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結末

翌日リオが目を覚ました時には既に夕方の五時になっていた。時計を見て朝五時だと思って二度寝しようとしたら、傍に居たレオンにクスクス笑われた。まさかこんなに長時間眠れるなんて思わなかったよ。


「リオは昨日大活躍だったからね。お腹の赤ちゃんのこととか、色々心配だったんだが、文献通り純血種のセイレーンの胎児は強いらしい」


レオンの台詞にちょっと反省する。かなり無理しちゃったな、と自分でも思うから。赤ちゃんが無事で本当に良かった。


レオンはベッドサイドの椅子に寄り掛かって話を続ける。低い声が耳に心地いい。


「でも、セリーヌの預言はまた当たったな。文字通り君が世界を救ったんだ」


『・・・・え?』と戸惑うリオに、レオンは笑って彼女の頭を撫でた。


「気づかなかったのかい?君がイーヴを甦らせることが出来なかったら、あのまま村長の怒りが鎮まらず世界は終末を迎えていたと思うよ」


(そう・・なのかな?でも、私一人の力じゃ無理だったし、みんなが魔力を分けてくれたからできたのであって・・)


レオンは戸惑うリオの髪をくしゃくしゃに撫でまわす。可愛くて仕方がないというような蕩けそうな目で見つめられて、リオの心臓が早鐘を打ち始めた。


「昨日、村長と少し話をしたんだ。ポレモスの目的は村長を激怒させることだった。村長が怒りに我を忘れて世界を破壊し尽くせば、実験は完全に失敗し、その責任を村長が負うことになる」


ああ・・・それでイーヴさんを狙ったのか・・。


「四万年前にイーヴを殺したのはポレモスだ。村長が彼女を隠していたことは当初誰も知らなかった。しかし、メフィストが村長に特別な人間がいると勘付いた」


メフィスト・・蛇に変身した刺青の男を思い出す。


「その時点でそれがイーヴだと気づいてはいなかったと思う。ただ、ポレモスは村長の大切な人を殺そうとした。それでリオが邪魔だったんだ。リオは死者でも甦らせると評判だったしな。だからポレモスは計画の邪魔をしかねないリオを殺すと主張していたんだ」


ああ、そんな理由だったんだ・・・。


「魔王を創ったのは村長だったらしい」


え!?リオの表情が強張った。


「どういうことですか?どうしてわざわざ・・」


「その辺りのことも含めて後で説明すると村長が言っていた。ポレモスとメフィストは純粋に魔王を復活させようとしていた。村長がそれを防ぐためにやってくるだろうと予想もしていた。村長は万能の神だ。やみくもに彼の大切な人を狙っても敵うはずがない。村長の嫌がることを繰り返し、彼の精神を削って隙ができるのを待つつもりだった」


確かに・・正面から勝負を挑んで敵う相手ではない。


「魔王が復活すれば、村長がその相手をしている隙に村に侵入し、彼が守る人物を人質にするか・・もしくは害することができるかもしれない。それがポレモスたちの計画だったようだ。しかし、まさかシュヴァルツの森に眠る伝説の魔王が偽物で、本物の魔王の体はイーヴが使っていたなんて予想もしていなかった」


「そう・・ですよね。イーヴさんが苦しんでいたのは魔王の体が悪意や憎悪を吸収して復活しようとしていたからなんですね。村長はそれを防ぐために私に助けを求めた・・・そもそもどうしてそんなことになったのですか?」


「それには複雑な事情があるらしい」


「あのメフィストという男はイーヴさんの体が本物の魔王だとすぐに分かったみたいですけど・・」


「村長によると、メフィストは悪魔というか・・怨霊のような存在らしい。メフィストは昔ナカシュという名前で村長の周囲を嗅ぎまわっていたから、本物の魔王が村長の大切な人物と関係があると察知したのだろう、と。ポレモスとメフィストとの因縁についても私たちに昔話をしてくれると村長は言っていたよ」


そうなんだ。私たち、少しは村長の信頼を得ることができたのかな?


