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帰還

リオは自分の体が地面にめり込むかと思った。あまりの衝撃に頭がガンガンする。


(・・・・え?兄さまが?あの優しいアンドレ兄さまが?)


感情が現実を受け入れられない。あの優しい笑顔がもう見られないってこと?膝がガクガク震えて思わずレオンにしがみついた。


レオンも「どういうことだ?」と動揺を隠しきれない。


「帝国が大使公邸を攻めたのよ。私たちが到着した時にはアンドレはもう死んでいたの。勿論、敵は全部倒した。でも空が真っ黒になって窓の外を見たら、大きな村長が見えたの。村長なら助けられるかもって、ここに転移したんだけど、リオがいるなら好都合だわ。ジョルジュっていう執事がね。『きっとリオ様なら生き返らせることが出来るのに』って泣きながら繰り返していたから」


(私は人を生き返らせることなんてできないんだけど・・・体を治したって意識がないと無理だし・・・・。ダメ!ゴチャゴチャ考えているヒマがあったら何か出来ることがないか探す!)


前世で研修医だった頃、看護師長に叱られた時の言葉を思い出す。


キーヴァにアンドレの居場所を尋ねると、話を聞いていた村長が「転移させてやる」と、指一つでリオとレオンをぐちゃぐちゃに破壊されたどこかの建物に送ってくれた。恐らくここが帝国にあるフォンテーヌ大使公邸なのだろう。


戦闘の傷痕が生々しい広間には多くの怪我人が横たわっている。その中心に血だらけのアンドレが倒れていて、エディがアンドレに縋りついて泣き伏していた。エディが涙声で「行かないで」「愛している」とアンドレに囁いている。


「アンドレ・・兄さま・・・」


リオも動揺して涙が溢れるのを止められない。


(兄さまはどんなに心残りだろう。ようやく愛する女性に振り向いてもらえたのに・・・)


胸が痛くて苦しい。レオンも「嘘だろ・・・」と呆然と立ち尽くしている。


しかし、同時に『ん・・・・・?心残り?』ってどこかで聞いた言葉だなと思う。


(・・・ルイーズが・・・心残りが強くてカールとアベルにしがみついていたって言ってたよね?兄さまの心残りも物凄く強いはず・・・)


リオは涙を拭いてキョロキョロと周囲を見回した。すると投げ出されたテーブルの陰に、白いアンドレ兄さまが隠れていた。


(やっぱり・・・)


リオはつかつかとそこまで歩いていって


「アンドレ兄さま?」


と声を掛ける。


白い影になったアンドレはアタフタしながら


「や、やあ、リオ。久しぶりだな」


と返事をした。


あまりに普通の挨拶で力が抜けた。


「兄さま、ここに居てくれて良かった・・」


リオの瞳から再び涙がこぼれる。これは安堵の涙だ。


「いや、だって、エディが初めて僕のことを、あ、あ、あ、愛してるって言ってくれたんだ。絶対に死ねないし、エディから離れられないだろう」


リオは苦笑を我慢できなかった。


「兄さま、まず兄さまの体を回復させてから中に入ってもらいますね。大人しくここで待っていて下さいね」


リオがアンドレと会話しているのを、お化けか何かのように呆然と見つめるエディ。


「い、今、誰と話しているの?」

「えーと、アンドレ兄さまの意識は、エディを置いていけないと心残りが強すぎて、まだこの部屋にいます。ですので、アンドレ兄さまの体を治療したら、意識に戻ってもらいます」


エディの瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれる。彼女の指が震えている。


「それって・・・もしかして・・・?うっ、アンドレ・・・」


(こんな美女にこんなに泣いてもらえてアンドレ兄さま、幸せ者だね)


しかし、アンドレの体を診てリオは眉を顰めた。アンドレの体は酷い状態だ。矢尻には毒まで塗ってある。戦争はいつでも非人道的なものだけど、やっぱり酷いと腹が立つ。


出血も酷い。レオンも手伝おうと言ってくれるが、こんな時にアニーが居てくれたら、と思・・・思い出した。


(アニー、いるじゃん!左手の中に!ごめん・・・・。すっかり忘れていたよ)


左手に念を込めてアニーを呼ぶと、元気一杯のアニーが現れた。でも、彼女も大使館の様子やアンドレの状態を知って衝撃を受けている。


リオが簡単に事情を説明し、アンドレや怪我人の治療を手伝って欲しいと頼むと、アニーは両拳を振り上げて「勿論です!」と快諾してくれた。


アニーにはアンドレの矢尻を外す手伝いをしてもらう。レオンには傷ついた内臓の治癒をお願いした。医療道具は左手の中に山ほど揃っているので、アンドレの治療が終わったら他の怪我人の手当ても問題なくできるだろう。


