Te amo (愛してる)
リオたちが転移した先はコズイレフ帝国の皇宮であった。巨大化した村長は執拗に皇宮への攻撃を続けている。繰り返される雷撃のせいで皇宮のほぼ全域が倒壊していた。
この状態だと中にいた人たちは建物に潰されてしまったかもしれない。アントンやエレナは無事だろうか?と考えてリオの不安が募る。
村長の目には何も映っていないようだ。真っ暗なブラックホールが双眸にパックリ口を開けているように映る。落雷の火花が黄色く空を染める中、村長は仁王立ちになって哭いていた。
「ヘリオス・・・こんな・・無残な」
イーヴは言葉を失ったが力強く「リオ、大丈夫よ。私が止めてみせるわ」と一歩進み出た。そして、その美しい羽を優雅に開いて空中に飛び立った。
暗い雲に覆われた空に向かって、虹色に輝く白い羽根をはためかせてイーヴは飛んでいく。
「ヘリオス!ヘリオス!」
しかし、雷撃の閃光のせいか村長は全く気がつかない。
リオはハラハラしながらイーヴの行方を見守った。イーヴはなんとか巨大化した村長の目線に合う高さまで到達する。そして、彼の視界に入るように羽ばたいていった。三対六枚の羽根が美しく舞う。
「ヘリオス!ヘリオス!私よ!イーヴよ。どうか目を覚まして。リオが私を甦らせてくれたの!」
皇宮を攻撃していた村長は動きを止めた。大きな眼でイーヴを見つめる。村長の目が驚愕に震えた。自分の目が信じられないというように何度も瞬きをする。
「・・・・いや・・・また悪魔に騙されているんだ」
自分を納得させるように独り言ちる村長にイーヴは苛立ちを隠せない。
「なにを言っているの!?私よ!本物よ!唯一無二と言っていたくせに私のことが分からないの!?」
「いや・・だって・・あり得ない、だろう?イーヴは・・我が愛したイーヴは奴らに破壊された」
村長の瞳から新たな涙が滂沱のごとく流れ落ちる。まさに滝のようだ。
「ヘリオス!私があなたのイーヴだって分からないの?隠れて暮らしていた時の二人の思い出だって・・・」
「いや、ナカシュやポレモスはセイレーンの村の様子を盗み見ていた。奴らは老獪だ。再び我を騙そうとしている可能性もある」
イーヴは空中で地団太を踏んだ。
「ああっ、もうっ、どうしてわかってくれないの!?じゃあ、あいつらが絶対に知らないこと・・・アイオン団長に連れられてここに来る前に、ヘリオスがプロポーズしてくれたわよね?あなたのプロポーズの言葉よ!Tu omnia ad me. Visne me nubere (君は我の全てだ。結婚してほしい)!」
その台詞を聞いて村長が完全に固まった。驚愕のあまり目と口がポカンと開いている。村長の顔面に至近距離まで迫るイーヴに気圧されて村長は一歩後ずさりした。
「それは・・・他の誰にも言ったことがない。ポレモスもナカシュも知り得ないことだ・・まさか・・・」
村長が恐る恐る掌を差し出すと、その上にイーヴがチョコンと載る。何度も瞬きしながらイーヴを観察していた村長はようやく納得したらしい。
長い長い沈黙の後
「・・・・戻る」
と言って、村長はしゅるしゅると普通の人間の大きさに戻った。
イーヴもそれに合わせて地上に降りてくる。
村長はイーヴと目を合わせるとガバっと彼女を抱きしめた。二人の瞳から幾筋もの涙が頬を伝って落ちていく。
村長は
「・・・イーヴ・・・イーヴ・・・・Te amo・・・Te amo」
と嗚咽しながらイーヴにしがみつく。そのまま抱き合って泣き続ける二人にリオも感動で胸が一杯になった。周囲に光が戻ってきたので空を見上げると真っ黒な雲は消えている。地震もいつの間にか止まっていた。
見事な快晴だ。村長の怒りは解け平和が戻ってきた。
・・・・・でも、色々と片付けないといけないよね?
えっと、確か帝国とフォンテーヌ王国は戦争中じゃなかった?
この皇宮どうする?
リオが廃墟となった皇宮を見つめていたら、村長も同じように感じたのだろう。
村長は黙って皇宮を見つめ、リオとイーヴを順に見つめ、しばらく考え込んだ後、気まずそうに魔法を使って瓦礫を取り除き始めた。
リオは慌てて村長に頼む。
「アントン殿下と母君とエレナが無事かどうか確認してもらえますか?他にも建物の下敷きになっている人を全員救出してください!」
村長はバツが悪そうに頷いて指を鳴らした。
すると傷だらけのアントンとエレナが現れた。地面に横たわる二人にリオは焦る。アントンは血だらけで意識を失っている。彼の下からエレナが這い出てきた。エレナは見たところ怪我もなく元気そうだ。その後、少し年配だけど、まだまだ魅力的な美女も転移されてきた。
その女性が「アントン!アントン!」と叫びながらアントンに縋りつく。エレナは凍りついたようにじっとしていたが、みるみるうちに両方の瞳に涙が盛り上がった。
「・・・・ごめんなさい!マリヤ様!殿下は私を庇って怪我をしたんです!こんな私を助けることなんてないのに!」
エレナが絞り出すように嗚咽を漏らす。なるほどこの女性がアントンの母マリヤ妃なのかとリオは納得した。
「エレナ、いいのよ。気にしないで。アントンが貴女を守れて良かったわ・・」
「マリヤ様!そんなっ・・・わたし・・・」
リオは取り乱すエレナを抱きしめて「大丈夫。私が治してあげるから」と微笑んだ。
「・・・え!?リ、リオ様?どうしてここに・・・?」とエレナはパニックだ。
リオはアントンの脇に跪き治癒魔法をかける。まず頭を打っていないかを慎重に確認した。大丈夫そうだ。命に別状はない。怪我だけだから治癒魔法で何とかなりそうだ。アントンの傷はすぐに回復し意識も取り戻した。
「・・・あれ、リオちゃん?キーヴァ?じゃないよね。どしたの?こんなところで?相変わらず可愛いね」
目を覚ましたアントンは相変わらず軽い言葉を投げかけて、レオンから凄い眼で睨まれている。マリヤは泣きながらリオの手を握り「ありがとうございます!」と繰り返した。
「いえいえ、どうかお気になさらないで下さい」と言ってもマリヤはなかなかリオの手を離さない。
地面には多くの怪我人が横たわっている。傷の手当てをしたいんだけどな・・・と思っていたら、すっかり元気になったアントンがエレナと一緒にテキパキと怪我人の介抱を指示していた。
(アントンに任せておけば大丈夫か・・・そういえばレオン様は?)
周囲を見回すとレオンは村長と話し込んでいる。
(何を話してるんだろう?)
***
その時、突如としてリオと同じ顔の少女が転移して現れた。エレナが「キーヴァ!?」と叫んでいる。
(彼女がキーヴァ!?)
名前だけは何度も聞いたことがあるが対面するのは初めてだ。
「初めまして」って言うのも変な感じ。だって同じ顔なんだもん。
何て挨拶したらいいんだろうとリオが悩んでいると、キーヴァの口から信じがたいニュースがもたらされた。
「ああ!あなたがリオね。うちの両親が酷いことをしてごめんなさい。いずれちゃんと謝罪しに行くわ。でも、それより大変なの。アンドレが死んじゃったのよ!」




