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その日、ベルトランドは朝から嫌な予感がした。こうした予感は大抵当たる。


ベルトランドは使用人たちにいつもと違うことに気づいたらすぐに知らせるように指示を出すと、屋敷の外に出て空を見上げた。今日は快晴だ。真っ青な明るい空が広がっている。近所の子供たちの笑い声が微かに聞こえて『・・・杞憂だったかな』とベルトランドが屋敷に引き返そうとした時、突然魔法で拡声された声が周囲に響き渡った。


「コズイレフ帝国はフォンテーヌ王国へ宣戦布告する!降伏せよ!」


ベルトランドはそれを聞いて舌打ちした。


(いきなりかよ!まあ、戦争っていうのはそういうもんだが・・)


宣戦布告が聞こえたのだろう。ベルトランドの屋敷の周りに若い男たちがゾロゾロと集まってきた。


「ベルトランド!どうする?」

「戦うに決まってるだろう!」

「ボリス様とスタニスラフ様の名誉のために俺たちは戦う!」

「スタニスラフ様はリオ嬢の味方だ。俺たちはフォンテーヌ王国を支持するぞ!」


彼らは一様に意気軒昂で戦う準備ができているようだ。ベルトランドは参加を希望する者に招集をかけることにした。


ある程度人数が集まるまで待つ間に、自分たちの戦術を組み立てる。獣人は魔法も使えるが、どちらかというと物理攻撃や身体能力を使った戦い方が得意だ。魔法を駆使して戦うフォンテーヌ軍との連携が重要だな。


村の若い衆はほぼ全員集まった。ベルトランドは彼らを引き連れて攻撃を受けている国境付近へ向かう。国境付近にはフォンテーヌ軍が配備されている。もう戦いは始まっているだろう。


「援軍として役に立てればいい、但し死ぬなよ!」


ベルトランドの言葉に若者たちが「おう!」と威勢よく応じた。


国境に着くと、案の定戦いは既に始まっていた。フォンテーヌ王国は帝国の侵略を予想し、対策と準備に余念がなかった。国境にある結界は破られたようだが、今のところ戦いは互角。フォンテーヌは巧みに防いでいる。帝国軍は国境を越えてフォンテーヌ側に侵入できずにいた。


ベルトランドは戦の混乱の中、フォンテーヌ軍の司令らしき人に何とか近づくことができた。


「援軍だ!ブーニン地方の獣人はフォンテーヌのために戦う!」


ブーニン地方に配備された部隊の大隊長だという男は嬉しそうに笑った。


「ありがとう!話は聞いている。助かるよ!」


ベルトランドは大隊長と固い握手を交わした。これ以上結界が破壊されないように獣人には結界を守って欲しいと頼まれ、簡潔に部隊と獣人を連携させる作戦を組む。大隊長は各部隊の隊長と副官に連絡をして獣人と連携するよう指示を出した。


一緒に戦うのが獣人と判っても、現場で嫌な顔をする兵士はいない。全員が「ありがとう!」と歓迎ムード一色だ。差別に慣れてはいけない。しかし、ある程度の差別は覚悟していた獣人の若者たちにとっては嬉しい誤算だった。自然と戦いにも気合が入る。


獣人が戦いに参加したことで、パワーバランスが変わった。それまで互角だった戦いが、明らかにフォンテーヌ側に有利になった。


勿論、フォンテーヌ陣営にも若干の被害はあったが、徐々に帝国軍を押し返すことに成功した。数時間後には帝国軍を退け、国境の結界を張りなおすことができた。帝国軍は完全撤退だ。


フォンテーヌ軍と獣人は共に勝鬨の声を上げた。


獣人と兵士の間に連帯感が生まれ、ベルトランドは大隊長から丁重に頭を下げられた。彼らは固く握手を交わしてお互いを讃える。


「ベルトランド、君たちの活躍は素晴らしかった。おかげで帝国軍を退けることができた。国王陛下に報告するので、いずれ王都に呼ばれ褒章が授与されると思う」

「いや、褒章なんて・・」


ベルトランドは辞退しようと思ったが、若者たちは「やったぜ!」と喜んでいる。今後のためにも素直に受けた方がいいかもしれない。それに王都に行ったらリオたちにも会えるだろう。