でも、まずは一番重症(?)のアンドレだ。


慎重に矢じりを背中から取り出す。毒を消して悪い細菌が入らないように殺菌魔法を掛けている間、アニーには傷を押さえて止血するようお願いした。


アンドレには合計二十本以上の矢が背中に刺さっていた。あり得ない。恐ろしい。


でも、そうやって命がけで惚れた女性を助けたんだと思ったら「兄さま、カッコいい!」という気持ちになる。


三人で協力して、ようやくアンドレの体が回復できた。造血幹細胞を刺激して血球も沢山作れるようにしたから血流も改善しているはず。


リオが白い影のアンドレに戻って大丈夫だと伝えると、アンドレは嬉しそうに口から自分の体に戻っていった。エディが食い入るようにアンドレの顔を見つめる。


しばらくしてアンドレの瞼が震え、ゆっくりと目が開いた。


「・・・エディ?」


エディは再度号泣して彼にしがみついた。


「・・・良かった。アンドレ。愛しているの。独りにしないで。どこにも行かないで」


というエディの泣き声に、アンドレの顔がにやけ切っていたけど、まあ、それくらいは許してやろう。


リオはレオンやアニーと協力して他の怪我人の手当てを続ける。ジョルジュは肩に大怪我をしていたが命に別状はない。


「リオ様・・・やっぱりリオ様ならアンドレ様を生き返らせることが出来ると信じておりました」


と泣き伏すジョルジュに


「いや、私は生き返らせることが出来る訳じゃないから・・・」


と説明しても全然聞いてもらえない。


騎士団も全員が無事だった。結局大使公邸では誰も死者が出なかった。


(良かった。本当に良かった。不幸中の幸いってこういうの?)


リオは安堵のあまり大きな溜息をついた。


アニーはこのまま大使公邸に残って、怪我人の手当やジョルジュの手伝いをするという。


大使公邸で怪我人の治療を終えた段階で、リオの疲れはピークに達していた。しかし、リオには重要な任務が残っている。


レオンにシュヴァルツ大公国に行くのに一番良い方法を尋ねたら、村長のところに転移してシュヴァルツ大公宮に転移させてもらおうと提案された。


神様がタクシー並みの扱いを受けていることに罪悪感を覚えるが、確かにそれが一番便利だ。リオは再び村長の羽根を使うと、レオンと二人で村長の元に転移したのだった。


村長はまだ皇宮近くにいた。イーヴと寄り添って散歩を楽しんでいる。


完全に二人だけの世界だ。なんだこの忙しい時に!原因を作った奴がけしからん!・・・などというのは無粋だろう。二人の幸せそうな笑みを見て、素直にそう思えた。


皇宮の瓦礫はほぼ全て取り除かれて、中にいた人々は全員救出されたという。


でも、皇宮の中がものすごく騒がしいので


「何かあったの?」


と村長に尋ねた。


「キーヴァと帝国の反体制派が意気投合してな。今反乱軍が皇宮を占拠したところだ。皇帝は最初の雷に打たれて死んだ。革命成立だな」


なんでもないことのように村長は答える。


爆音がしたので見上げると、キーヴァが宙に浮かんで何かビームらしきものを発していた。


(・・・・うん、聞かなかったことにしよう。私は疲れた。面倒くさいことに巻き込まれたくない。今は見なかった振りだ)


隣のレオンも知らんぷりを貫いている。


リオが村長にシュヴァルツ大公宮に転移させてもらえないかお願いすると、村長は快諾してくれた。


イーヴはもう一度リオとレオンに礼を言い、落ち着いたらまた一緒にお茶を飲もうと誘われた。イーヴは外見が村長の時よりも今の方が数十倍可愛い。リオは楽しみにしていますと返事をして、シュヴァルツ大公宮に転移した。


シュヴァルツ大公宮では、ちょうどアンゲラ妃が夕食を取っているところだった。顔色が悪く食も進まなそうだったが、リオの顔を見ると慌てて立ち上がる。


「・・・リオ様、あ、あのジークフリートは?」


アンゲラの瞳に涙が滲む。リオは笑顔で頷くと、左手からジークフリートとエレオノーラを出現させた。


アンゲラはジークフリートに抱きついて泣きじゃくっている。まだ意識はないが、ちゃんと息をしているし怪我もしていない。アンゲラは深く頭を垂れてリオの前に跪いた。


「リオ様、私は生涯に渡りリオ様に忠誠を誓います。本当に本当にありがとう」


と号泣しながらリオの手を取り、自分の額を擦りつけた。


「・・・え、え、あの、そんな療法士として当然のことをしただけですので・・どうかお気になさらず・・」


リオはしどろもどろに答える。


「・・あ、あと、エレオノーラはシュヴァルツ大公国の貴族ですよね?なので、回復するまで面倒を看てあげて貰えますか?」


とお願いした。決して厄介払いした訳ではない。


「お任せ下さい。リオ様」


アンゲラはニッコリ笑った。



信じられないくらい長い一日で、リオの疲労はもう限界だった。今夜は大公宮に滞在したらどうかというアンゲラの申し出を有難く受けることにする。


「リオ様とレオン様の部屋もそのままですし、夜食を部屋に運ばせるのでどうかお休みになって下さい」


(それは助かるかも・・・。もう無理・・・)


リオは正直もう倒れそうだった。


「アンゲラ妃殿下、温かいお申し出、有難く頂戴致します」


レオンはアンゲラに頭を下げると、ヒョイとリオをお姫様抱っこして歩き出した。


「レオン様、私、一人で歩け・・」

「リオ、今は甘えてくれ。今日、君は大活躍だったんだから」



部屋に戻って二人で夜食を取り、体を浄めると凄くさっぱりした。でも、ベッドに横になるとあっという間に眠気に襲われる。


(でも、一つ気になることがあったんだ・・・)


「・・・アンゲラ様に御礼を言われた時に口癖で『療法士として当然です』って言っちゃったけど、私ジークフリート様の治療した訳じゃなかったよね・・・。変なこと言って失敗しちゃったかな・・・?」


とウツラウツラしながら言う。レオンは苦笑してリオの額にキスをした。


「気にする必要はないよ。アンゲラ様ももう忘れているだろう」


(・・・忘れている?そうなのかな?私、気にしすぎなのかな・・・?)


なんて考えていたら、瞬息で眠りに落ちた。


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