舞踏会
フォンテーヌ王国からの派遣団を歓迎する舞踏会が盛大に催された。
リオはシルバーカラーのAラインドレスを選んだ。まだお腹も出てきていないし舞踏会の間くらいは問題ないだろう。腰の切り替えしのところに黒いレースの飾りが入っていて、肩と腕の部分は銀糸のレースで覆われている。どちらかというと地味な印象だが、よく見ると凝った刺繍が施されており、光の加減で糸がキラキラ輝くようになっている。上品なデザインでリオは気に入っているし、レオンもとても綺麗だと溜息をつきながら褒めてくれた。
髪は茶色の鬘を高く結い上げ、瞳の色も茶色に変えている。いつものようにアニーが大活躍だ。
アニーは準備の出来上がったリオを満足気に眺めると
「リオ様、本当にお綺麗です。レオン様も御悦びですね」
と笑顔で舞踏会に送り出してくれた。
「・・・リオ、綺麗だ」
レオンは感極まったようにリオの手を取ると、他の団員たちと合流し舞踏会へ向かったのであった。
ちなみにイチとサンは左手待機だ。
***
舞踏会は目が眩みそうなくらい煌びやかな世界だった。
リオは若い令嬢たちがレオンに熱い視線を送っているのに気がついた。
「レオン様、モテモテですね?」
最初は不得要領な顔をしていたレオンだったが周囲を見回して軽く微笑んだ。そして徐にリオの顎をクイと持ち上げるとちゅっと軽く口づけをする。
背後でキャー――――っという黄色い悲鳴が聞こえた。
リオが真っ赤になって
「・・・な、な、なにを・・・?!」
と焦っていると
「リオを見つめている男どもが多いからな。虫よけだ」
と涼しい顔を崩さない。
うぅ。恥ずかしい・・。
リュシアンは呆れていたが、ジュリアンは面白そうにクスクス笑っている。
「いや、アレック・・レオン先生がこんな人だったとは意外で面白いですね」
ジュリアンはそつなく公務や会談をこなし、リュシアンは実務レベルで軍事同盟や交易の話を詰めたらしい。その内容は即伝令や影によって本国に報告されているとのことだ。さすが有能で仕事ができる。
リオとレオンはテオの治療が終わったので翌日には帰国する。観光もしたかったな、ちょっと残念なんて不届きなことを考えていた時、突然レオンたちに緊張が走った。
前方を見るとエラが立っていた。相変わらず派手なドレスを纏い、高慢にリオを見下している。
「久しぶりだな、エラ。相変わらず若作りだが年はごまかせないな」
辛辣なリュシアンの台詞にエラは凄まじい憤怒の表情を浮かべる。
(まぁ、当たり前か。お父さま、いくらなんでも失礼過ぎるよ・・・)
「リュシアン、相変わらず年を取っても頭の程度は変わらぬようだな」
「おかげさまで、皺もできないのでね」
エラの顔が更に醜く歪む。
「まあ、妾にそんな態度を取れるのも今だけだ。妾だってすぐに・・」
と言いかけて、口をつぐむ。
リュシアンは真面目な顔でエラの顔を覗き込んだ。
「若返りでも企んでいるのか?無駄だ。諦めろ」
エラは馬鹿にしたように嗤い、リオを睨みつけると身を翻して去っていった。
ジュリアンが
「あれが噂のシュナイダー伯爵夫人・・というか伯母上か。すごい迫力だな・・・。なんか女性不信に拍車がかかりそうだ」
と怯えている。
「殿下、大丈夫です。世の中の女はあんなのばかりではありません」
とリュシアンに慰められるジュリアン。
「そうだな、リオのような令嬢もいるし!」
というとレオンが咄嗟にリオを後ろに隠した。
ジュリアンはクスクス笑う。
「レオン先生、大丈夫ですよ。リオには先生が居るって誰もが知ってますから。リオに手を出す剛の者はいません」
その時、高らかにファンファーレが鳴り響いた。
大公一家の登場だ。ジュリアンは挨拶するために大公に近づいて跪く。リオたちも後ろに続いた。
大公の隣に立っていたジークフリートはリオを見るとニッコリと笑ってウインクした。こっそりサムズアップしているのが見える。
(さては夕べはおねしょせずに済んだんだな。良かった!)
リオも笑顔とサムズアップを返す。ジークフリートは前世で可愛がっていた甥っ子のようだ。中身の年齢は四十歳以上離れてるけど(汗)。
舞踏会の参加者が見守る中、ジュリアンは凛として口上を述べ、テオ大公が堂々と返礼する。
『大公殿下もすごく元気になったみたいだ、夕べはあんなに覇気がなかったのに』とリオは胸を撫で下ろした。アンゲラからも笑顔を向けられたのできっと喜んで貰えたのだろう。
儀礼的なやり取りが終わると管弦楽団が美しい音楽を奏で始める。いよいよダンスの時間だ。
レオンと初めてのダンスにリオの心が弾んだ。幼い頃にダンスを教えてくれたのもレオンだった。懐かしさがこみ上げてくる。あの頃はどうやったら逃げ出せるか必死だった。レオンの変わらない穏やかな笑みに目頭が熱くなる。自分が幸せになれるなんて想像もできなかった。
レオンが嬉しそうにリオを引き寄せた。頬を上気させたリオがレオンを見上げると甘く蕩けるような瞳で見つめ返す。その夜はレオンが片時も離れずエスコートしてくれた。
舞踏会には豪華な食事も用意されている。特にシュヴァイネブラーデンという豚肉のローストは絶品だった。やっぱり食い気が勝ってしまう。
シュヴァルツ大公国の令嬢たちにも話しかけられたけれど、レオンがピッタリとくっついているせいか、意地悪なことを言われるでもなく無事に舞踏会は終了した。
巾着袋待機だったイチとサンに別れを告げて、『ああ、楽しかったなぁ』と思いながら部屋に戻ると、レオンも満足げに「今日は楽しかったな」と笑ってくれた。
良かった。レオンの心からの笑顔が見られた。
「こうやってリオと一緒に思い出を作っていくのは楽しいな。閉じ籠っていたら出来ないことだ」
とレオンがしんみり言う。
「うん、本当に楽しかった。レオン様と一緒に何かできるのがすごく嬉しいの」
リオはレオンに背中から抱きついた。
レオンはクルリと振り返り、リオを抱き上げてベッドに横たえる。
そっと口づけをしながら
「人生の喜びも、苦しさも、恐怖も、嫉妬も、全部リオが教えてくれた。リオに出会う前の私はまだ人生を始めてすらいなかったんだと思う」
「・・・え、なんかそれだと私に会ってから嫌なことが増えた感じじゃないですか?」
リオの言葉にレオンは笑いだす。
「ごめんごめん。喜びが大きすぎて・・。人生がこんなに喜びに満ち溢れているなんて知らなかった。リオが私に幸せを教えてくれたんだ」
リオとレオンはその夜、お互いをしっかり抱きしめて眠った。
こんなに絶対的な安らぎは他にない、と感じながら・・・・。