「そういえば、結局、魔王はどうなったのですか?イーヴさんの意識が破壊された後、漆黒のグリフォンになったのを見たんですが・・・」


「メフィスト、ポレモス、エラの悪意が魔王を復活させた。それまでに蓄積された負のエネルギーもあったから、三人が身を捧げることで魔王が復活したんだ。特にポレモスはオリジナル・セイレーンだったから魔力供給の生贄としても最高だった。しかもその過程でイーヴの意識を破壊することに成功した。結果、村長を激高させられたから、奴らの目的は達成されたんだ」


「村長の怒りで世界を破壊し尽くすことが目的・・・」


リオは深い溜息を吐いた。


「ああ、そして村長は怒りに任せて、眠りから覚めた魔王つまり漆黒のグリフォンを消し去った」


「はい・・」


「漆黒のグリフォンは復讐の女神ネメシスの馬車を引く。逆恨みだったかもしれないが、ポレモスとメフィストは村長への復讐を誓っていた。二人は復讐が成ったと満足して消えていったのだろうと村長は話していた」


「ポレモスは『全能の神』になれなかったからヘリオスを恨んだって神話に書いてありましたよね?では、メフィストはどうして村長を恨んでいたのでしょう?ポレモスは悪魔ナカシュに唆されて罪を犯したって神話にありましたけど・・・それも関係するのかしら?」


「詳しい話は後でゆっくり聞かせてくれるって村長が言っていたよ」


そっか。そういえばエラは・・・?と思っていると、レオンが「君は優しすぎる」と苦笑した。どれだけ表情が読みやすいんだ、自分!


「エラは完全に使い捨ての燃料のようなものだ。エラの嫉妬心、憎悪、悪意が魔王復活のエネルギーとなった。魔王が復活する時に彼女は取り込まれ、魔王が消えた時に彼女も消えたのだろう」


嫌な人間だったけど、それでもリオは少し悲しいと思った。レオンはそんなリオの肩を抱く。


「エラは何度も更正のチャンスがあった。ミハイルと同じだ。結局自分を顧みて反省することがなかったんだ」


「・・そうですね」


「でも、奴らが事の顛末を知ったら地団太踏んで悔しがっただろうな。まさかバラバラにされたイーヴの意識をスタニスラフが拾い集めて、リオが彼女を完全な形で甦らせるとは想像もできなかったろう」


レオンは穏やかな笑みを浮かべた。リオが大好きな表情だ。


「この世界を破壊しようとする者たちは消えた。平和を望む私たちにとってちょっとは過ごしやすい世界になったと思わないかい?」


リオは黙って頷いた。


「それにコズイレフ帝国は昨日崩壊した」


「は・・・?」


キーヴァが戦っている姿を朧気に思い出した。やっぱりあれは夢じゃなかったの・・かな?


「昨日の戦争は歴史上『一日戦争』と呼ばれるようになるだろうね。帝国内の反体制派はクーデタの機会をずっと狙っていた。戦争の混乱に乗じて皇宮を襲撃する計画だったらしいが、反体制派とキーヴァが出会ってしまったのが運命だったんだな」


レオンは感慨深げだ。


「彼らは協力して帝政をぶち壊した。皇帝は神の怒りに触れ、雷に打たれて死んだ。今後は共和制を敷くことになる。皇族・貴族は全員平民になることが決まった。また、汚職などの罪がある場合は公正に裁かれることになる」


「あの、アントン殿下は・・・?」

「側妃のマリヤ様とアントン殿下は喜んでいたそうだよ」


そうだね。アントンには自由な平民として生きる道が合っている。仕事を楽しみ、自由な生活を謳歌できる人だ。


でも、そうすると二度とは会えないな、なんて思っていたら


「ひょっこりどこかで会うかもね」


とレオンがニッコリと笑う。


だったらいいな。


「セイレーンの村は完全に破壊された。村人は帰る場所がないので取りあえずはフォンテーヌ王宮で保護されている」


レオンの眉間に皺が寄る。


「セイレーンの村人は王宮前広場でイーヴを甦らせたリオに感銘を受けたようだ。フォンテーヌ国民とも力を合わせて、何となく意気投合したらしいな。人間は怖いものばかりではないと学んだらしい」


