ピクニック
次の休診日、リオとその仲間たちはシモン公爵邸からブーニン地方の森に転移して、歩いてベルトランドの家に向かう。
手を繋いで隣を歩くレオンを少し見上げる。レオンはリオの視線に気づくと「ん?」と微笑みを浮かべて手をギュッと握りなおした。ああ、幸せだ。
幸いリオは悪阻がほとんどなく、日々の筋トレや剣術の訓練のおかげで体力もついた。歩くのは全く問題ない。
護衛のパスカル、マルセル、サンが同行しているが、サンはリオの左手の巾着袋の中にいる。
一緒に楽しめないのは残念だけど、サンは
「俺は遊びに来てんじゃねーんだよ」
とカッコよく左手に入っていった。
事前に連絡していたのでベルトランドが家の前に立って待っていた。大きな笑顔で手を振ってくれる。
リオも手を振りながら駆け寄った。
「リオ、元気か?大丈夫・・だったか?」
ベルトランドは少し心配そうにリオの頭を撫でる。
「大丈夫よ!元気になりました。ありがとう」
リオが笑顔を見せるとレオンは面白くなさそうにベルトランドを睨んでいる。
ベルトランドは面白そうに
「今日は鬘か?目の色も違うな?」
と尋ねる。
「うん、私狙われやすいから」と言うとすぐに事情を理解してくれたらしい。
「この村では心配することないぞ。スタニスラフ様の主君ということで、みんなリオには敬意を払っているからな」
・・・主君なのかな?実感はまるでないけど。
ベルトランドに屋敷の中を案内されると物凄い量のご馳走が用意されていた。
照れ顔のベルトランドによると、彼の料理人が張り切った上に、近所の人たちもリオが来るならと凝った料理を持ってきてくれたのだと言う。
「でも、こんなに食べられないよな?まだ昼食にも早いし。リオ達は出かけたいだろう?」
ベルトランドは困っているが、リオは良いアイデアを思いついた。並んでいるご馳走と飲み物を全部リオの左手収納に入れる。食べ物や飲み物がみるみる消えていくのを見てベルトランドは呆気に取られた。
「さあ、ピクニックに行こう!」
リオは張り切っている。ベルトランドは、今日リオたちをブッシュウォークに連れて行ってくれるそうだ。
「フォンテーヌ王国の観光名所は大抵沿岸というか海に近いところなんだけど、山には山の良さがあるんだよ」
と言って、森の中を案内してくれた。
巨石があったり小川に鳥たちが集まっていたり、目に入るもの全てが珍しくて、リオはすぐに夢中になった。
最後に到着した場所には大きな滝つぼと川があった。透明度の高い水面に空を流れる雲がくっきりと映っている。
滝から落ちる大きな水しぶきに、太陽の光が当たって虹のようにキラキラ光る。なんて美しいんだろう・・・。
この世には美しいものが沢山ある。レオンの顔を見ると小さな男の子みたいな笑顔を浮かべていた。
きゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてそちらの方に目を向けると、獣人の子供たちが高い岩からジャンプして滝つぼに飛び込んでいる。
危なくないかと驚くが、ベルトランドは笑って「ここの滝つぼは深いから飛び込んでも大丈夫だ」と言う。
そうなんだ。子供たちは闊達で逞しい。やっぱり獣人は子供でも身体能力がずば抜けているようだ。子供たちが楽しそうに遊んでいる姿を見ているだけでも嬉しくなる。
滝つぼの近くに心地よい木陰を見つけて、リオはピクニックシートを広げた。そこに収納されていたご馳走を並べる。まだ温かくて湯気が立っている。
食べ物の匂いにつられて滝つぼで遊んでいた子供たちがゾロゾロと近寄ってきた。口をあんぐり開けてご馳走を眺めている子供のお腹がぐぐぅーっと鳴る。リオが子供たちを誘ってもいいか尋ねると、みんな苦笑しながらいいよと言ってくれた。
「ねえ、こっちに来て一緒に食べない?」
子供たちを誘うと全員が満面の笑顔で走り寄ってきた。
ベルトランドは子供たちにも人気があるらしい。
「おっちゃん、えらい別嬪なねーちゃん連れてんね?」と揶揄われている。
ものすごい量のご馳走だったのに、あっという間になくなった。とても美味しかったので、料理人とご近所さんにも御礼を言っておいて欲しいと言付ける。信じられないくらい楽しい一日だったと礼を述べるとベルトランドが嬉しそうに笑った。
「喜んでもらえて良かった。海もいいが、山もいいだろう?」
「海には行ったことないから・・」
ベルトランドは目を丸くして、レオンを責めるように見る。
「いや、レオン様が悪い訳じゃないのよ」
というリオをベルトランドは無視した。
「せっかくだから海にも連れてってやれよ。王都からそんなに遠くないじゃんか」
「そうだな。これから色んなところにリオを連れて行ってやりたいと思っている」
レオンの返事にリオは衝撃を受けた。
嬉しい!だって旅行なんてしたことない。アニーからフォンテーヌ王国の観光名所の話を聞く度に羨ましくて仕方がなかった。
フォンテーヌは海岸線が美しいそうだ。ブーニン領にも海に面した地域があるが、レオンが昔アレックスという名前で働いていた診療所があるので近づきにくい。しかし他にも海が綺麗な地域はあるので、落ち着いたらいつか一緒に海に行こうとレオンが言ってくれた。嬉しくて胸が踊りだしそうだ。
うん、今日は自分が生きてきた中で最良の日と言ってもいいくらい楽しい一日だった。
リオがそう言うと、ベルトランドが誇らしげに笑う。そして、またいつでも来いよと言ってくれた。また来られたらいいなと心から思う。
ベルトランドにはまだ妊娠したことを言っていないけれど出産前にもう一度来たいなぁと思った。赤ちゃんが生まれたらなかなか出かけられないだろうから。
今日は悪いことも危ないことも起こらなかった。
奇跡のような一日。楽しかったなぁ。
リオ一行は無事に公爵邸に戻り、その日の思い出を胸に安らかに眠りについたのであった。
*****
リオが帰宅したその日の深夜。
ベルトランド邸に忍び込む黒い影があった。
魔術師ポレモスは眠っているベルトランドに暗示をかける。
「次にリオに会った時は必ずリオを殺します」
ベルトランドは眠りながら抑揚のない声でポレモスの台詞を繰り返す。
「次にリオに会った時は必ずリオを殺します」
邪悪な魔術師はニヤリと嗤い、そのまま風に乗って去っていった。




