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両想い

翌日エレナはルカと職場で待ち合わせて、最初の目的地に出発した。


ルカの話だと、遠隔地で物資が届きにくい場所に首都から多くの商品を売りに来る商人がいるらしい。平民には珍しく転移魔法を駆使して多くの商品を運び、しかも利益は最低限で安価に商品を提供しているという。人々から慕われており各地を回っているので、その商人から話を聞きたいそうだ。


だから、最初の目的地はその日にその商人が来る予定の町だと言う。『そんな奇特な商人がいるのね』なんて、エレナは気楽に考えていた。


***


目的地に到着し町の中心にある広場に向かって歩いていくと、何やら人が集まっている。


ルカが「多分例の商人が物を売ってるんだと思うよ」と耳元で囁いた。


エレナは頷くと、ズンズンと広場に近づいていった。すると、広場の真ん中で見覚えのある背の高いイケメンが、女の子たちに囲まれて盛大にニヤけている。


「・・・・・・あ、あ、あ、アントン殿下!?」


とエレナが口走るとルカの目がまん丸になった。


「えっ!?誰が?どこに?」

「あ、あの、真ん中の背の高い・・・女の子に囲まれてご満悦の人が・・・」

「・・・ご満悦?」


と不審そうだったけど、ルカはとりあえずアントンに話しかけることにしたらしい。エレナが躊躇する中、スタスタとアントンに近づいていった。


「・・失礼します。大統領府から派遣されてきましたルカ・ペトローヴィチと言います。首都から商品を運んで商売をしている商人がいると聞いたのですが、あなたのことですか?」


アントンは戸惑った様子で頷いた。


ルカが振り返ったので、アントンもエレナの方に目を向ける。やばい。隠れる場所はないかと探したが、なぜ隠れる必要があるのかと思い直し、エレナは堂々とアントンに近づいた。


アントンはエレナに向かって満面の笑みを浮かべた。


「エレナ!久しぶりだね。君も大統領府から派遣されたの?すごいね」


屈託のないアントン。昔と全く変わらない態度のアントンに何故かエレナは苛立ちを覚えた。


(私はこんなにドキドキしているのに、どうしてあなたは平然としているの!?)


表情を強張らせるエレナにルカが不審そうに「エレナ?」と声を掛ける。


ああ、いけない。仕事だ仕事。私情を挟むなんてもってのほかよ。


エレナは笑顔を取り繕い「お久しぶりです。殿下」と頭を下げた。


「頼むから殿下は止めてくんない?もう殿下じゃねーし。アントンって呼んでよ」と困ったように微笑む。


その笑顔が可愛いと思うことなんて絶対にない!


エレナは平静を装って「分かりました。アントン、お久しぶりです」と敢えて他人行儀に挨拶をした。


アントンは少し寂しそうにしながらも、ルカに向かって返事をした。


「それで大統領府の人が俺に何か用?俺、ちゃんと商売の申請書とかも出したよ」

「いえ、問題があるわけじゃないんです。各地を回って商売をしている商人の噂を聞いて、各地の様子を教えて欲しいと思っただけなんです」


ルカが慌てて説明すると、アントンは「良かった」と安心したように笑った。


「それにしても、まさか元皇子殿下とは思いませんでしたよ。教えてくれた首都の商店主は長い付き合いの商人だって言ってたから」

「ああ、それはホントなんだけどね。俺は皇子の頃から首都の商店主たちと仕事をしてたから」

「へえ?」


とルカは好奇心丸出しの面持ちだが、アントンはそれ以上語らない。


代わりに広場の隅で談笑している年かさの男たちを指さした。


「あのさ、この地域の様子を知りたいんだったら、彼らに聞くのが一番だよ。この地域の世話役というか、よく知っている人たちだから。俺は仕事があるから、ちょっと待っててもらっていいかな?」