全員が安心して気を抜いていた時、突然大きな地響きがした。突如として空は真っ黒な雲に覆われ、昼間なのに闇が空を支配する。大きな雷鳴も聞こえた。続いて、大きな地震が連続して何度も発生した。大地が震えると建物が倒壊する。


村が心配になり、ベルトランドたちはすぐに村に戻ることにした。大隊長も心配そうだが、軍の配備を解く訳にはいかないという。ベルトランドたちは戦線を離れ、村に向かって急いで走り出した。その間も地震は絶え間なく続いている。


村に戻ったベルトランドは、住民全員を一旦近くの森に避難させた。女性や子供、高齢者、病人や負傷者を取り囲むようにして男たちが守る。戦いで怪我人も出たが、幸い重傷を負ったものはいなかった。


地震の度に恐怖に怯えた悲鳴があがる。この国では滅多に地震はない。一体何があったのか?しかも、この空の色はなんだ。いきなり夜になったみたいだ。


さすがのベルトランドも不安を覚えた。しかし、住民を怯えさせるわけにはいかない。平静を装って住民たちに声を掛けていると、誰かが悲鳴を上げた。


「あ、あれは・・・なに?」


住民の一人がぶるぶる震えながら空を指さしている。


『何だ?』とベルトランドも空を見上げる。今朝の快晴が嘘のような陰鬱で暗い雲が空を覆う。遥か彼方に巨大で真っ黒い何かが浮かんでいるのが見えた。コズイレフ帝国の方向だ。


あれは鳥・・・?獣・・・?よく分からないが漆黒の生き物は口から真っ赤な炎を吐いて大地を襲っているようだ。再び大きな地震が起こる。悲鳴を上げて女たちは子供を抱きしめた。


ベルトランドは更に驚くべきものを目の当たりにした。巨大な漆黒の生き物よりも遥かに大きい・・輝く真っ白い存在が出現したのだ。


「あれは・・・・・・・・・・・・・神だ」


ベルトランドはそう呟くと、茫然と立ち尽くした。


教会で見たことのあるのと同じ神の姿。銀髪に赤い瞳。背中には大きな三対六枚の羽を広げている。ベルトランドはその場に全くそぐわないことを考えていた。


(この世にこんなにも美しい生き物が存在するのか・・・?)


まさに神が光臨したことを、ベルトランドだけでなくその場にいた全員が認識した。住民たちの中には平伏して祈り始めた者もいる。


しかし、この神は怒りに震えている。


我々はこの神の怒りによって裁かれる。


この世界の終わりが始まったのだと予感した。


教会でも黙示録を教える。傲慢な人々のふるまいが神の逆鱗に触れると世界の終末がやってくるのだ。


神は漆黒の生き物よりも遥かに巨大だった。恐らくこの大陸のどこからでも神の姿を仰ぎ見ることができるだろう。


神は漆黒の生き物を手で鷲掴みにする。神が怒りの形相で漆黒の獣を握りしめると、その獣はバラバラに砕け散った。


そして神が手を振ると大きな落雷が起こった。何度も同じ場所に落雷しているようだ。


(落雷の場所・・あれは・・・コズイレフ帝国の皇宮がある辺りじゃないか・・?)


神は怒りながら泣いているようだ。神をそれほど憤怒させたものは何なのか?


ベルトランドには何もすることができない。遠くに見える山脈で火山が爆発するのが見えた。溶岩が山肌を伝って流れてくる。


(この世の終わりだ・・・・)


ベルトランドは無力感に打ちのめされながら考えた。


(神が俺たちの世界を、俺たちを破壊した方がいいと判断したのなら、俺たちはそれに従うしかないんだ・・・)


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