シュヴァルツ大公
翌朝、派遣団は大公に正式な挨拶をするため正装で謁見の間に向かった。謁見の後にリオが大公の診察をする手筈になっている。
ジュリアン王太子、リュシアン、レオン、と背の高い超絶美形男子が三人揃って正装のモーニングで歩いている姿は圧巻で、すれ違う女性たちは皆足を止めうっとりと三人に見惚れている。
ジュリアンの金髪、リュシアンのプラチナブロンド、レオンの黒髪と三者三様の美丈夫ぶりに、前世日本のアイドルグループだったらすごい人気になるだろうなぁ、なんて、くだらない妄想をしてしまう。
(三人とも若く見えるしね!あ、ジュリアン殿下は年相応だけど)
リオは三人の後をちょこちょこ歩きながら、令嬢たちからの刺さるような視線を浴びていた。
(これは・・・間違いなく嫉妬の視線だ。怖いよ・・・)
しかも、リオの背後にはパスカル、マルセルを含む三人の護衛騎士が続く。彼らも容姿端麗な上に正装の騎士服がまたカッコいい。
リオは目立たないように、いつもの茶色の鬘、茶目仕様に光沢がある灰色のアフタヌーンドレスを着ていた。体を締めないゆったりとしたドレスでレースをふんだんに使っている。とても気に入っているドレスだが、確かに地味なのは否めない。
大公宮内で見かける令嬢たちは誰もが華やかな装いで、色とりどりのドレスで大輪の花が咲いているように鮮やかだ。
リオが早足なのに気づいたレオンがリュシアンに何か耳打ちすると、歩くスピードが遅くなった。リオはホッと一息吐く。レオンは蕩けるような視線を向けて、リオの手を取りエスコートしてくれる。
それを目撃した若い令嬢らが一斉に「何であんな子が?」という視線をリオに向けた。
・・・やっぱり、怖い。リオはフォンテーヌで社交デビューしなくて本当に良かったと再認識した。
謁見の間に到着すると、ドミニク・フォーゲル宰相が出迎えてくれた。
入室できるのは選ばれた貴族たちと、派遣団の中ではジュリアン、リュシアン、レオンとリオだけだ。護衛騎士は扉の外側で待つことになる。
『落ち着け』と自分に言い聞かせながら謁見の間に入ると、大公、大公妃、大公世子が並んでいた。王族と向かい合うように高位貴族がずらりと揃っている。うわ、緊張する。
ジュリアン王太子がフォンテーヌ国王の口上を告げ、派遣団を受け入れてくれたことへの感謝を述べた。リオは一緒にお辞儀をするだけで他に何もする必要はない。『あー良かった、何とか無事に済みそうだわ』と安堵した矢先に鋭い悪意のある視線を感じた。
視線の方向に目を向けると、なんとそこにはエラが立っていて殺意に満ちた表情でリオを睨みつけている。レオンはすぐにエラに気づき、リオを隠すようにさりげなく立ち位置を変えた。
エラはシュヴァルツ大公国のシュナイダー伯爵夫人だから、この場に居てもおかしくはない。しかも、フォンテーヌの元王女だ。しかし、心の準備ができていなかったリオは心臓がバクバクとしてなかなか静まらない。
その場の謁見は無事に終わり、リオたちは別室で待機するよう案内された。
レオンはリオを守るようにエスコートしてくれるし、イチとサンも左手の巾着袋内で待機してくれている。『大丈夫だ』と自分に言い聞かせても、やはり胸の動悸は収まらなかった。
前回エラに会った時の恐怖はなかなか消えない。
別室に行くと、リュシアンが激怒していた。
「何故あの場にエラがいたんだ?テオは『エラは招待しない』と明言していた」
「一応この国の貴族で、フォンテーヌ王国の元王女だ。大公殿下は事情を分かっていらっしゃるが、謁見の手配をした貴族は知らなかったのだろう」
とジュリアン王太子が宥めるように言う。
「ここでは私に手出しできないでしょうし、もうすぐ村長がいらっしゃいます。大丈夫ですよ、お父さま」
と必死に動揺を隠すリオ。
しかし、レオンは不安を隠し切れないようだ。
「エラは何か企んでいるに違いない。油断は禁物だ」
レオンの言葉に、その場に居た全員が強く頷いた。
**
その時、音もなく村長が現れた。
「何かあったか?」
エラがいたことを説明すると、村長が眉を顰めた。
「ポレモスも近くにいるかもしれない。ただ、我がいる間は何もしないだろう。素早く為すべきことを為せ」
村長が到着したのでリオは早速テオ大公の診察を始めることにした。
ジュリアンとリュシアンは軍事演習とか交易とか難しい話をするために部屋から退出した。
入れ替わるようにテオが入ってくる。
「リオ嬢、レオン殿、・・・そして村長殿、宜しく頼む」
とテオに頭を下げられリオは恐縮するが、村長は相変わらずエラそうに背後で仁王立ちだ。
テオに座ってもらい問診から始める。
リオは夕べ気になることがあった。テオは明らかに黄疸の症状が出ている。疲れた様子でしょっちゅう溜息をついていた。黄疸は肝臓に原因があることが多い。
テオが訴える症状としては、食欲不振と全身の倦怠感だ。生まれつき病弱だから、と言う。
鼻や歯茎から出血することがあるか訊ねると頻繁にあるという。
リオは許可を得て触診させてもらうことにした。
