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セイレーンの未来

その日、リオとレオンは重要人物の来訪を待っていた。リオは落ち着かず部屋の中をウロウロと歩き回る。レオンはお腹の膨らんできたリオを支えながら、そっとソファに座らせた。


「大丈夫だよ。君も知っている人だろう?」

「それでも緊張するわ。実際に会ったのは一回だけだし、それに・・・」


その時ドアがゆっくりノックされた。レオンが返事をする。


扉を開けて入ってきたのはスラヴィア共和国キーヴァ・オライリー大統領だった。その後ろにイケメンの獣人と男女のセイレーンが続く。


レオンが堂々とした態度で彼らを迎える。爽やかに挨拶をするレオンをリオは頼もしげに見つめた。


(さすが私の旦那様だ)


リオが気持ちを落着けて自分も挨拶しようと立ち上がりかけた時に、突然キーヴァとセイレーンの男女が床に平伏した。


リオは茫然と立ちすくむ。


「フィオナ、いやリオ!君には信じられないほど酷いことをしてしまった。誠に申し訳なかった!」


キーヴァが額を床に擦りつけながら謝罪する。それに合わせて後ろのセイレーンの男女も頭を床に押しつける。


「いえ、キーヴァは悪くありません。全ては私どもの身勝手さのせいです。本当に、本当に申し訳ありませんでした」


と謝罪する言葉で、彼らがキーヴァの両親であることが分かった。獣人のイケメンは、その様子を黙って見ているだけだ。


リオは口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。それくらいパニックに陥った。


「・・・・・・・・っ」


『土下座は止めて~!』と言いたい気持ちをレオンが汲んでくれて「リオが困っています。どうか顔を上げて下さい」と冷静に声をかける。


リオもようやく声が出せるようになって


「・・・っど、どうか、お願いです。そ、そんなことする必要ないです・・・すみません。どうか立って下さい・・・」


と懇願した。


キーヴァはリオの混乱ぶりを見て、立ち上がった方が良いと判断したらしい。スクっと立ち上がってリオに深くお辞儀をした。


「本当にごめんなさい!」


キーヴァがそんなに謝る理由はない。


「そ、そんな・・・全然そんなこと気にしないで下さい。私は気にしてないです」


リオは必死で言い募った。


レオンはその隙にキーヴァと両親、そして獣人の側近にソファに座るよう丁重に促した。ようやくキーヴァたちが普通に座ってくれて、リオはホッと安堵する。


(ああ、良かった。これで普通に話ができる・・・)


レオンがドアを開けて合図をすると、アニーがティーワゴンを押してお茶を用意してくれる。テキパキとお茶を淹れたアニーが一礼をして出ていくと、リオは正面からキーヴァの顔を見つめた。


本当に鏡を見ているみたいだ。髪の長さが違うので受ける印象は違うけど、顔の造りは全く同じに見える。でも、キーヴァはまだ申し訳なさそうな顔をしている。


リオは思い切って話しかけた。


「あの、キーヴァもご両親もどうか本当に気になさらないで下さい。私は苦労もありましたが、今はとても幸せなんです」


と言って、レオンと見つめあう。レオンは蕩けるような甘い眼差しを向けながら、リオの肩を抱いた。


キーヴァは少し赤くなった。隣に座っている獣人のイケメンも照れくさそうに俯く。獣人のイケメンはダニロと言って、キーヴァの側近兼護衛だそうだ。キーヴァが旧帝国の山岳地帯に現れた時からずっと一緒にいるんだって。


「・・・リオが今幸せならいいけど。もし、将来困ったことがあったら、必ず知らせてね。リオは恩人だから、私たちはリオのためなら命を懸けるわ」


と物騒なことをキーヴァが言い出したので、慌てて


「い、いや、私は何もしてないし。キーヴァが恩に感じるようなことは何もないのよ」


と説明する。


しかし、キーヴァは頑固だ。


「リオが村長を鎮めてくれなかったら、この世界は終わりだった。リオはこの世界の全ての生き物にとって恩人なのよ」


リオが絶句していると、レオンは


「リオは謙虚だから、自分の手柄だとは思っていないんです。でも、キーヴァ大統領の言葉は非常に心強く、リオの夫として心から感謝申し上げます」


と頭を下げた。


「私はもう本当に気にしていません。私が昔住んでいた世界では『塞翁が馬』という言葉がありました。何が幸福につながり、何が不幸につながるかは誰にも分からないという意味です。確かに苦労はしましたが、今は本当に幸せです。だから、どうかこれ以上は気にしないで下さい」


と繰り返すと、キーヴァもようやく納得してくれたようだ。


そして、キーヴァがダニロに目で合図をすると、彼が抱えていたリボンのついた包みをキーヴァに手渡した。


クールなダニロの手に可愛らしくラッピングされた包みがあって、気になっていたのよね。何かしら?リオが興味津々で見つめていると、キーヴァがその包みをリオに恭しく贈呈した。


(え!?プレゼント?私に?!)