なるほど。それは大きな一歩だね。セイレーンも市井で普通に生活できるようになればいいと思う。


「そうだな。まず必要なのは職業訓練だ。幸いセイレーンは魔力が強い。その気になれば仕事はいくらでもある。リオが国家療法士だと聞いて、その資格に興味を持ったセイレーンもいたぞ」


というレオンの言葉にリオは少し照れくさくなった。


「教会はこれから昨日のことを『神の御怒りの大いなる一日』と呼ぶらしい。今後、神の怒りに触れぬよう民度を高めることに力を尽くすと言っていた」


『神の御怒りの大いなる一日』・・・ね。すごいネーミングセンスだ。


「教会はリオを『癒しの聖女』として教会に属する聖人にしたいと希望したが、村長が速攻で却下してくれた。助かったよ」


良かった、村長に感謝だ。自分は聖人になんかなりたくない。


「それにしてもレオン様、どうしてこんなに情報通なの?」


「村長は今朝、各国の代表を集めて円卓会議を開いたんだよ。フォンテーヌからはトリスタン、リュシアンと私が代表で出席した。突然転移させられてビックリしたがね。シュヴァルツ大公国からは大公テオ、宰相フォーゲルとカール、旧コズイレフ帝国からはキーヴァと側近の獣人、あとレフという名の反体制派の代表が来ていた。レフはエレナの父親だそうだ。スミス共和国や教会からも代表が参加していた。今後のことを話し合ったんだ」


(反体制派の代表がエレナのお父さま!?なんだか意外すぎてビックリ。アントン殿下やマリや様はご存知だったのかしら?)


「まあ、早い段階で村長が介入して話し合えたことは良かった。会議中、教会の代表らが村長にずっと平伏しようとして大変だったがな・・・」


遠い目をするレオン。


「戦争に関しては、我々の被害はほとんどない。フォンテーヌの国境を越えた帝国軍はいなかった。シュヴァルツ大公国も同様だ。テオは今までにないほど力強く軍を率いて国境を守ったらしい。スミス共和国にもほとんど被害がなかった」


(そっか・・・みんな頑張ったんだね。テオ大公も元気になったみたい。良かった良かった)


「しかし、帝国への賠償請求は当然行う。キーヴァたちは皇族や貴族が所有している財産を全て処分して賠償金に充てると約束した。帝政、貴族制度は完全廃止になる」


「それから・・」とレオンは続ける。


「キーヴァは獣人への差別撤廃を法制化すると言っていた。種族に関係なく共同参画できる社会を作るのだそうだ。帝国での獣人の地位は低く、差別意識も強い。それを正したいと言っていた。キーヴァは帝国にいる獣人の統率者だ。キーヴァの側近の獣人も彼女に心服しているようだったな」


レオンは少し悪戯っぽくウィンクする。


「心服・・というか恋しているように見えた。キーヴァは全く気づいていないが」


へぇ、ロマンスが生まれるかしら?素敵ね。


ロマンスと言えば・・・


「アンドレ兄さまは?」

「ああ、帝国の大使公邸の被害が大きかったから片付けに忙しいだろう。帝国崩壊後、新しくなった国との外交交渉もあるしな。ただ、一度フォンテーヌに帰国させるとトリスタンが言っていたから近々戻ってくると思う」

「そうなのね!嬉しいわ。エディも一緒よ、ね?」

「おそらくな」


アンドレとエディがついに両想いになったことも嬉しいニュースだ。


二人が幸せになったらいいな・・・。


レオンが


「村長の加護はすごいな」


と突然言い出した。


「何が?」


「マレードが村長に願った加護は『娘のエデルガルトが心から愛し愛される人と永遠に共に生きられる運命』だった。アンドレも不老不死だ。二人で愛し合っているなら重畳だな」


おぉ、なるほど。


「エディが言った通りだな。村長の加護は完璧ではないが嘘はつかない・・・か」


レオンが呟いた。


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