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誘拐

翌朝リオとレオンが目を覚ますとと、大公宮の雰囲気が騒がしい。


二人は顔を見合わせて、素早く身支度を整えた。アニーも不安そうな様子で手伝ってくれるが、何があったのかは分からないようだ。ノックの音がして、ドアを開けるとリュシアンが立っていた。こんなに動揺するリュシアンは初めて見るかもしれない。額に汗が浮かんでいる。


「二人とも急いで大公の執務室に来て欲しい」と言われて、そのままリュシアンの後に続いた。


大公の執務室に入ると、テオ大公とアンゲラ妃が深刻な顔で座っていた。アンゲラの目は真っ赤に充血している。おそらく泣いていたのだろう。テオも憔悴している。


レオンが「何があったのですか?」と質問すると、リュシアンはリオとレオンに一枚の紙を示した。


『ジークフリート大公世子の生死はリオ・シュミット次第だ。一人でシュヴァルツの森にある旧神殿に来い。一人で来なかった場合、即座にジークフリート大公世子の首を切り落とす』


と書いてある。


リオは恐ろしさで眩暈がした。


(なんだこれ!?誘拐?たった十歳の子供を!?私をおびき出すために?)


頭が混乱して背中にドッと冷たい汗が流れるのを感じた。レオンがリオの手を握る。レオンの顔を見上げると「大丈夫だ」というように微笑んでくれる。それだけで気持ちが落ち着いた。


当然だが、リオはジークフリートを見殺しにするつもりはない。


「大公殿下、妃殿下、私はシュヴァルツの森へ参ります」


と言うと、二人は慌ててリオを止める。


「・・・そんな、貴女を犠牲にする訳にはいかないわ。私たちにとって恩人なのに・・」


とアンゲラが涙を流す。リオがレオンに目で合図をすると、レオンは二人にリオの左手のことを説明した。


リオの規格外の魔法に二人とも呆気に取られていたが


「・・・ということは、護衛を何人でもリオ嬢の左手に入れて連れていけるのか?」


とテオに訊かれてリオは頷いた。


「敵はまだ私の左手の魔法のことを知りません。ですから、これは奴らを捕まえる絶好の機会かもしれないのです」


リオが言うとレオンも同意してくれた。ただ、レオンは村長にも来てもらった方がいいと強調した。ポレモスがそこにいるかもしれない。捕獲するチャンスでもある。


レオンがリオの護衛について相談をしている間に、リオは村長のところに転移することにした。


リオが羽根に願って村長のところに転移すると、村長は今まさにリオのところに向かうところだったと言う。村長の顔に珍しい焦慮の色が見える。


「何があったんですか?」

「愚か者のコズイレフ皇帝が宣戦布告をした。帝国軍がフォンテーヌ王国に攻め込んだのだ」


(何ですって!?よりにもよってこの大変な時に!?)


リオは簡潔にジークフリートの誘拐とシュヴァルツの森にリオが一人で呼び出されたことを伝えた。


村長は今すぐ一緒に来てくれると言う。イーヴは心配そうに村長の肩に手を置いた。村長はイーヴの額にキスをして「大丈夫だ。すぐに戻る」と優しい声で囁く。


リオと村長はその後すぐに大公の執務室に転移した。


帝国が宣戦布告して攻めてきたことを伝えると、リュシアンは顔色を変えた。まだここまで情報が伝わっていないようだ。


「リュシアン、お前とジュリアンを今すぐフォンテーヌの王宮に戻す。リオの警護は我らが行う。テオ、息子は我に任せて、今は国を守ることに専念しろ。良いな」


という村長は神々しく、誰も文句が言えない威厳が漂っている。


テオがどれだけ事情を知っているのか不明だが、テオはすぐに村長に跪き


「しかるべく。神のご加護を」


と言うと、軍の指揮を執るために執務室から出て行った。


アンゲラはリオの手を握って「リオ様、どうかご無事で。絶対に無理はしないでね」と泣き腫らした顔に無理矢理笑みを浮かべた。そして、夫を助けるためにテオの後を追う。


「リオ、絶対に危険なことはするな。お前は俺たちの大切な娘だ」


リュシアンはリオをギュッと抱きしめた後、村長の指一つでジュリアンと共に消えた。


その場に残ったレオンは、パスカル、マルセル、イチ、サンといういつものメンバーを呼び出すと、リオの左手の中で待機するように指示する。するとバタバタと足音がして、アニーがゼイゼイ息を切らしながら部屋に入ってきた。