見ると商品を買いたいお客さんが列を作って待っている。


「も、もちろん。邪魔をしてすみませんでした」


ルカは頭を下げ、エレナもお辞儀をしてその場を離れた。


アントンは笑顔でお客さんに商品を売っている。


『楽しそうだな・・・』と見つめていると、明らかにアントン狙いの若い女性たちが再びアントンに群がった。


昔からモテる人だったけど、今青空の下で物を売っているアントンは生き生きとして前よりずっと魅力的に見える。


「エレナ?」


とルカに声を掛けられて、ピョンと飛び上がってしまった。


「はい!ぼーっとしていて、ごめんなさい。あの方たちに話を伺いましょう」


アントンが言った通り、男たちはこの地域の顔役で貴重な情報を沢山提供してくれた。


彼らはアントンのことを褒めちぎっていた。この地域はアントンがいなかったら食糧難や物資不足で酷い状況になっていただろうという。


『さすが殿下!』と誇らしい気持ちになったが、よく考えたらエレナとアントンには何も関係がない。自分が誇らしく思う理由なんて何もない。


(・・・どうしてそれが寂しいと思うんだろう?)


商品を全て売り切ったアントンが近づいてきて、昼食を一緒にどうかと誘われた。願ってもないとルカが答え、近くの食堂に行く。ルカとアントンは食事もそっちのけで熱心に行政管理について議論していた。


「・・・だから、中央から行政官なんていう仰々しい名前の官僚が派遣されたって、地元のことを何も知らない新参者に偉そうに命令されたくないってみんな思うじゃん?」


「うん、まあそうだな」


「だからさぁ、さっき話してた連中みたいにそれぞれの地元に世話役っぽい人たちが絶対に居るんだよ。その人たちを地域の代表にすればいいんじゃね?それで、地域代表と中央との連絡役として国から調整官を派遣すれば、上手く回ると思うけどね。汚職なんかしない奴を選ばないといけないけどさ」


「なるほどね。参考にさせてもらう」


ルカは真面目にノートを取っている。


「税率が難しいところです。帝国の税率は異常に高く、人々は苦しんでいました。大統領は勿論税率を下げるつもりですが、どこまで下げたらいいのか・・・?地域によって豊かな地域とそうでない地域がある。全国一律の税率でいいのか?悩むところです・・」


ルカの言葉にアントンも考える。


「・・俺は素人だけどさ。税金はやっぱ全国一律でないと不公平感が出るよね。だから、例えば農業だったら全国の穀高を見て、一番低いところを基準にして税率は統一した方が良いと思うよ。でも、商売はちょっと別かな?儲けの多寡に応じて税率を変えてもいいんじゃね?」


ルカが頷く。アントンは続けた。


「豊かでない地域を活性化するように税制を使うことも出来ると思うんだ。例えば、貧しい地域での商売には優遇税制が受けられるとか。そしたら貧しい地域で商売しようって思う商人が増えるかもしれないよね?」


「なるほどね。アントンの意見は面白いね。もっと話が聞きたいよ」


「俺の言うことなんてくだらない思いつきばかりだからさ。役には立たないと思うけど、何でも聞いてよ」


エレナが『自分はここに居る意味あるのかな?』と思い始めた頃に、ルカが思いがけない質問をした。


「旧皇族や貴族の扱いをどうしたらいいですかね?旧皇族として意見を伺いたいです」


一瞬アントンの表情が固まった。難しい顔をしている。これは酷な質問じゃない?まがりなりにも兄弟姉妹のことだよ。


「正直、家族としての愛情があるかっていうと無いから、大丈夫だよ。エレナ」


アントンに言われて、エレナの顔が熱くなる。


(え、私、声に出してた?)


