴァルツに帰ろうと思っていると告げると、ベルトランドは途端に慌てだした。
「・・・いや、ちょっと待て。それは・・。俺もちゃんと考えていて・・・」
いつもどっしりと構えているベルトランドがこんなに焦っているのを初めて見る。
彼ははぁ―――っと深い溜息を吐いた後、
「お前のジャガイモの世話はどうするんだ?」
と私に訊ねる。
「それは、正直心残りです。収穫できるまでお世話したかったです」
と言うと
「じゃあ、それまで居ればいいじゃないか」
とベルトランドが答えた。
「その後は?」
という私の質問にベルトランドは頭を抱える。
やっぱり頭を抱えるくらい私は迷惑なんだな・・と思うと心が徐々に沈んでいく。
その時
「俺は・・・もっとロマンチックなプロポーズを考えてたんだ!」
振り絞るようにベルトランドが叫んだ。
私は頭が真っ白になる。今彼は何て言った?・・プロポーズ?
ベルトランドは悔しそうに立ち上がると机の引き出しから小さな箱を取り出した。
ベルトランドは言いにくそうに
「俺はそんなに金持ちじゃない。お前に合うような宝石は買えなかったが、お前の髪の色みたいだな、って・・・その・・気に入らないかもしれないが・・」
とその箱を私に差し出した。
私が恐る恐る箱を開くとそこには黒曜石の指輪が鎮座していた。
「・・・わ、私に・・・?」
「他に誰がいる?」
彼の言葉に私は再び号泣した。嬉しくてもう涙が止まらない。
ベルトランドは私の涙をペロリと舌で舐めると、私を抱きしめた。
「それで返事は?」
と耳元で囁く。ずるい。
「ちゃんとプロポーズされてない」
と私が頬をふくらますと、彼は頬を指でつつきながら
「俺と結婚してくれ」
とプロポーズした。
私は「はい!」と言って、思いっきり彼の首にしがみつく。彼からはお日様の匂いがした。