「わた・・私も一緒に行きます。絶対に絶対にリオ様に付いていきますから」


と言い切るアニーの迫力にリオは圧倒されたが、危険があるかもしれないと止めようとした。しかし、断固として譲らないアニー。最終的に左手に入っている分には安全だろうとレオンは同行を許した。


リオは内心『いいのか?』と思いながら、アニーにも左手に入ってもらうことにする。


村長はどうするのかと思ったら、一緒にリオの左手に入るという。


マジか!?


村長が左手に入る時に、戦の前に何か望みはあるか?と訊かれた。リオはふと思いついて、願いを口にする。


村長がニヤッと笑って「Granted」と言うと指一つでリオの体が淡く光った。



***



ところでシュヴァルツの森の旧神殿ってどこだろう?


不安そうなリオの頭をレオンが優しく撫でる。


「大丈夫だ。私が一緒に近くまで転移して場所を教える。その後、私も君の左手の中で待機するが十分に注意するように。いいね?」


リオはオリハルコンが中にあることを確認してから、レオン以外の全員を左手に入れた。みんなが居てくれるのは心強いけど、それでも緊張で心臓がドキドキする。


怖くないと言ったら嘘になる。でも、ジークフリートの笑顔を思い出し、何としても彼を救い出すと勇気を奮い起こした。十歳の子供がどれだけ不安な思いをしているだろう。犯人への怒りもこみ上げてくる。レオンは心配そうにリオを見守っているが、リオはレオンの瞳を真っ直ぐに見つめて「大丈夫!」と告げた。


レオンとリオはシュヴァルツの森へ転移した。レオンは地図とコンパスで旧神殿への方向を示してくれたので、多分迷うことはないだろう。レオンはリオの額に口づけをすると自分も左手の中に入っていった。


『みんながいるから大丈夫』と自分に言い聞かせながらリオは一人で旧神殿へと歩き続ける。シュヴァルツの森は『黒い森』という名の通り、鬱蒼とした薄暗い森だ。木々が生い茂り、光がほとんど入ってこないから空も見えない。ちょっとした鳥の鳴き声にもビクビクしてしまう。自分が情けなくなるがリオは必死に歩き続けた。


しばらくすると、突然木々が開けて大きな広場のような空間に出た。


目の前には巨大なピラミッドに似た建造物がある。大きな石造りの構造で、エジプトのピラミッドというよりも南米のマヤ文明のピラミッドを連想した。これが旧神殿ということだろう。リオが呆然と立ち尽くしていると高慢ちきな女の声が辺りに響き渡った。


「よく来たな。娘!」


と叫んでいるのは間違いなくエラだ。


彼女の周囲にフードを被った男たちが控えている。彼らが魔人族に違いない。ポレモスの姿は見えないな、と思っていたら、空中からポレモスが降りてきた。


「他に人影は見えない。一人で来たというのは本当らしいな。いい度胸だ」


と薄ら笑いを浮かべるポレモスの顔に唾を吐きかけてやりたい。


「念のため、武器を隠し持っていないか確認しろ。エラ。お前の役目だ」


とポレモスが命令する。エラは不服そうだったが、リオに近づいて体をベタベタ触り、靴の中までチェックした。


「何も持ってないわよ」

「ほぉ、オリハルコンも持って来なかったのか。ようやく我々に協力する気になったか」


というポレモスにリオは小さく頷いた。


「だが、念のためだ」


と言ってポレモスが指を振ると、宙に光の輪が浮かんだ。その光の輪がリオの右手首を囲むとそのまま銀色の金属の輪に変わり、手首にピッタリと嵌まった。ああ、魔法封じの腕輪だ、油断したなと思ったが仕方がない。