「エレナの考えていることは分かるよ」


アントンは綺麗なウインクを決めた。


「俺は皇族らしくない皇族でね」

「それは分かります」


ルカが冷静に答える。


「あいつら相手の裁判とか大変だよね?証拠集めとかさ。あいつら口だけはスゲー達者だしさ。何にも出来ねーくせに自分は特別だって思い込んでてさー」


アントンの言葉に、ルカが思わず立ち上がって握手を求めた。


共感したんだろうな・・・。うん。


「だからさ、もう大統領が強制力を使っちゃっていいと思うよ。人権がどうとかさ、裁判が必要とかさ、理屈は分かるけど大変じゃん?そもそもあいつらが人を人間として扱ったことのない連中なんだぜ」


ルカは顔を紅潮させて頷いている。頷きすぎて首が取れそうだ。


「まず、仕事をさせねーとな。てめーらの食べ物だって、誰かが働いて作ってくれた貴重なものなんだよ。きっと、食べ物にも文句言ってやがるんだろうけど」

「そうなんだよ!」


再び握手を求めるルカ。


「俺だったらさぁ、元皇族、貴族の男は一兵卒として軍隊に入れて、ひたすらしごくね。地獄の新兵訓練ブートキャンプだよ」


「なるほど」と呟きながらルカがノートを取る。


「女皇族はさ、洗濯女だね。洗濯女として働いてもらいなよ。嫌だって言ったら、食べ物あげなきゃいいじゃん。洗濯っていうのはいい加減にやってたら絶対にキレイにならないんだ。根性を叩き直すには良い修行だと思うよ」


エレナは思わず「そう!そうなのよ!」と大声を出していた。元洗濯女として声をあげずにはいられなかった。


二人に驚いた顔で見つめられて、エレナの顔がものすごく熱くなる。赤面している自覚はある。


「やっぱ、働く辛さっていうのをさ、ちゃんと自覚させるのがいいんじゃね?その後にさ、ようやく働く喜びっつーのが分かってくるわけじゃん?」


アントンの言葉に、ルカとエレナは大きく頷いた。


やっぱりアントンはすごい。皇子の時から分かっていたけど、この人が皇帝だったら歴史は変わっていたかもしれない。


でも、カラカラと笑うアントンを見ていたら、きっと今の自由な生活が彼にとっての幸せなんだろうなって納得した。


ルカは完全にアントンに心服した様子だ。連絡先を尋ねて友達になって下さいと顔を赤くしながらお願いしている。


(いいな・・・私だって友達になりたいってゆーか、でも、友達じゃ嫌だってゆーか・・・、なんでこんな複雑になっちゃったんだろう?)


ルカとアントンは固い握手を交わして、別れを告げた。エレナは「またね」と言って手を振った。アントンも「またな」ってウインクしてくれた。


***


その後、職場に戻って報告書を書いた。隣に座るルカは何だか異常な長さの報告書を書いている。


エレナが帰り支度をしていると、ルカから声を掛けられた。


「エレナの言った通りだな。アントンはいい奴だって分かったよ」

「そうでしょ!分かってもらえて嬉しいわ」

「で、エレナはアントンが好きなんだろ?」


思いがけない攻撃をモロに食らってしまった。


「えええ?ルカ?なななななに言ってるの?」


ルカは意地悪そうに笑いながら続ける。


「もうさぁ、二人とも両想いだろ?お互いチラチラ見てるしさ。でも、目が合うと慌てて逸らせるとか、子供の初恋かって突っ込みたくなったよ」


エレナはビックリした。


「・・・え?両想いって言った?」

「そりゃそうだよ。どう見たってアントンはエレナが好きだろう?エレナは意識しすぎて不自然に冷たい行動を取ってたから、アントンはエレナに嫌われたって思ってるかもしれないけど・・・」

「えっ!?私はアントンを嫌ってなんかいないよ」

「うーん、エレナの態度は凄く冷たかったよ。俺が男だったら嫌われたって思うね」

「い、嫌だ・・・それは誤解なのに・・・」

「じゃあ、誤解を解きに行ったら?」


そう言ってルカから紙を渡された。


「アントンの住所。聞いといたから。そんなに遠くないよ。いい仕事するだろ?俺」


得意気なルカの顔を見て、エレナは自分の頬がどんどん紅潮するのが分かった。


(どうしよう・・・でも、嫌っているなんて誤解されたくないし・・)