「旧コズイレフ帝国第三皇子の母君でいらしたマリヤ様を覚えていますか?」


キーヴァが尋ねる。


(うん、アントン様のお母さまだよね。一度しかお会いしてないけど、勿論覚えている)


「はい、一度お会いしたことがあります。息子さんのアントン様にはとてもお世話になりました」

「マリヤ様は刺繍がお得意で、国一番の腕前と言われています。マリヤ様はアントンを助けてくれたリオに大変感謝していて、これを御礼に、と渡されました」


(うわぁ、嬉しい・・・)


リオが満面の笑みを浮かべて包み紙を抱きしめると、キーヴァもやっと顔をほころばせた。


「開けていいですか?」


と言うとキーヴァも身を乗り出して


「是非!私も見てみたかったの!」


と声を弾ませる。


リオがワクワクしながら包みを開けると大きなタペストリーが現れた。


そこに大きく描かれているのは・・・丸坊主だった頃のリオだ。


微妙な違いのある多くの種類の白を使った刺繍糸で描かれているリオは信じられないくらい美しかった。瞳だけが燃えるように紅い。


前世で日本に住んでいた頃『Vフォー・ヴェンデッタ』という映画を観たことがある。ナタリー・ポートマン演じる主人公が映画の中で無理矢理丸坊主にされるんだ。


泣きながら丸坊主にされていた主人公が、


苦しみを乗り越えた時、


真の強さを見出した時、


信じられないくらい美しかったのを覚えている。


タペストリーの中のリオはそんな顔をしていた。


「・・私、こんなに綺麗じゃないけど・・」


と言うと、キーヴァは瞳を潤ませながら


「ううん、これはリオだよ。同じ顔だけど、私じゃないってすぐに分かる。さすがマリヤ様だね。完全にリオを描いていると思う」


と断言する。


レオンも、その場に居た全員も深く頷いた。


(いやだ、私の視界もぼやけてきちゃった。最近涙腺が脆すぎる)


レオンが優しくハンカチでリオの涙を拭う。


「どうかマリヤ様に御礼をお伝え下さい。あとアントン様にも宜しくお伝え下さい」


とリオは頭を下げた。


キーヴァは嬉しそうに快諾する。


「そういえば、アントンが最近婚約したのよ」とキーヴァが言う。


「え、誰と?」

「エレナよ」


納得だ。リオが泣き笑いの表情になる。


「お似合いですね」

「そうよね!あのヘタレがようやく・・。まあ、まとまって良かったけど、焦れったかったわ」


キーヴァが軽くダニロを睨むと、ダニロは気まずそうに居ずまいを正す。


「それで、今回私がフォンテーヌに来たのには多くの理由があるの」


(そりゃ、当然よね。一国の大統領がわざわざ訪問するんだから)


「友好条約の締結とか、交易のこととか色々あるんだけど、セイレーンの村人の扱いについての話し合いも含まれていたのよ」


(あ・・・そうだよね。村人が百人以上フォンテーヌに保護されていたんだった)


村長とイーヴは今でも村で暮らしているけど、村人たちはどうなるんだろう?


「村長とも今後どうすべきかを話し合ったの。希望する者は今までのように村で暮らしても構わないと言っているわ。でも、市井で他の人間に混じって暮らしたいという村人がいたら、それを尊重して加護を与えてくれるそうよ」


もし、セイレーンと普通の人たちが平和に一緒に暮らせたら一番いいよね。


でも、セイレーンを誘拐しようとする悪者は絶対に無くならないと思う。それを不安に思うセイレーンがいても当然だ。


「フォンテーヌで保護されている村人たちは地元住民との交流もあるのよ。それが楽しいって言う村人も多いの」


おお、そうなんだ!


「セイレーンは魔力が高いから、治癒士とか向いていると思う。あと長期間同じ人が続けると良い職業もあるよね。例えば、司書とか研究官とか魔道具士とか」


なるほど。


「村長が教会と話をつけてくれて、何人かセイレーンを聖職者として育成することも視野に入れているみたい。村長から『我の代理人として扱え』と言われたら、教会も嫌とは言えないわよね」


村長の様子を想像すると噴き出してしまった。


「教会も、セイレーンを迫害することは神の意思に背く行為であり、死後地獄に落ちるって信者に広めてくれるって言っていたわ」


それはいい考えかもしれない。


「村長は『身の安全』の加護を与えてくれるって。それで国がある程度の警護体制を整えることができたら、セイレーンも安全を脅かされずに過ごせるわよね。国もセイレーンが手に職をつけて働いてくれたら国益になると考えているの。だって、老齢年金なんか必要ないでしょ。技術を身に付けてずっと働いてくれたら有難いわよね」


なるほど。ウィンウィンの関係ですな。


「そういったことを村人に説明して、私と一緒にスラヴィア共和国に行くかこのままフォンテーヌに残るか個人の判断に任せるって言ったの。そしたら、約半数が私と一緒に帰るって。うちの両親もそうだけど」


とちらっと両親を見る。両親はコクコクと頷いた。


「私は獣人が不当に差別されているのが許せなくて大統領になったの。社会を変えたい。獣人もセイレーンも差別されたり、狙われたりすることなく平和に安全に暮らせる社会を作ることが私の目標よ」


キーヴァはすごい。なんか感動した。


「スラヴィア共和国の大統領の任期は五年で三期以上は大統領を続けることが出来ないの。だから、私が次も大統領に選ばれたとしても最長十年の任期なのよ。その間に私は頑張ってみんなが暮らしやすい社会を作るわ」

「うん、頑張って!キーヴァなら出来るよ!」


リオが勢い込んで言うと、キーヴァは照れくさそうに笑った。


「それで、その後はね。冒険者になりたいの。自由に世界を旅したいと思ってる。世界ってどれだけ広いんだろうっていつも夢見ているの」


リオはキーヴァの希望に満ちた瞳に心から感動した。


きっとこの世界はもっと良い場所になるだろう。そうなって欲しいと心から願った。

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