手に殺菌魔法をかけて診察を始める。掌に『手掌紅斑』があり、胸や首に赤い『クモ状血管腫』が発生している。これらは肝機能不全が原因で現れる症状だ。
「殿下はアルコールを飲まれますか?」
と尋ねると
「酒は好きだ」
との答え。
でも、それだけじゃない。肝炎ウィルスの感染もあった可能性がある。
長年に渡って肝臓に炎症が起こり続けると、肝細胞が破壊・再生を繰り返すことになる。それが続くと肝組織が線維化してしまう。線維化すると肝臓が硬くなり、肝機能が働かなくなってしまうのだ。炎症の原因は様々だが肝炎ウィルスの感染が多い。勿論アルコールの過剰摂取も炎症の原因となる。
まず原因を断とう。
「殿下、殿下の症状は生まれつき病弱だから現れるのではありません。肝硬変という病気なのです。病気の原因の一つはアルコールの過剰摂取です。アルコールの量を減らすことは出来ますか?」
テオは純粋に驚いたらしい。目がまん丸だ。
「今までどんな医師に診てもらっても、生まれつき病弱だからとしか言われなかった。きちんと病名を診断してくれたのはリオ嬢が初めてだ」
それは質問の答えではない。再度真剣に尋ねた。
「アルコールを控えて頂けますね?殿下の健康のためです。肝硬変は肝臓に炎症が続くことで肝臓が硬くなり、機能が果たせなくなる病気です。深刻な疾患につながる危険性もあります」
「ああ、分かった。原因がアルコールであれば、止めるのも吝かではない」
テオは真面目に答えてくれてリオは安心した。
「肝炎ウィルスが原因で炎症が起こっている可能性もあるので、ウィルスを殺しておきますね。それから硬くなった肝臓の細胞を柔らかくできるか試したいと思います」
リオは気合を入れて『死ね!人間に有害なウィルスと細菌!特に肝炎ウィルス』攻撃をお見舞いした。テオの体が淡く光る。その後もテオの肝臓の辺りを目掛けて魔法をかける。
リオは感覚的に肝臓の細胞を感じることができた。硬いな・・・。機能している部分が少ない。これは肝臓が可哀想だ。本当は一度硬化した肝細胞が元に戻ることはないんだけど、自分にはチートな能力がある、と開き直った。
『肝臓。これまで良く頑張ったね。これからこの人はアルコール摂取を減らすし、肝炎ウィルスも殺したよ。だから、もう一回甦ってもらえないかな?』
と魔法をかけつつ語りかけてみた。
テオの肝臓の辺りが淡く光る。何となく組織が柔らかくなった感触がある。
うん、大丈夫。魔法はかかった。
テオは自分の体のあちこちを手で触りながら、
「不思議だ。体が急に軽くなった気がする。今まで感じていた疲れもなくなった。これが君の癒しの力なのか?!」
と驚愕を滲ませて叫んだ。
「気分が良くなられたなら安心です」
リオはニッコリ微笑む。
テオの顔色は明らかに良くなったし黄疸も薄れたように見える。まさかそんな急に!?と思うけれど。
その後、大公専属の医師団が入ってきてテオの容態を確認した。
テオは疲れが消えて食欲が湧いてきたと言う。それまでの気怠そうな様子とは明らかに異なっているので、医師らは全員愕然とした。
リオが肝硬変の原因、症状や治療法などを説明すると、医師らは感銘を受けて講義をして欲しいと頼んできたが、すかさずレオンが丁重に断る。助かった。
しかし、テオから
「今回でなくていいので、我が国の医療を進めるためにも、リオ嬢とレオン殿に協力してもらえないか?」
と依頼されると断るのは難しい。レオンは「前向きに考える」と応諾しつつ、国王の許可が出れば、と条件をつけた。こんな高度な交渉術はリオには無理だ。レオンの堂々とした態度に惚れ直してしまう。
そんなこんなで挨拶をして退出すると、見守ってくれていた村長に御礼を言った。村長はすぐに村に帰らないといけないそうだ。レオンは不安そうだが、リオが村長の羽根もあるし大丈夫よと言うと渋々頷いた。
村長は今すぐフォンテーヌ王国のシモン公爵邸にリオとレオンを転移させることもできると言ってくれた。しかし、今夜は国を挙げてフォンテーヌ派遣団を歓迎する舞踏会が開かれる。リオとレオンも礼儀として参加した方がいいとリュシアンからも注意されていた。
舞踏会のことを話すと村長はちょっと考えたが「我の羽根もあるし、大丈夫だろう」と頷いた。そして翌日に戻ってきて直接公爵邸に転移させてくれると言う。
(村長は最初の頃より随分優しくなったよなぁ。やっぱりイーヴさんと仲良くなったからかしら?)
「また何か不埒なことを考えているな」
村長には見透かされている。
「まあいい」と村長は少し笑みを浮かべて、パチンと指を鳴らすとその場から消えた。
**
レオンと並んで部屋に向かって歩きながら今夜の舞踏会の話をする。
「レオン様、よく考えたらこれがレオン様との初めての舞踏会じゃないですか?うわー、楽しみです!」と興奮すると、レオンは「そんなのとっくに知っている」と何故か苦々しげに言う。
でも、すぐに笑顔になって
「今夜は私がリオを独占するからね。絶対に他の男とは踊らせないから」
と断言された。