震える指で差し出された紙を受け取った。


「・・・ありがとう!」と言って、走り出す。


(あれ?よく考えたら、私、マリヤ様に手紙を書いてるから住所知ってるんだよな)


そう思ったけど、でも、走り出したものは止まらない。


スクの街の外れにあるアントンの家に着いた時には息がゼイゼイしていた。思い切ってドアをノックすると、背が高くてカッコいい獣人が開けてくれた。


「・・どちら様ですか?」

「あの、エレナと言います。アントンに・・」


息を切らしながら、そう言いかけたところで


「あれ、エレナ?どうしたの?」


というアントンの爽やかな声がした。


「あ、あの・・・」


アントンと獣人の怪訝な視線を受けて、顔が熱くてどうしようもない。


「ま、とりあえず入んなよ」


と言われてホッとする。


「まあ、エレナ、いらっしゃい!」


とマリヤが駆け寄って抱きしめてくれる。ああ、やっぱり温かいな。


気がついたらエレナもみんなに混じって夕食を頂いていた。


イケメンの獣人はファビオというマリヤの専属護衛なのだそうだ。


「渋くてカッコいいですね!」


マリヤが嬉しそうに笑う。


「でしょ~。ファビオはカッコいいのよ~」


ファビオが照れくさそうに頭を掻きながら「勘弁して下さい」というのをみんなが笑う。楽しい食卓でエレナも昼間の疲れが癒された。


(・・・あれ?私、何のためにここに来たんだっけ?)



***



帰りはアントンが家まで送ると主張するのでお言葉に甘えることにした。


歩きながらアントンが「今日はいい日だったなぁ。エレナはどうしてるかなってずっと考えてたから、会えて嬉しい」と笑いかける。


また調子のいいことばかり言うのね。


「うそ。手紙も何もくれなかったくせに」

「いや・・・だって失恋した側から手紙出したら、引くだろ?」


え!?今、聞き捨てならない言葉を聞いた。


「失恋・・・・って?誰が、誰に?」


アントンは呆気に取られた顔をする。


「え、俺エレナに振られたよな?」

「え?私、振ってないけど」


あ、そうだ。今日ここまで走った理由は・・・


「私は今日ね、アントンのこと嫌いじゃないのよって伝えに来たの!」


不意にアントンがエレナを強く抱きしめた。


愛おしそうにエレナの頬を撫でながら、そっと頬に口づけた。アントンの柔らかい唇と熱い吐息を感じて、エレナも心臓のドキドキが止まらなくなる。


「エレナ、好きだ」


という言葉を聞いてエレナは泣きたくなった。


過去形じゃない。


「良かった・・」


と震える声で呟くと、


「何が?」


と尋ねられる。


エレナが過去形で不安だったこととか、女として好きなのかも分からなかったことを説明すると、アントンが両手で顔を隠して悶えている。


「ああ~、ごめん。俺がちゃんと説明しなかったから・・・」


と頭を下げた。


「ううん。私もちゃんと聞けば良かったのに・・なんか怖くって」

「俺もさ、エレナはアンドレが好きなんだって思ってたから・・・確かめるのが怖くてさ・・」


お互い臆病になってたんだね。


「アンドレ様は好きだったけど・・。もう吹っ切れたっていうか・・」

「俺のことは好き?」


アントンが真面目に尋ねているのが分かったので、エレナも真剣に「うん、好き」と答えた。


やっと素直になれた。


アントンは「やった!」と叫んで、近くの民家から「うるさい!」と怒鳴られた。「しまった」と二人でコソコソ逃げるように立ち去る。気がついたらエレナの家に到着してしまった。


なんか別れがたいな・・と思っていると、もう一度抱きしめてキスされた。


「はぁ、可愛い。離れがたいな」


という台詞に心が躍ってしまう。


「今度休みの日にデートしない?」


アントンの言葉にコクコク頷くと


「また連絡する」


と言ってアントンは帰って行った。


エレナは彼の背中が見えなくなるまで目を離すことが出来なかった。


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