「協力するわ。だから、ジークフリート大公世子を返して頂戴」


リオは堂々と要求した。エラが満足気にニンマリ笑う。けっ。


「ただし、ジークフリート大公世子が無事であることを確認できない限り協力はしない!」


怒りのあまりリオは自分の人見知りやコミュ障を忘れている。


ポレモスはエレオノーラの時と同様に掌から輝く光の輪を発した。その輪の中からジークフリートが現れてドサリと地面に落ちる。


リオは駆け寄ってジークフリートの無事を確かめた。


(良かった。ちゃんと息もしている。気を失っているだけだ)


「分かったわ。私は何をしたらいいの?」


とリオはポレモスに訊ねた。


エラが「わらわの若返りじゃ」と大声で叫ぶのをポレモスは完全に無視している。ポレモスは何かが引っかかるかのように顎を擦った。


「妙だ。話がうますぎる・・・。奴が絡んでいて、こんなに上手くいくはずがない」


しかし背後でエラが煩く騒ぐので、ポレモスは面倒くさくなったようだ。もう一度掌から光の輪を発すると今度はエレオノーラが出てきて、どさりと地面に落ちる。


「若返りを望むなら勝手にしろ。ただし殺すのはお前がやれ」


ポレモスの台詞にさすがのエラも躊躇した。


「わ、妾はそんな汚れ仕事はせぬ。メフィスト、お前がやれ」


とエラが言うと、メフィストと魔人族はエラを嘲笑う。


「何故俺たちがお前のためにそんなことをしなくちゃいけないんだ」


エラは激高し魔人族を侮蔑する言葉で罵った。


「勝手にしろ。俺たちの目的は魔王復活だ。お前のような醜い老婆がどうなろうが関係ない」


メフィストに嘲笑され、エラの憤懣は最高潮に達したらしい。エラは狂気の形相で、魔人族に掴みかかった。その弾みで一番前に立っていたメフィストのフードが外れ、シャツが破ける。


フードの下の姿が露わになり、リオは息を呑んだ。


メフィストは全身の毛を剃っているに違いない。つるりんとした頭の表面にも顔にも首にも・・・全身に蛇の鱗のような刺青が入っている。一瞬、その男が蛇に見えてリオは目を擦った。


もう一度よく見ると確かに人間だ。どうして蛇に見えたのだろう?


メフィストは怒りを露わにして再びフードを被った。


ポレモスが冷たく


「お前がエレオノーラを殺せないのであれば勝手にしろ。俺たちには重要な仕事がある」


と言い放ってリオの腕を掴むと、ピラミッドの前に立ち呪文を詠唱し始めた。魔人族も詠唱に加わる。しばらくするとピラミッドの表面がミシミシと震えだし地面に近い一部の石が崩れ始めた。ガラガラと石が崩壊し、ゴゴゴゴという音が落ち着くと大人が通れるくらいの穴が開いている。


エラは気が狂ったようにポレモスに取りすがり


「お願い、待って、お願いだから。ちゃんと殺すから。待って頂戴」


と懇願する。


いつもの高慢さを捨て去った浅ましい姿に、ポレモスは何故か嬉しそうな顔をした。そして魔人族にエレオノーラとジークフリートを中に運ぶように命じる。魔人族が慌てて二人を抱えてピラミッドの入口に戻ってきた。


ポレモスはピラミッドの内部へリオを引っ張っていく。ポレモスの後に魔人族も続いた。エレオノーラとジークフリートを運ぶ男たちの後ろにエラが付いてくる。全員がピラミッドの中に入ると、真っ暗だった屋内が淡い光に包まれた。内部には広い空間が広がり、その中央に祭壇のようなものがある。


そこに誰かがが横たわっている。


「魔王様っ」

「ようやくお姿を拝見できた!」

「我らが主!」


魔人族の男たちは次々に床に平伏して歓喜の声をあげる。


(これが・・・魔王?!)


最初は薄暗くてよく分からなかったが、横たわる人物の顔を見てリオは呆気にとられた。


祭壇に横たわっている人物は村長と瓜二つだった!


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